さあ、願いを言え。
ファミレスから帰路についた超能力者一行は、沈みかけの夕日を横顔に浴びながら歩いている。
「良かったのか? せっかく友達作れるチャンスだったのに」
太陽はあの場に希を残すつもりだった。女子の数に対して男子一というのも気まずいし、女子だけの方が気兼ねなく話せる。希にとってもいい環境であると太陽は考えていたが、
「いやいやいや! 無理ですよ! 太陽君は私のことを舐めてます!」
「何がだ……」
突如キレ出す希に意味が分からず太陽は困惑する。
「まずは少人数から慣らしていかないとなんです! 初日のお昼は太陽君と桜庭さん。クラスメイトの方とはあまり話せませんでした。事務的な会話から始まり、少しずつ世間話的なものを挟んでいくんです。いきなり見知らぬ大勢の中に放り込まれても何もできません! それにあの人たちは同じ部活。すでに完成された仲に異物の私が一人で入って何ができるっていうんですかぁ!」
「す、すまん」
ドン引きするほど早口で捲し立てられた太陽は、謝りながらどーどーと両手で希を宥める。
「今後はそういったところも配慮してください!」
「わかったよ……」
なぜか怒られる羽目になった太陽だったが、希の要求をすんなりと受け入れる。太陽の寛大さに希は気づかなかった。
こうして希が今後の計画を知った翌日。学校の中が少しだけ、いつもより賑やかになった。
太陽が計画に則り行動を起こしたのだ。二、三年生の教室でリサーチした適切な人間と、一年生にも数名。机や下駄箱、ロッカーなどに、朝一番に学校へやってきてQRコード付きの紙を仕掛けていた。紙にはコードと共に、「願いを言え」と一言だけ添えられている。
それを見た人間の反応は様々だが、太陽の予想よりも多く願いのDMが届くこととなった。
そして現在、二人はそのDMの精査を太陽の家で行なっている。
アカウントの運営に関わる話のためファミレスは避けたい太陽が、どちらかの家でやろうと提案したのだ。最初のうちは希がウニャウニャと文句を言っていたが、自分の家との二択を迫られると答えは一択だった。
「さーて、どれを叶えてあげようか」
七畳ほどの部屋で幅広のデスクが一つ。その上に置かれた少し大きめな横長のディスプレイには件のアカウントが表示されている。机の下には筐体が置いてあり、モーターの音が静かに鳴っている。高そうなゲーミングチェアや壁にかけられたヘッドホン。青で統一されたゲーム機器に家具。間接照明がモダンな雰囲気をより強く演出している。
(すごい……)
部屋に通された希は太陽の趣味全開な様に圧倒されて、入り口で固まっている。
「うち一人っ子だから、結構甘やかされて育ってます」
「私も自分の部屋ありますけど、あまり物欲がなくて。こういう、自分の色が出ている部屋は憧れます」
まるで星空でも眺めるかのように部屋の中を見回す。ロフトベッドの下には本棚があり、漫画が出版社ごとで几帳面に並べられている。
「俺の部屋は一旦いいから。今日はこっちだ」
太陽は希にゲーミングチェアを譲り、自身は折り畳み式の背もたれがついた丸いパイプ椅子に座る。
「そんなに気を使わなくても……」
「いいのいいの。気にすんなって。それよりさ──」
二人でパソコンの画面を眺める。希の隣で太陽がマウスを操作して、数枚のスクリーンショットを表示した。
「これは今朝から届いたDM。全部で五件。まあまあだな」
「このメッセージは誰から送られてきたんですか?」
「うーん、プロフ見て分かる人と分からない人がいるんだよ」
「えぇ、じゃあどうやって願いなんか……。まさか、私に特定しろなんて言いませんよね!?」
「いや言わんよ。流石にその方法は考えてる」
ネット上のアカウント特定なんてやったことがない希だったが、その点については何も心配いらないようだ。
「まずは叶える願いを決める。その後、DMで返信して必要情報をヒアリングするんだ。分からないなら、本人から教えて貰えばいい」
「なるほど……」
「その情報の真偽について、判断を希に頼りたい」
「ふむふむ……えっ?」
「情報の真偽について──」
「いや聞こえなかったわけじゃないです!」
大事なことなので二度言おうとした太陽のセリフを遮って希が主張する。
「真偽って言ったて、どうやって……」
「さあ? なんか便利な力ないの? 助けてよぉドラ──」
「私は便利な猫型ロボットじゃないです!」
無責任にも丸投げしてくる、あまつさえ青ダヌキと一緒にされた希は膨れっ面を浮かべ太陽をポカポカと殴る。
「まあまあ。冗談だってのはわかるだろ?」
「……ふん!」
心が読めるんだから。と太陽から無言の指摘を受けた希は、(冗談だってドラえもん扱いは嫌なんです!)と心の中で思っていた。言葉もテレパシーも使わず表情だけでそれを伝えようと太陽を見つめるが、
「俺は超能力者じゃないから、言われないとわからないぞ」
と、何か不満があることしか伝わらなかった。
「確かめ方については、希と煮詰めたかったんだ。このネットから何かを探れるならそれでヨシ。方法がなければ、現地に言って確かめればヨシ。って考えてたらからな」
ヨシヨシ言うたびにゲッツのポーズを取る太陽に「なんですかそれ」と冷めた目を向ける。
「まあ、まずは願いから決めようや。さてさて、神龍様の言うとおりだぞ〜」
太陽は言いながら、届いたDMを一つ一つ読み上げていく。
「一、宝くじが当たってモテモテになりますように。二、ライブのチケットが当たって欲しい。三、制服のスカートが膝上十五センチになってニーハイor20デニールのタイツ着用の義務化で夏のワイシャツの生地がもう少し薄手で体操着がブルマになりますように……」
「その願いだけは絶対ないです」
「ないな……」
一番細かく具体的な願いを強く否定する希。あまりにも欲求に忠実すぎる願い事で、こんな思想の持ち主が同じ学校に潜んでいるのかと戦慄する。
「誰ですか、こんな願いを書くのは。人選はちゃんとしてください!」
「いやぁ。誰だろうね、ほんと。ハハハ」
太陽も人はちゃんと選んだつもりが、紙を見つけた張本人が願いを送ってくるとは限らない。友達同士で話のネタにして、その中の誰かがDMを送る可能性だってある。
「まあまあ、後二件あるんだし」
怒りを収めるよう言われた希は「そうですね」と荒れた気持ちを整えるように深呼吸。その間に太陽は次のDMを見る。
「全校集会中に教頭のカツラが吹っ飛びますように……」
「……できますけど、碌な願いが届きませんね!?」
せっかく落ち着いたと思ったところにまたくだらない願いが出てきてしまい、希の気持ちがジェットコースターのように激しく上下する。
「最後。彼女が欲しい。まどかと付き合いたい」
「ふーん」
「わー、興味なさそー」
太陽が全ての願いを読み終えると、希は最近の液晶テレビほど薄い反応を見せる。それに対して太陽は唇を尖らせ不満そうな顔をする。
「一番まともなのは最後のやつか」
「そうですね。他に比べたら、ですけどね」
二人の意見が一致し、消去法で叶える願いが決まった。
「では、願いを叶えてやろう!」
太陽が息巻いて志願者への返信を打ち込んでいく。
「聞き出す情報は本人の名前、学年、所属クラス、付き合いたい相手についても同様の情報だ。ただ、今回の人はアカウントで情報が色々揃ってるタイプの人だから」
「三年三組のシュート?」
「杜都高三年三組、アカウント名シュート、サッカー部。インスタには書いてないけど、本名は坂修斗。俺は誰か分かるけど、希にも把握してもらわないとな」
太陽は坂修斗の投稿を開く。写真付きの投稿には本人とその友人と思しき人間が写っている。
「この人が坂さん」
太陽が指で刺し示したのは、焼けた肌の爽やかな塩顔男子。ゆるふわな茶髪パーマから優しそうな印象を受ける。
「知り合いですか?」
「いや。別の中学だし全然知らないけど、この前教室行った時に軽く話した」
坂は太陽が紙を届けた対象の中に入っている。つまり本人がこれを送ってきている可能性が非常に高い。
「ところで、本人確認ってできる?」
「うーん、わからないです。すみません」
「そうかぁ」
太陽は少し残念そうにするが想定済み。別の方法でこの投稿主を確かめることになった。