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超能力を使いたくない理由。

 同日の放課後。運動部の推薦入学者以外はまだ部活に所属しておらず大半の生徒が教室でたむろして、和気藹々喧々諤々としている。


『希、家どっち方向? 一緒に帰ろうぜ〜』


 希のテレパシーを良いように使いこなしている太陽は、自分の席から全く動かず希へ語りかける。


『……上堂の方ですけど、一緒には帰りません!』

『あー、うっかり口が滑りそうだー。俺は一緒に帰れる友達がいっぱいいるから口が滑りそうだなー』

『くぅ、こいつ……』


 心の中で棒読みの大根芝居を演じる太陽に、希は今にも殴りかかりそうなほど拳を強く握りしめた。


『冗談だよ。でも一緒に帰りたいのは本当』

『なんでですか』

『色々話したいことがあるんだよ。教室だと、他の奴らの目を気にして話してくれねえじゃん』


 まだ太陽への警戒が解けない希は、太陽と付かず離れずの距離を保ちながら接していた。それを不満に思う太陽は心の中で唇を尖らせている。


『まぁ、そうですけど……』


 少し離れた席同士で無言の会話を繰り広げる二人は、そのまま一言も交わさずに、示し合わせたように揃って教室を出て行った。その姿を目撃したクラスメイトは、「ただならない関係なのでは?」と疑いを強めた。


「途中まで道一緒だな!」

「……そうなんですね」

「テンション低っ!?」

「誰のせいだと……」


 並んで歩く太陽と希。学校から少し離れて人通りがばらけた辺りでようやく希が口を開いたが、あまり乗り気じゃない。閑静な住宅街で、放課後のこの時間帯はすれ違う人もあまりおらず、小さくとも互いの声がよく聞こえる。太陽は家に向かって歩きながら会話を続ける。


「まあまあ、これから共に学生生活を歩んでいくのだから、仲良くしようじゃないか」

「仲良く……私の力が目当てのくせに」


 言いながら希は自分を守るように体を抱える仕草を見せる。


「お前に隠し事は通じないから正直に言うけど、超能力貸し──」

「嫌です!」

「皆まで聞けよ」


 言いかけた言葉を遮られた太陽は、おもちゃを取り上げられた犬のような表情でしょげる。


「前にも言いましたけど、超能力は使わず普通の生活が送りたいんです!」

「でも、今朝は瞬間移動使ってたじゃん。しかも俺にバレてるし」

「だ、だからそれは、遅刻しそうになったから仕方なくで、初日から遅刻するなんて絶対クラスで浮いちゃうじゃないですか」


 あたふたと言い訳を始めた希はかなりの早口で目も回している。言い訳を考えるのに必死な様子だ。


「俺のフォローも役に立っただろ?」

「あれは太陽君の心の声がうるさいせいです! 少しは自重してください!」


 恩着せがましい物言いをする太陽に、希はプンスカと怒って肩をポカポカと叩く。大人しく殴られる太陽は微笑ましい光景に頬を緩ませる。


「ところで、なんで力を使いたくないんだ?」

「そ、それは……」


 希が落ち着いたのを見計らって太陽が問うと希は言い淀んだ。


「喋りたくないならいいけど『気になる……』」

「本当は気になってるくせに……」

「やっぱり建前はバレますかー」


 希を気遣ったつもりの太陽だったが、やはり本心を見透かされてしまい「参ったねー」と頭を掻く。


「超能力は、太陽君が思っているほど良いものじゃないんです」

「希のこと、教えてくれよ。友達として知りたい!」

「……はぁ」


 真剣な眼差しの太陽と見つめ合った希は、諦めるようなため息をついた。


「ちょっとだけですよ」

「にひひ!」


 希は太陽に全く引く気がないと悟った。揺るぎない意思で希を見据えた太陽は、嬉しさを全力で表現するように歯を見せて笑った。


「私の超能力は生まれつきのものです──



 私は物心ついた時から超能力が使えました。親の考えていることが分かる。最初はそれが、直接言葉を発しているものなのか、心で念じたものなのかも分からず反応していました。

 それから私はたくさんの力を発現するようになりました。触らずとも動かせる念力、瞬間移動、透明化、催眠、記憶の操作、発火……思いつく限り何でも。万能の力でした。


 両親はこの力を隠すよう私を育ててくれました。でも、小さい子供に対して、超能力はあまりに大きすぎる力だったんです。力加減がわからず友達を怪我させちゃったり、心が読めるために友達を嘘つき呼ばわりして喧嘩になったり。


 小学校低学年あたりまではかなり大変でした。なので、私は普通に学校へ通えませんでした。

 歳を重ねるごとになんとかコントロールができるようになってきましたが、それでも中学卒業まで私は保健室登校をしていて、終ぞ普通の学生と同じように学校へ通うことはできませんでした。


 周りに危害を加えてしまう可能性についてもそうですが、この力で私自身が傷つくことを両親は恐れたんだと思います。友達を怪我させてしまう罪悪感や、友達に嘘をつかれてもそれに気づかないフリをしなければならない私が傷つくのを。


 普通に学校へ通えないのは、優しさからくる配慮なので私も理解しています。

 この力は異常です。到底普通の社会に受け入れられるものじゃない。未熟な私がみんなの輪に入っても、怖がられ受け入れてもらえないんです。


 でも、ようやく力をコントロールできるようになったんです。まだ扱い慣れていない力もありますけど、暴発するようなことはないはずです。高校からは、超能力なんてない普通の学生として、友達を作ったり放課後に遊んだり学校行事に参加して、

 だからっ! 私は高校では普通の生活を送りたいんです!」


「……なるほど」


 自身の過去を詳らかに語った希を賞賛の意を込めて見つめる。自分の辛い過去を話すのはとても勇気がいることだ。勇気を出してくれた希に太陽は感謝すると同時に、彼女がどんな思いでこの学校へ通っているのかを目にし感心と共感を抱いた。だが、


「それで、お前にとっての普通ってなんだ?」

「へ?」


 少しは希に同情して諦めても良さそうだが、太陽はそんな人間じゃない。いつだって自分の欲求に忠実で、やりたいことがあればそれを叶えるためにどんな手も使う。障害が立ちはだかれば壁を登って壊して迂回して、やり遂げる。


 もちろん希の意思や願いは尊重するつもりではあるが、どちらかが諦めれば良いという解決策などつまらないと思っている。


「希にとっての普通の生活ってどんなだ?」

「そ、それは。超能力なんてない、普通の……」

「普通の定義は難しいよな。俺だって普通が何か分からないし。俺にとっての普通は、誰かにとっての異常かもしれない」

「そう、ですね」


 太陽はボディランゲージを交えて希の心を溶かすように言葉をかける。


「俺からすれば“超能力があることが普通じゃない“とはならない」

「そんなバカな話がっ!」

「超能力だってただの個性だ。かなりレアリティが高いだけで。すっげえ頭が良いとかと同じ、何かに秀でただけの力」

「これが個性!? 個性の範疇を逸脱してます!」


 太陽の無理やりな言い分を希は頭ごなしに否定する。


「俺の個性はめちゃめちゃ明るくて元気! お前の個性は超能力!」

「これは個性とかで片付けられる問題じゃ……」

「お前は超能力がバレて、誰かを傷つけることや忌避されるのが怖いだけだ」

「そ、それの何がいけないんですか!?」


 太陽の指摘に希は激昂する。しかし、


「何もいけなくないよ。それは正しい反応だ。誰だって人に傷つけられたり傷つけたりするのは怖い。でもこれだけは分かってくれ。俺はお前の超能力なんか怖くない。気持ち悪いとも思わない」

「っ……」


 本心からの言葉。建前なんかじゃない本物の言葉。自分の心を欺ける人間はない。思っていることが分かってしまう希には、この言葉が本物であると理解せざるを得ない。


「だから俺には遠慮なく超能力使ってるんだろ? 俺には使っても問題ないって思ってくれてるんだろ?」

「それは……」

「確かに、一般的に心の中を勝手に覗かれるのは気分が良いものじゃないけど、俺は別になんとも思わない」


 太陽は真っ直ぐ純粋な目で希を見つめる。ピンから抜け出た桜色の長い前髪が希の顔を僅かに隠してしまうが、表情を見るために左手で優しく髪を払う。


「希の思う通り、超能力はこれからも隠した方がいいっていうのは賛成だ。個性も尖りすぎれば受け入れられない。でもそれは超能力に限った話じゃない」


 希は晴れた視界から太陽の表情を見ている。心を覗き込む。


「お前が望んでいるのは、超能力のない生活じゃない。今ある並の生活が失われないことだ。そこに超能力の有無は関係ない」


 太陽は手をよけて、スティーブ・ジョブズのように歩きながら希を説得する。


「そ、れは……そう、なのかなぁ……」


 太陽の熱弁を受け自分が求める普通を考えていた希は、彼の持論に納得しかけている。


「だからな。俺の前では、俺にだけは超能力を使っても問題ないだろ? 俺もあんまり無茶なことは言わないからさ。ちゃんとバレないようにフォローもするし。ぜ〜ったい! 超能力のことを知ってる協力者がいた方が今後の生活楽になるぞ!」


「まぁ、確かに……?」


「お前はあんまり喋るのとか、自分から積極的に行くのも苦手だろうし、俺みたいな奴が近くにいた方が勝手がきくし、それに俺のおかげで女子とも話せただろ?」

「ぐっ……それは、確かにそうですけど……。コミュ力ないとか言わないでください」

「そこまでは言ってない」


 涙目で卑屈になる希は太陽の言い分に飲まれている。論理的に超能力を使わない説明ができず、太陽の意見に共感すら抱いてしまっている。

 今まで普通の学生生活を送ったことがない希は、友達を作るどころか、知らない人と話すことすら得意でない。今日のお昼にみんなの輪に入れたのは太陽の人脈から繋がったものだ。これから先、太陽なしでやっていけるのではだろうかと不安にすらなる。


「希は俺を利用する。俺はお前といて楽しい。ウィンウィンだろ?」


 朝にも言われたウィンウィンな関係。お互いに利益がある良い話。太陽は人差し指を頭上で立て「ウィンウィンウィン……」と遊んでいる。ツッコむ余裕もなく考え続ける希に、太陽はダメ押しに言葉を投げかける。


「超能力についても、ちょこっとしか言わないつもりだし、無理だったら断ってくれていい。友達に無理強いするほどひどい人間じゃないしな!」


 太陽はドヤ顔と共にサムズアップで希の反応を待つ。

 希が本気で超能力のない普通の生活を望むのなら、たとえ遅刻になったとしても今朝に瞬間移動なんてしないはず。つまり、希は力を使わなければいけない状況か、使っても問題ない状況なら力を使うことがある。


 それほどまでに彼女の日常に超能力が存在している。誰だって、いきなり不自由な生活を強いられてもうまくいかないだろう。ならば、超能力を使うという選択は必ず彼女の中に残り続ける。残してあげることで必ずそこに手を伸ばす。


 普通の生活を送れるように配慮さえしてあげれば、太陽の超能力で遊びたいという願いも叶えられる。お互いの希望を叶える完璧な折衷案だ。


「なんか、詭弁で丸め込まれた気がしますけど……」

「そんなことない! 俺はいたって真剣! 俺たちならやれるって信じてる!」

「はぁ……」


 元はと言えば自分が蒔いた種。希は何度目ともしれないため息をついて太陽の提案を受け入れた。


「私、友達いっぱい欲しいので協力してくださいね」

「もちのろん!」


 太陽はそっと右手を差し出した。今度は一方的なものではなく、希からも手を差し出し握手を交わした。


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