超能力の使い方。
ドリンクバーを注文し適当に飲み物を取って席に着くと、太陽は鞄から大学ノートと筆記用具を取り出した。
『あの、超能力の話はしないでくださいよ。他にも人がいるんですから』
『わかってるって』
周りを気にしてチラチラと視線を彷徨わせる希へ、太陽は楽観的に見える返事をする。
「俺がやりたい都市伝説の構想はこれです。じゃじゃん!」
言いながらペラリとページが捲られる。直前まできちんと隠しておくあたり、太陽はこういった演出が好きなんだろう、と透視で中身を軽く見ていた希は思った。
ノートの一番上には『杜都高生専用、願いが叶うインスタアカウント!』と書かれている。ご丁寧に強調するトゲトゲの吹き出しで囲って。
「俺たち杜都高生限定で、ランダムに願いを叶える。まあ、神社みたいな感じだな」
「……これ、私の負担大きくないですか?」
「そんなことない! 無茶のない範囲で、裏方だし! な? これならいいだろ?」
(まあ、嘘は言っていないみたい……)
希は怪訝に目を細めながらノートのタイトル以下に目を通していく。
(あまり細かいことは詰めてないみたいだけど、行き当たりばったりでこんなアカウントの運営が上手くいくのかな)
希としては、上手くいかずに願いが一件も来ない方が嬉しいが。
「そこに全部は書いてない。計画の全ては俺の頭の中に入ってる」
(また人の心を読むような真似を……)
「顔に出てんだよ」
「勝手に心読まないでください!」
疑問を抱いた表情をする希に太陽がすかさず回答を投げた。勝手に心を読まれ、希はほんの少しだけ不機嫌に鼻を鳴らす。太陽の察する能力が超人じみているのか、はたまた希が分かり易すぎるだけか。自分を客観的に見たことのない希には分からないことだった。
「ちなみに、アカウントはもう作ってある」
「早いですね」
「思い立ったが吉日。善は急げだ」
「別に善ではないと思いますけど……」
行動が早い太陽に感心する希。そんな彼女の前に太陽はスマホを差し出した。画面にはインスタグラムのアカウントが一つ。「杜都高生限定! 願いが叶うアカウント」という名前と、プロフィールは怪しい占いサイトのような彩りで作られている。
「なんですか、これ」
「何って、都市伝説用のアカウントだろ(察し悪いな)」
「察しが悪くてすみませんね」
「いやぁ、すまん」
言葉にはしていないがつい本音が出てしまった太陽は素直に謝った。別に太陽が謝る必要はないと思うが、無駄に律儀な様子に希の頬が僅かに緩む。
「明日の放課後からこの計画を始動する」
「具体的には何するんですか?」
「よく聞いてくれた!」
待ってましたぁ! と言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべる太陽は、アカウントの投稿を一つ開く。
「まだ非公開のアカウントだから誰にも見られてはないんだけど」
「……なんですか? この画像」
「このアカウントのQRコード」
「ほーん……」
SNSに疎い希はあまり、というか全く分かっておらず適当な相槌しか打てない。
「簡単に言うと、スマホのカメラでこのQRを読み取ると、このアカウントが見れる。そして、明日からは鍵垢じゃなくする」
「それでどうするんですか?」
「このQRコードを印刷した紙を、杜都高校の一部学生に配る」
「へぇ〜」
「分かってないな」
ポカーンと口を開けている希へ、分かるように噛み砕いて繰り返し説明する。
何度か聞いたところでようやく「なるほど!」と理解を示す希。
「突然配られるQRコード。興味本位で開いた先のアカウントがこれだ。好奇心がある奴なら絶対試す」
「その願いを叶えていき、都市伝説を作る。ってことですね」
「その通り!」
計画を飲み込み始めた希へ親指をぐっと立てて、メロンソーダをストローで吸い上げる。カラカラと小気味良い音が二人の耳を打つが、希がふと疑問を漏らす。
「一部学生の選び方と、万が一願いが来なかったらどうするんですか?」
「どちらも対応済み。願いが来ない場合は噂を流して、興味が湧くように仕向ける」
計画通り。と悪役のような笑みを浮かべる太陽を見て希は唾を飲み込んだ。
「実はここ数日、二、三年の教室に遊びに行ってたんだよ」
「えっ!? 上級生の教室に!?」
希は信じられないと言った様子で目を剥いて驚く。同学年ですらまともに相手にできない希にとって、上級生は未知で恐い生き物だ。
「小中でサッカーとバスケやってたから、その繋がりで話に行ったんだ。部活どうしようかって相談に」
(陽キャだ。チャラい……)
太陽の交友関係について底が知れず希は恐々とする。実は恐ろしい人間に目をつけられてしまったんじゃないだろうかと軽く後悔すら覚える。
「その時に目ぼしい人間は見つけておいた」
(抜かりがなさすぎる)
用意周到。有言実行。自分の気持ちに忠実な男の行動力を舐めていた。
「それで、私は何をさせられるんですか?」
「言い方ぁ……」
あくまで受動的である姿勢を崩さない希に、太陽は不満をブーブーと漏らす。
「願いを叶える際に、人力じゃ無理なことがあるだろ? それを手伝って欲しい!」
「……そのなんでもさせられそうな言い方はすごい不安ですけど、分かりました」
希は太陽がやりたいことを概ね理解し飲み込んだ。
超能力を使いたくないと言う気持ちに変わりはないが、やってみなければ分からない。それに、実際に超能力を使うタイミングで許容できないものであれば拒否すればいいのだから。
「人前で、バレる危険があるような場合や無理な要求は断固として拒否しますからね」
「わかってるって!」
希から念を押して釘を刺された太陽は苦笑いを浮かべる。そして、大まかに内容の共有が済むと、計画が書かれたページをいきなり破り取った。
「俺たちがやっているっていうのはばれちゃいけないからな」
破った紙をくしゃくしゃに丸めてポケットに押し込むと、太陽はハッとした顔を浮かべた。
「部活で思い出したんだけど、希ってどっかの部活に入る予定ある?」
「いや、ないです。太陽君は?」
「俺も入らない。やりたいことがたくさんあるからな」
「……うぅ」
ニヤリと悪戯小僧の笑みを浮かべる太陽を見て希はゲンナリとした声を漏らす。太陽がやりたいことなんて、絶対に自分も巻き込まれるに決まっている。それを悟ってしまい、やっぱり協力なんてするんじゃなかったと後悔する。
「あれ? 太陽と希ちゃんじゃん!」
希の動向について確認した直後、二人の席に近づく集団から声をかけられた。先頭にいるのは桜庭だ。彼女の周りいるのは、他のクラスの人間も混じっており全員女子だ。
「相変わらず仲良いね〜」
「い、いい、いやっ! 決してそんなことは……」
ムッと眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を浮かべたいつも通りの希に桜庭は笑顔を向ける。
『そんな食い気味に否定しなくてもいいじゃん』
「この後一緒に遊ばない? 女バレのメンツも一緒だけど」
桜庭の後ろには一年生女子バレー部員七名が控えている。部活帰りにしては早い時間で全員制服姿なことから休みなのかと希は結論付けた。
そんな中に繋がりもなく加わるのはハードルが高いが、太陽ならきっとできてしまうのだろう。と希が考えていると、
「悪いな。この後用事があるから、俺はもう帰るとこなんだ!」
「そっか。じゃあまた今度遊ぼ!」
太陽は言いながら鞄を抱えて席を立つ。希だけ残される形になるが、
『お前はどうする?』
「わ、私も! 今日は予定があるので、すみません。また誘ってください!」
太陽に続いて立ち上がった希は、深々と腰を九十度に曲げお辞儀をした。
「そんなに畏まらなくてもいいよ! 友達でしょ!」
「友達……! はい!」
友達と言われたことに感動する希はキラキラと瞳を輝かせながら桜庭を見つめた。ああ、この人が女神だったのか、と手を合わせ祈り始めそうな雰囲気だ。
「じゃあ、そういうわけだから」
太陽は桜庭に軽く手をあげて彼女らの元を離れる。一歩出遅れた希もバレー部員たちに頭を下げながら太陽の背を追った。
二人がファミレスから出ていくのが見えると、部員の一人が口を開いた。
「もう、美央ちゃん。カップルの邪魔したら悪いよ」
「いやぁ。本人たち曰く、付き合ってないらしいよ」
「え、そうなの!?」
女子たち一同の驚く声と「そのはずなんだけどね〜」という桜庭の呟きが店内に零れ落ちた。