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間幕 懐かしきあの日


――数年前、まだコウが十一歳程の頃。

「コウ君、たっだいまー!」

「わっ……お帰りなさい、アカリ姉さん」

帰ってくるなり抱き着いてきたアカリを、コウは戸惑いながらも受け入れる。アカリはそのままコウの胸に頬ずりをして、恍惚とした表情を浮かべている。

「こら、アカリ。いきなり抱きつくんじゃない。コウが困っているだろう」

「えー、そんなことないよ。ねぇ、コウ君?」

「はい。()()()()()()()()()()()()()なので、嬉しいです」

コウは柔らかな笑みを浮かべながら、アカリの抱擁を甘んじて受けいれる。――両親が離婚し、離れ離れになったコウ達だが、月に何回かは、こうして互いの家を訪れていた。両親がそれについて特に何か言うことは無かったので、コウの事が大好きなアカリは月に何回どころではない回数訪れようとしているのだが……常識人であるビャクヤによく止められているということは、コウが知る由もない。

「……っ!なんて可愛くていい子なの、コウ君!」

「ね、姉さん。苦しいです」

「はっ、ごめんねコウ君!」

アカリはさっとコウから離れる。……その際に少しアカリの手が震えているのを、ビャクヤだけが見ていた。

「はぁ……アカリ。お前がコウの事が大好きなのは分かるが、もう少し外聞というものをだな」

「知りませーん。ここは治外法権でーす」

アカリはそう言ってそっぽを向いた。荷物を置いて、ビャクヤから距離を取る。

「……姉さん達、喧嘩ですか?」

「……違うぞ、コウ。アカリはもう中学生だからな。身の振り方を改めて欲しいんだ」

「なるほど。確かに、アカリ姉さんは自由奔放ですからね」

「コウ君!?コウ君だけは味方だと思ってたのに!」

コウは小さく「ごめんなさい、アカリ姉さん」と言って縮こまる。小動物のような仕草に、アカリの胸がキュッと締められた。

「くっ……破壊力、抜群……!」

「……よし、コウ。アカリは放っておいて、あっちでゲームでもしようか」

「はい、ビャクヤ姉さん」

「二人共酷くない?」

その後、コウ達は三人でゲームをすることになった。


「……コウ君って、いつも敬語だよね?」

ゲームで一息ついた頃。アカリは突然、そんな事を言った。彼女の腰まで伸びた髪が、首を傾げると同時に揺らめいている。コウは彼女と同じように首を傾げ、アカリの方を見る。

「……そう、ですか?」

「うん。小学生になったばかりの○年前の○月○日からずっとだよ。僕は可愛いと思うんだけど、もっと軽い口調でもいいと思うんだ」

「なんでそんな事まで覚えているんだ…………まぁ、そうだな。コウが敬語で喋らない所を、近頃見ていない」

ビャクヤは少し引き気味にアカリを見て、コウの最近の様子を思い出す。まだ十代になって少ししか経っていない子供が、ずっと敬語で喋っているというのを少し不思議に思ったのだ。

「……変、でしょうか?」

「変ではないと思うが、もう少し打ち解けたように話してくれると有り難いな」

「僕たちの呼び方も、アカリ姉さん、ビャクヤ姉さん、だもんね。僕的にはお姉ちゃんとかアカリ姉とか呼んでほしいんだけど……」

二人の様子を見て、コウは自分が少し変なのだということを自覚した。それと同時に、尊敬する二人の願いを叶えてあげたい、という思いが芽生えた。コウは二人の方を見ながら、少しはにかみながら口を開いた。

「お、お姉……ちゃん」

「「……!?」」

「こ、こんな感じ、でしょうか?あ、いえ……こんな感じ、かな?」

「「…………」」

アカリとビャクヤは一斉に顔を逸らした。頬が熱を持ち、口を押さえて胸に沸き上がってくるものを押さえようと試みるが、既に溢れてしまいそうであった。

((か、可愛い……!))

そんな彼女達の内心は、見事に一致していた。コウの見た目が少し可愛いよりというのもあったが、照れながら「お姉ちゃん」と呼ばれるのはコウの事が大好きなアカリにとっても、可愛いもの好きなビャクヤにとっても破壊力抜群であった。

(コウ君可愛い可愛い……!今すぐ抱きしめて撫で撫でしたい!ていうかしていいかな!?)

(……動物園で見た小動物を思い出した……!いや、落ち着けビャクヤ!私が崩れてはアカリを止める人間がいなくなる……!冷静になるんだ……!)

「……やっぱり、変、ですか?」

「「変じゃない(ぞ)!」」

「そ、そうですか……」

コウは駄目押しとばかりに嬉しそうに可愛らしい微笑みを浮かべる。……理性を固めていたビャクヤは耐えたが、許容量を越えたアカリはそのまま気絶した。


――俺には意志がありません。

生まれた時から二人の才ある姉を持っていた俺は、雛鳥のように姉の後をついていくだけの存在でした。両親も姉につきっきりで、小さな俺と遊んでくれるのは姉さん達だけでした。

「コウくーん♪」

「姉さん、その……苦しいです」

二つ上の姉……アカリ姉さんは、俺によく抱き着いてきます。姉さんによると、コウ君成分なるものが補給されるようです。俺には何を言っているか全く分かりません。でも、姉さんのことですからきっと俺には想像もつかないような考えがあるのでしょう。まだまだ精進が足りないようです。

「アカリは本当にコウ一筋だな……私だけ蚊帳の外みたいに思えてくるよ」

「そんなことないですよ、ビャクヤ姉さん。ビャクヤ姉さんがいないと、寂しいです」

「ふふっ、コウは本当に良い子だな」

頭を優しく撫でてくれるのは、三つ年上のビャクヤ姉さん。中学生でたぐいまれなる才能というのを持っているらしく、よく皆にちやほやされている凄い人です。アカリ姉さんも負けず劣らずの()()()()らしいのですが、二人共その話をすることはありません。おそらく今だ()()()()である俺に気を使っているのでしょう。なんて優しい人だ。……俺も二人のように、なれたら良いのですが。

「あ、ビャク姉ずるい!ねぇコウ君、僕は?僕はー?」

「アカリ姉さんがいたら、楽しいです」

「もっ……もう一声……!」

「……アカリ姉さんがいないと、寂しいです」

「僕もだよ、コウ君!」

アカリ姉さんが抱きつく力を強めます。く、苦しい……

「……コウ、お前も大変だな」

ビャクヤ姉さんが微妙な顔で俺を見ています。何かおかしな所があったでしょうか?

「そういえば二人共、時間は大丈夫ですか?今日は確か、ぶかつの助っ人、というものがあるんですよね?」

「あー、そういえばそんなこともあったね……」

「大丈夫だ。まだ時間はある。せっかく三人の時間なんだ、もう少し楽しもうじゃないか」

ビャクヤ姉さんの言葉に、アカリ姉さんが同意します。……二人はよく、ぶかつとやらの助っ人をしているそうです。何でも、いろんな人に頼まれるので、こうして遊ぶ時間を取るのも難しいのだとか。断れば良いのではないかと言ったことがありますが、そういうわけにもいかないらしいのです。二人曰く、「せっかく期待してもらっているんだから、その期待に応えたい」だそうです。……やはり、二人共凄いです。俺も二人のようになれたら、「凄い人」になれるでしょうか。やはりこの喋り方も、変える必要があるのでしょうか……でも、普段の言葉遣いを変えるというのは、少し難しい気がします。

(……頑張りましょう。二人みたいな人になれるように)

頭の中に浮かんだ決意を、そっと胸の奥に収めました。


 



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