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美人を尾行調査!

『まさか、このままついて行く気ですか!?』

『そりゃそうだろ。別に危害を加えるわけじゃないんだから』


 練習を終えた浜辺は下駄箱でローファーに履き替えており、そのまま生徒用玄関を出ていく。体育館から彼女をつけていた透明の太陽がそのまま後を追おうとしたため、希は慌てて彼の腕を引いて止めた。しかし、太陽は止まらず、むしろ希を引っ張って行ってまう。

 片方は揚々と、もう片方は尻込みしながら渋々と尾行を継続する。


『こんなストーカーみたいな真似……』

『現状、ストーカーで情報を得るか、希が浜辺先輩と仲良くなって探りを入れるかの二択しか思いついてない。どっちがいい?』

『ぐぅ、ふぬぬ……』


 究極の選択を迫られた希は倫理観とコミュ障がせめぎ合い、渋々、渋々太陽と共にストーカーすることに決めた。


(浜辺先輩すみません、私が未熟なばかりに。悪いようにはしないので許してください)


 罪悪感を抱いた希は心の中で密かに謝った。

 浜辺まどかは電車通学。学校からバスに乗り、街で一番大きな主要駅から通勤快速で五駅離れたところに住んでいた。最寄り駅から自宅へは徒歩で十五分。


『かなり人通りも少ないし、街灯も少ないな。花のJKが一人でうろつくのは危ないんじゃないか? ストーカーとか』

『現在進行形でストーカーしてる人が何を?』

『え?』


 太陽がいたって真面目な顔をするため、希は一瞬、彼が冗談ではなく本気で言っているのかと不安になった。


「とりあえず家がわかったことだし、今日はここまでにしよう」

「それで、どうやってあの二人をくっつけるんですか?」

「それはちょっと考える。希の力で浜辺先輩に催眠をかけちゃえば──」

「絶対ダメですね。倫理観が欠けてます」

「流石にねー、それはねー、ダメだよねー」


 初めから断られると分かっていた太陽は「どうすっべなー」と頭を抱えた。


「とりあえず帰りましょう」


 十九時近くになり辺りはすっかり暗くなっている。希の提案に太陽も頷きを返した。


「そうだな。じゃあ、玄関前まで頼む」

「……はい?」

「このまま家の前まで瞬間移動で送ってくれ! 透明になってるから大丈夫だろ?」

「人を足に使うなんて……こんな力の使い方、屈辱的です!」


 タクシー代わりにされた希は心底傷ついたと心の中で涙を拭う。そんな希の様子が見えていない太陽は手探りで彼女を見つけて肩に手を置いた。


「シュッと、シュシュっと。お願いします!」

「はぁ……」


 希は何度目ともしれないため息をついて、太陽を家まで送り届けた。昨日、家に連れて行ったのもこのためなんじゃないかという気がして、帰宅した希は悶々とした苛立ちを抱いた。



 人生で初めての瞬間移動を体験した翌日。太陽はすっきりとした表情で登校してきた。


『解決策を考えた!』

『……』


 願わくば太陽が何も思いつかず有耶無耶になってくれ、と念じていた希の思いは呆気なく打ち砕かれた。


「桜庭、浜辺先輩について教えてー」

「浜辺先輩? 何、狙ってんの?」


 太陽はちょいちょいと希を手招きしながら、隣で着替える桜庭に声をかけた。朝練から戻ってきた桜庭は制服へと着替えながら答える。その間、呼ばれた希はすすーと音もなく太陽の傍らへ忍び寄る。


「まあ、そんなとこー」


 冗談めかして掴みどころのない返事をする太陽に、桜庭はムムっと目を細めて睨みつけた。


「うーん。私も入部したばかりだからあんまり詳しく知らないんだよね。でも優しいよ!」

「ちなみに、彼氏いるか知ってる?」

「知らないよ、そんなプライベートなこと。美人だしいるんじゃない?」

「そうだよなぁ」


 入学して一ヶ月未満。部活が始まったのもつい一週間ほど前だ。推薦組や同じ中学出身でもない限り、そこまで先輩との仲は深まっていないだろう。


『二人をくっつける解決策ってこれですか?』

『一番楽な方法な。まあこうなることも想定してたけど』


 そう言った太陽の次なる策は、


『坂先輩の時と同じ方法で、心を読むのは?』

『ダメに決まってるじゃないですか! 年頃の女の子になんて非道いことを……』


 配慮のかけた畜生な案を出す太陽に希は胸の内でブチギレる。幼少期の子供のような曇りなき目をする太陽と、それを見下ろす形で鋭い眼光を向ける希。異様な雰囲気に桜庭は顔を引き攣らせて関わらないよう身を引いている。


『なら、向こうから教えてくれるんならいいか? 心を読むんじゃなく』

『まあ、それなら……。でもそんなことできるんですか?』


 希の疑問に対し『考えがある』と太陽は自信満々で答えた。


『浜辺先輩の趣味趣向を調査して、それを坂先輩に伝える。それから、可能であれば浜辺先輩に対して恋愛に前向きになってもらうようなアドバイスをする』

『催眠は絶対使いませんからね!』

『わかってるって』


 希の頑とした態度に太陽は苦笑いを浮かべた。

 それから自信のある顔で立ち上がった太陽は、その足で一人の男子の元へ向かった。自然とその後ろを追いかける希だったが、


「お前はついてくるな。今から男同士でお下品なお話をするから。お子ちゃまな希ちゃんには早いからな『教室で待ってろ』」

「なっ!? 言われなくてもついていきません!」


 突然拒絶された希は驚いた直後、子供扱いされたことと男子同士がする下品な話の想像をしてしまい、二つの意味で顔を赤くして怒った。


「サイッテー」


 桜庭から、ドライアイスかと思うほどの冷たい眼差しを向けられながら、太陽は男子一名を連れ教室を出て行った。



 男子の名は江口貞殿。巷ではエロ城主だのエロ殿様だのと名誉なあだ名で呼ばれている。なお、太陽からは、「エロチ」と呼ばれている。本人は全く気にしていない模様。


「教室での話は聞いていた。浜辺まどかについての情報だな?」


 身長百四十センチの小柄な男子らしく、少し高めの声をしている。長い黒髪のおかっぱヘアで両目はすっかり分厚い前髪に隠されてしまっている。前髪を退けると、モグラのように退化してしまっているのか、ものすごく細い目が現れる。


「それで、対価は?」


 男子トイレにやってきた二人は悪代官と越後屋ばりの密談を交わす。


「“姫“と、喋りたい。場を設けてくれ」

「お安い御用だ」

「契約成立」


 江口は嬉しそうにニヤリと口角を上げ、スマホを取り出した。


「送るぞ」

「はいよー」


 江口から個人チャットにて浜辺まどかの情報が箇条書きで送られてくる。出身中学や身長、スリーサイズ、足の長さetc.。


「相変わらずの情報収集能力キモさだな」

「ふん、俺にかかればこの程度、造作もない」


 カッコつける江口に、「そうだ」と思い出したように太陽が呟いた。


「住所いる?」

「なんで知ってる?」

「尾けた」

「……お前も相当やばいな」


 江口に褒められた太陽は「えへへ〜、それほどでも〜」と照れ笑いを浮かべた。互いにヤバい奴だと再認識したところで、朝のHRが始まるチャイムが鳴り、二人は急ぎ足でトイレを後にする。


「欲しい情報はあったか?」

「うーん、使い方次第だな」

「対価、忘れるなよ」

「オッケー」


 足早に教室へ戻ると、希が不機嫌そうな顔で太陽を睨みつけていた。


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