【ホラー】2003年「やっぱりさん」
「彼に質問してはいけない」
そう気づいたのは手遅れになった後でした。
2003年、近所の公園には「やっぱりさん」と呼ばれる男性がいました。
本名は誰も知りません。
年齢も、住んでいる場所も不明でした。
ただ、毎日のように同じ公園のベンチに座っていたため、
いつの間にかそう呼ばれるようになったのです。
やっぱりさんは、見た目はごく普通でした。
小柄で、痩せていて、いつも同じ色のジャンパーを着ていました。
浮浪者というほど汚れてはいませんが、
どこか「生活感」がありませんでした。
彼がそう呼ばれる理由は、
会話の返事が必ず「やっぱり」だったからです。
「今日も暑いですね」
「やっぱり」
「雨降りそうですね」
「やっぱり」
「もう帰るんですか?」
「やっぱり」
子どもにも、大人にも、
質問の内容に関係なく、返事はそれだけでした。
怒ることも、笑うこともありません。
ただ相手の目を見て、
少し間を置いてから「やっぱり」と言う。
それだけです。
子どもたちは最初、面白がっていました。
わざと変な質問をして、
それでも「やっぱり」と返されて笑う。
私も何度か声をかけたことがあります。
「宿題、やりたくないんですけど」
「やっぱり」
その時、なぜか
怒られたような気がして、それ以上話せませんでした。
大人たちは、あまり関わろうとしませんでした。
「関わるな」
「刺激しない方がいい」
理由は誰も言いません。
ただ、そういう空気がありました。
ある日、同級生の一人が言いました。
「やっぱりさんさ、
未来のこと、当てるんだよ」
最初は冗談だと思いました。
その子の話では、
前の日にこう聞いたそうです。
「明日、学校休みになりますか?」
すると、やっぱりさんはいつもより少し長く黙ってから、
こう言ったそうです。
「……やっぱり」
翌日、台風で学校は休校になりました。
それから、
似た話が少しずつ増えました。
「明日、雨降るって聞いたら当たった」
「テストの点数、聞いたらその通りだった」
「犬、もうすぐ死ぬって言われた」
どれも返事は「やっぱり」だけです。
それなのに、
結果だけが当たる。
私が最後に会ったのは、
夏休みの終わりでした。
夕方、公園で友達と遊び、
親が迎えに来たので友達を置いて
私は先に帰りました。
その日もやっぱりさんは公園に居ました。
すると、一人になった友人は
なんだが無性に怖くなって、
聞いてはいけないことを聞いてしまいました。
「……僕、死にますか?」
やっぱりさんは、初めて
すぐに返事をしませんでした。
じっと彼の顔を見て、
眉を少しだけ寄せて、
とても困ったような表情をしました。
そして、小さく言いました。
「やっぱり」
数日後、
やっぱりさんはいなくなりました。
警察が来たとか、
亡くなったとか、
引っ越したとか、
色々な噂がありましたが、
どれも確かな話ではありません。
ただ、公園のベンチだけが空きました。
最近、実家に帰ったとき、
久しぶりにその公園を通りました。
ベンチは新しくなっていました。
座っている人はいません。
帰り際、
後ろから声をかけられました。
「やっぱり」
振り返ると、
知らない男性が立っていました。
小柄で、痩せていて、
少し困ったような顔をしていました。
私は、
なぜか質問をしていないことに気づきました。
……それでも彼は、
「やっぱり」と言ったのです。
あの出来事から、二十年以上が経ちました。
しかし先日、母から電話がありました。
近所の古い公園が再整備されることになり、
その前に自治会で過去の苦情やトラブルを整理している、
という話でした。
「昔、公園に変な人いなかった?」
そう聞かれて、
そして私は久しぶりに「やっぱりさん」のことを思い出しました。
母は少し黙ってから言いました。
「ああ……あの人ね。やっぱり、って言う人」
母も知っていました。
ただ、
私たちが子どもだと思っていた時代より、
ずっと前からいたそうです。
自治会の古い記録に、
彼に関するメモが残っていたといいます。
・1992年頃から目撃情報あり
・身元不明
・住所不定
・会話は成立しないが、危険性なし
そして、
一つだけ不自然な一文がありました。
「質問に対し、
本人が“否定しなかった内容”が、
後日、事実として発生する例が複数確認されている」
母は言いました。
「当時、大人たちはね、
聞いちゃいけない質問があるって
暗黙で分かってたの」
「『将来どうなるか』とか」
「『死ぬかどうか』とか」
「『起きてほしくないこと』とか」
そんな話をして、その日は電話を切りました。




