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願いの主とその想い人

 翌日、太陽は希を連れて三年生のフロアにやってきた。


「ななななんで私まで! すごい見られてるじゃないですかぁ! 他人のナワバリにずけずけと……」

「お前がいないと確かめられないだろ!」


 怯える希は太陽のブレザーを後ろから引っ張りながら、ガタガタと歯を鳴らして引き止める。


『大丈夫だよ。話すのは俺だし、お前は教室の外から坂さんの考えを読んでくれれば』

『私を三年の廊下に一人で放置するってことですか!?』

『どうしろってんだよ!?』


 他学年のフロアへ行くと話してからずっとこの調子で駄々を捏ねている。なんとか階段を上がるところまでは連れてこられたが、まだ怖いようだ。このままでは昼休みが終わってしまう。


『じゃあ、透明化して俺の隣にいればいいだろ』

『なるほど! その手がありますね。ちょっとトイレで透明になってくるので待っててください!』


 言うが早いか希は猛ダッシュでトイレへと駆け込んでいった。それから数分としないうちに、誰もいないのに独りでにトイレの扉が開くという怪奇現象が発生した。おそらく誰にも見られていないだろうが、希は透明になると行動が大胆になるようだ。と太陽は希の習性を一つ学習した。


(見えないからって警戒しなさすぎじゃねえか?)

『そんなことないです』

「うぉっ!?」


 突如、制服の袖を掴まれる感覚と共にテレパシーが送られ、太陽はビクゥッ! と体を跳ね刺せた。


『心臓に悪いわ』

『すみません。でも、これ楽しいですね』

『目覚めるな目覚めるな!』


 太陽を驚かす快感を知った希は悪い顔で彼を見つめる。普段はしてやられているが、こうして驚く太陽は新鮮だ、もっと見てみたい。と希の嗜虐心が煽られる。


『行くぞ』

『はい』


 太陽が自身を見失わないよう、希は袖を掴んだまま縦に並んで後ろをついていく。若干腕が後ろに振った形で見た目に違和感があるが、周りの人間はそこまで見ていない。ただ、一年生が来ているという点では少しだけ注目を集めている。


(こんなに見られてるのに堂々と……私が見られてるわけじゃないけど緊張するぅ)


 人一倍視線に敏感な希の目には、物怖じしない太陽の背中が大きく見えた。自分が欲してやまない、自分にないものを持っている太陽が羨ましいと感じる。


「センパーイ、ちわーっす! 遊びに来ましたぁ」

「また来たのかよ太陽! サッカーとバスケ、どっちに入るか決めたか?」


 ずけずけと自分のクラスかのように教室へ入っていく太陽を、知り合いと思しき先輩Aが笑いながら迎え入れる。隣には今回のターゲットである坂もいる。


「いや、部活は入らないことに決めました。高校では遊びまくります!」

「まあ、結局それが一番よ。この学校女子も制服も可愛いから目移りしちゃうよな!」

「っすねぇ──いて」


 見えない誰かに背中を抓られた太陽が小さく声を漏らした。


「それより、これ知ってます?『何すんだよ!』」

『ちょっとムカっとしたのでつい』


 太陽からの抗議に希は冷たい目をしながら返し、ついでにと背中へ拳の追撃をお見舞いした。


「あー知ってるそれ」

「マジすか? 三年生の方でもあったんですね」


 希から嫌がらせを受けながらも、表では平然としている太陽が先輩たちへ探りを入れ始めた。全て彼が計画したことだが、白々しい太陽に希はいっそ感心する。


「それ、お願いのDM送ってみたんですけど返事来なかったんですよねぇ。やっぱイタズラですかね?」


 鎌をかける太陽は、チラリと坂の反応を見る。


「坂んとこにこれ入ってたよな?」

「ああ。俺もやってみたよ」


 先輩Aからのアシストもあり坂に話が振られると、すんなりと話題のとっかかりを引き出せた。


「なんてお願いしたんですか?」

「んー、それは秘密」


 少し照れくさそうに笑う坂は、標的を変えるように太陽へ同じことを聞き返す。


「僕はフェラーリが欲しいってお願いしました!」

「もらえたとしても乗れねえじゃん!」

『この人で間違いないです』


 先輩Aからの陽気なツッコミを「はははー」と一笑いで片付けた太陽は、袖を引かれながら希の報告を受けその場から退散する。


「もし進捗あったら教えてくださいね、坂先輩。願いが叶ったかどうかも」

「ああ」


 十分な収穫を得られたため、万が一にも勘付かれないよう最新の注意を払いながら教室を出て、その足で人のいない屋上へと続く階段を登っていく。屋上扉の目の前までやってくると、希は透明化を解除し太陽と向き合う。


「どうだった?」

「あの人がお願いした本人で間違いないです。太陽君がお願いについての質問をした時に、心の中でお願いのことを考えていました」

「まあ、聞かれたら考えちゃうよねぇ。人間だもの」


 質問されれば咄嗟に頭には浮かんでしまうだろう。それもつい昨日のことだ。完全に忘れていない限りは瞬時に記憶から飛び出してくる。それに、誰も心の中まで読まれているとは思うまい。たとえ黙秘を貫こうとも、考えが読める希の前では無駄な抵抗だ。


「じゃあ、本人確認も取れたし今度は相手の方だな」


 坂の願いは「五組のまどかと付き合いたい」というものだ。まどかの方も特定をしなければ何も進められない。

 だが、流石の太陽でも学校中の全員と知り合いというわけではなく、先ほどの坂と同じ手が使えない。五組のまどかに繋がる人脈を二人は持ち合わせていない。ではどうするか。


 同日の放課後。二人は体育館のギャラリーへとやってきた。ギャラリーは筋トレスペースも兼ねておりそこそこの広さがある。運動部の道具なども雑多に置かれている。


 今は誰もいないギャラリーから、透明になった二人は女子バレー部の練習を眺めていた。

 ダメもとで自分も透明になれないかと太陽が頼むと、希はいとも簡単にその要望を叶えてしまい、自分の体が見えなくなった瞬間「うぉおおっ!?」と太陽は大興奮の雄叫びを上げ、誰もいない教室から叫び声が聞こえるという心霊現象を発生させた。


『どれが、まどかさんですかね?』

『うーん……』


 上からでは顔があまりよく見えず、服装も似たような格好をしているため思いの外見分けがつかない。

 三年五組。身長一八三センチ。顔は有村架純似でバレー部のエース。巨乳。というのが坂から送られてきた情報だ。一緒に画像も手に入れているため見つけるのは容易かと思われたが、現在ストレッチ中のためあまり顔が見えない。


『練習は背番号とかないからなぁ』


 と、二人が目を凝らしていると準備体操が終わり、一年生がボールを出し始めた。


『あ、桜庭みっけ』

 その中に、長髪をお団子にした桜庭が積極的に動いているのがを見つけた太陽は、自分が透明であることを忘れて「おーい!」と声を上げてしまった。


『ちょっ!? 何してるんですか!?』

『ごめん、ミスった』


 隣でいきなり大声を出された希は顔面蒼白になり、大口を開けムンクの叫びのような顔をする。慌てて太陽の肩を引っ張り欄干へ隠れるようにしゃがむと、太陽の体をブンブンと揺らした。二人は透明であるため、しゃがまなくとも姿を見られる心配はないのだが、焦った希はそこまで頭が回っていなかった。


 下にいるバレー部員たちは、姿の見えない声を訝しんでいる様子で周りを伺っている。


『まあまあ、一回だけなら大丈夫だって』

『もう二度とやんないでくださいね! ビックリしてここから突き落としちゃうかもしれないので』

『その場合、死体は見つかるのかな?』

『……』

『無視しないでよぉ』


 透明化している今、互いの姿が見えないため希の表情や身振りから読み取ることができず、太陽は怖い想像をしてしまい身震いする。


『身長はみんな同じくらいだしなー。女バレみんなでかいし……』

『あ! あの人じゃないですか?』


 希は欄干に身を寄せ手前の人物を指差した。


『あの人って、指差してるの? 見えないよ?』

『……』


 指摘された希は(確かに)と恥ずかしくなり無言で手を下ろし言葉で説明した。

 現在パス練習を行なっているバレー部。二人一組で、一番手前に該当の女子がいる。薄茶色の髪をポニーテールにした巨乳女子。バレーボールを扱う動きに合わせて、胸に付いた二つのボールも跳ねている。


『でかいな』

『女性にでかいとか、失礼ですよ。身長が高いって言ってください』

『あ、ああ。ごめんなさい』


 デリカシーのない発言を注意した希だったが、太陽の言いたいことには気づいておらず、前のめりになって浜辺まどかを観察している。顔が送られてきた画像と完全に一致していることを確認し、『どうしますか?』と隣にいる太陽の顔を見上げる。なお、希からは太陽の姿がはっきりと見えている。


『まずは情報収集だ』


 自信に満ちた表情の太陽がそう言ってから二時間。二人はバレー部の練習を見続けた。

 練習は十八時で終了となり、制服に着替えて下校となった。着替え中、当然ながら太陽の目は希によって物理的に封じられていた。


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