第十話 願いを持つ者達
「……コウ、エネルギー供給源が尽きた。補給を求める」
「そんなお金はありません。今までの稼働時間から見ても、あなたはまだ動けるでしょう」
「……コウは「ケチ」だと断定」
俺はワダツミを連れて、街を歩いていた。虚無龍についての情報を集めるためだ。ワダツミは暇だからという理由でついてきたのだ。
「そこまで文句を言うのなら、シェリィと一緒にいればよかったのではないですか?俺についてきても、何の面白みもないですよ」
「問題ない。コウからは面白そうな気配を察知している。ワダツミは面白いものが大好き」
……これである。本当にこのゴーレムは、全く言うことを聞いてくれない。シェリィが匙を投げたのも納得だ。
「面白い……?馬鹿にしているんですか?」
「コウはワダツミに遠慮がない。面白い」
「……別に、いつも通りでしょう」
俺はワダツミから目を逸らし、足を進めていく。……どうやらこのゴーレムは割と鋭いようだ。俺の心の内など、アカリ姉さんも読めた事がないのに。
「今、誤魔化した」
「はぁ……変な事ばかり言っていると、置いていきますよ」
「置いていったら首を絞める」
「本当に面倒くさいですねあなたは!もう勝手にしてください!」
……はぁ。誰か助けて欲しい。このままでは情報収集もままならない。そんな事を考えながら歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。
「おい、そこのお前」
「……?」
振り返ってみると、人相の悪い男が俺の方を見ていた。……誰だ、この人は?
「お前というのは、俺のことでしょうか」
「そうだ。……単刀直入に言うぜ。お前の腰にある、その白い剣をよこしな」
男は俺の腰に掛けてある剣を指差し、下卑た笑みを浮かべた。見ているだけで人を不快にするような、人を見下している瞳だ。
「……断る、と言ったら?」
「決まってんだろ……力ずくだ!」
男は背中に背負っている白い槍を構え、いきなり襲いかかってきた。俺は腰から剣を抜き、交戦の構えを取る。
「≪宝物≫!」
「……!?」
男が唱えたのは、俺が剣を使うときに唱える呪文。それを使えるということは、まさか……
(俺と同じ……異世界から来た人間なんだ)
確定したわけでは無いが、そういう事になるのだろう。つまり、この男も虚無龍を倒すために戦っているということか。
(願いを叶えられるのは、俺一人じゃなかったのか……)
要するに、目の前の男は敵だ。彼は自分の願いを叶えるために、剣を奪って俺というライバルを減らそうとしているに違いない。そう思うと、手に力が入った。
「……≪宝物≫」
呪文を唱え、剣の力を発動する。身体の底から力がわき上がってくる。俺は男の方を向いて、動きをじっと見ていた。
「くらえ!」
「…………!」
男の一撃を、なんとか剣で受け止める。刃が槍と鍔迫り合いになっているにもかかわらず、この剣には傷の一つもつかない。俺は身体を捻って槍を受け流し、男の腹を殴った。男は腹を抑え、体勢を崩す。
「がはっ……!この、クソガキ……!」
「――隙あり」
俺は剣を男目掛けて振り降ろす。男は焦った表情で槍を構え、攻撃を防ごうと試みる。……しかし、それは悪手だった。俺は剣に更に魔力を込め、槍に剣を振るった。再び鍔迫り合いとなり――やがて槍から、ピシリ、と音がした。男の槍に、ヒビが入ったのだ。
「なっ……!?俺の槍が……!?」
「はああぁっ!」
俺は勢いを緩めず、とどめとばかりに力を込めた。……すると、槍に入ったヒビが徐々に広がっていき……男の槍は、音も立てずに砕けた。
「……は、はああああああ!?」
「勝負あり、ですね」
「てめぇ、何してくれてんだ!あれは俺の大切な……!」
「大切な……なんでしょうか。俺は貴方が襲いかかってきたから立ち向かっただけ。正常な判断です」
「クソガキぃ……!」
俺は男に背を向け、ワダツミを連れてその場を後にする。振り返ると、先程の男は悔しそうに俺を睨んでいた。しかし武器がないので手を出せないのか、追いかけてくることはしなかった。
「……いいの?放っておいて」
「彼にはもう戦う意思はありません。それに、万が一彼が襲ってきても、俺なら何とかなります」
ワダツミは感心したように「おー……」と呟いた。
「……コウ、凄い。ちんちくりんなのに」
「一言余計です」
宿に戻った俺は、ワダツミをシェリィに任せ、剣を壁に立てかけてベッドに寝転がった。決してふかふかというわけではないが、床で寝るよりかは幾分かマシである。
「……まさか、同郷者が現れるとはな」
先程襲いかかってきた謎の男。彼は俺と同じように白く輝く武器を持っていた。彼があの時唱えた呪文も俺がホロウから教わったものと全く一緒だ。つまり、奴は俺と同じ――日本から来た転生者だろう。おそらく、彼も自分の願いを叶えるためにこの世界に来たに違いない。
「……どうやら、願いを叶えるのは一筋縄じゃいかないようだ」
これからは虚無龍のことを調べるだけではなく、他の転生者にも警戒しながら行動しなければならない。……転生者が他にいるとも限らないしな。
「……面白いなぁ。あいつも眠ったままだし、そのくらい歯応えがあった方が、やりがいがある」
俺はニッと笑みを浮かべ、何もない天井を見つめる。俺はまだ見ぬ困難を予想し、胸に秘める感情を燃え上がらせるのだった。
――――
俺が生まれたのはまだあいつ――コウが五歳か六歳くらいの頃だ。ある時、コウの抱いていた負の感情……恐怖や怒りがコウから切り離され、コウの心は二つに分かれた。俺はその負の感情より生まれた……もう一人のコウ。これは姉さん達すらも知らない、俺の秘密だ。確か俺の主人格は、俺の事を≪ベリル≫と呼んでいたな。まるで悪魔みたいな名前だ。まぁ、あいつによると俺は悪魔みたいなものらしいがな。
≪お前ってさ、欲とかないのか?≫
「……欲、ですか?」
コウがまだ幼い頃。まだ表に出ることが出来なかった俺は、あいつにそんな事を聞いたことがある。純真無垢な子供だったあいつは、俺とは違って素直で姉に献身的な……俺とは全く正反対の性格をしていた。だから、俺の問いに対する回答は……
「おれは、姉さんたちのたすけになりたいです。おれはふたりとちがってすごくないですから。せめて、姉さんたちのじゃまをしないように、と」
至極つまらないものだった。同じ自分のはずなのに、こうも違うものなのかと残念に思った。――いつしか、俺はコウと同じように、表に出たいと願うようになった。誰かに尽くすなんてまっぴらごめんだ。俺はもっと、自分のやりたいように生きていたい。だが俺は、コウの中にいる存在。俺にできることは、精々コウの話し相手になることくらいだ。退屈で、満たされない日々。一生これが続くのかと思うと、死んだほうがマシかのように思えた。どうにかしてこいつの身体から抜け出せないか……そんな事を考え始めた頃だった。――コウが命を落としたのは。
(死にたくない、死にたくないよ……)
あいつの声と共に、何かが切り替わる感覚があった。血で染まった視界が広がり、死を迎えようとしている身体はとても重たく、辛うじて身体が動く感覚があった。……俺が生まれて始めて感じたものだった。
(本当に死んじまうとは……せっかく表に出れたっていうのに……ここで、終わりなのか)
……嫌だ。やっと掴んだんだ。俺が、自由になるための足がかりを。
(……生きたい。死ぬのは嫌だ)
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。このままこんなやつの話し相手として生を終えるのは。俺はもっとやれる。もっとできる事がある。
「……俺は、もっと……」
強い生への渇望。それに囚われた俺は、必死に動くはずのない身体を動かそうとする。しかし死を迎えようとしている身体が動くことはなく、徐々に感覚が消えていく。
(ふざけんな、動け。動けよ……こんなの絶対認めねぇ…………認めねぇ、からな……絶対、に……)
やがて俺もコウのように意識を失い、同じように死を迎えた。……せっかく手に入れたものを全て失った……そう思っていた。
(……異世界への転生か。虚無龍ってやつを倒した者には願いを叶える権利が与えられる……これは、好都合だ)
死んだ先の世界……そこで俺は、ホロウという奴にそんな話を聞いた。いまいち信頼出来ない奴だったが、ホロウの言っていた事は本当だった。俺は今異世界に転生し、眠ったままのコウの身体を動かす事が出来ている。それも、五体満足の元気な身体を。
(あいつの身体は貧弱だったからな。これなら、虚無龍とやらとも戦えそうだ)
貰った剣も扱い方に慣れたし、他のライバルも随分と弱そうだ。俺が願いを叶えるのも近そうだな。
「俺は願いを叶える――ベリルとして、生き返るためにな」
俺は決意を新たにする。失った俺の人生を取り戻すために。




