お祭りマジック
だが、ジャグリングをするだけではマジックショーではない。
希がボールを投げていくと、頂点に達したボールが宙に浮いたまま落ちてこなくなってしまった。
「あれ、落ちてこないぞ!」
太陽が不思議そうにその下へ入ると、ボールは力を失ったように太陽の頭へ落た。「いてて」と声を漏らすと、観客から笑いが起こる。
二人のマジックはまだまだ止まらない。
マジックお馴染みのBGMと共に、太陽は空のペットボトルを持ち出した。ラベルを剥がした二リットルサイズの透明なボトルは見るからに空であるが、蓋を開け逆さまにしてまで中身がないことをアピールする。
ボトルに黒い布を被せて口だけが見える状態にし、足元にバケツを設置する。
「はっ!」
太陽は掛け声と共に再びボトルを逆さまにする。すると、ボトルからトプトプと水が流れ出した。高い位置からバケツに落ちた水が飛沫を上げている。
太陽の部屋で見せた水見式だ。タネは遠隔で希が水を生み出している。
バケツには明らかに二リットル以上の水が注がれ、観客はタネがわからず驚いている。
「どんどん行きますよ〜!」
太陽は水入りバケツを避け一枚のティッシュを手に持つ。摘むようにもたれたティッシュは軽い風で揺れているが、そこへ向け太陽が指パッチンを鳴らす。と、ティッシュの下から火がつき一気に燃え塵となる。
「あっつっ!」
ティッシュを持っていた手が火に触れ太陽がひっくり返った。
「水水!」
慌てる太陽の元に希が先ほどのペットボトルを持ってきて、またまた水が出てくる。
(まだ出るのか……)と、観客の心の声が一致する。
「さあさあ、お次は!」
希が暗幕を取り出す。フラフープとくっつけて円形のカーテンのような暗幕で、その中に希が立つ。そして太陽がそれを下から持ち上げて希の姿を隠すと、希は遠くの方へと一瞬で移動した。
太陽が暗幕から手を離すと、希の姿が消えていることが観客の目に映りわっと驚きの声が上がる。
「あちらをご覧ください!」
太陽が手で示す先に観客が一斉に首を振る。猫じゃらしに反応する猫の群れのようで太陽は不意に笑ってしまう。
「あっという間にあんなところへ!」
ステージの右手二十メートルほど場所に用意した簡易的な台に立つ希が手を振っている。後ろには電話ボックスのような長方形の箱があり、希がその中へ戻ると再び太陽は暗幕を持ち上げる。次の瞬間にはステージ上へ希が戻ってきて、暗幕の中から姿を現した。
次々と起こる超常現象に、観客はタネがわからず驚きっぱなしだ。一度教室で二人のショーを見ていたクラスメイトたちも、グレードアップしたショーに目を奪われている。
タネも仕掛けもないのだから驚くのも無理はない。しかし、マジックと銘打たれれば誰も超能力だとは疑うはずもなく、純粋にショーを楽しんでいる。
「最後は大技に挑戦します!」
太陽の進行で最後のマジックに移る。
重りがついた二つの台。胸の高さほどあるそれを一本のロープが渡っている。一目で分かる綱渡だ。
もちろん、ただの綱渡りじゃない。
台の上に希が立ち、まずはジャグリングしながら渡る。ロープの長さはおよそ十メートル。ジャグリング綱渡が成功すると、次は余裕さをアピールするため綱の上で宙返りまでしてみせる。アクロバットな動きに観客から悲鳴に近い驚きの声が上がった。
これから希が綱の中央で逆立ちをしてみせると太陽は説明するが、最後はきちんとマジックで締めるつもりだ。
ロープはスラックラインのような乗るためのものではないため、「それは無理だろう」と観客が固唾を飲んで見守る。
希がゆっくりとした足取りでロープの中央へ進む間、太陽は舞台袖から大きな鋏を持ち出した。希が乗っている綱をいとも容易く切れそうな鋭い鋏だ。
ロープの真ん中まで危なげもなくやってきた希は、ゆっくりと腰を折りロープへ手をつく。手へと重心を移し足を持ち上げる。制服のスカートは重力に逆らい垂れることなく希の守っている。なお、下にはアンダーパンツを履いているため捲れてもなんの心配はない。
観客は息をするのも忘れて逆立ちが成功するのを見守っている。
そして、希が逆立ちを成功させた! と同時に太陽は綱の片端を切り落とした。観客から悲鳴が上がる。
当然、綱は重力に従って下へと落ちたが、希の体は逆立ちの姿勢でその場に留まり浮いている。
「ア、ヒモキッタナー」
遅れて綱がないことに気づいた希が、着地をしながら唯一のセリフを口にした。いっぱい練習したはずだが、緊張のせいか酷い棒読みとなっている。
二人が手を繋ぎ万歳の姿勢で決めポーズを取ると、盛大な拍手と歓声が巻き起こった。
「「ありがとうございました!」」
マジックショーを成功させた二人は、お辞儀をしながら急いで片付けに入る。祖父と桜庭や鳴子の手伝いもあり撤収は一瞬で済んだ。
緊張と暑さから二人の首に汗が伝っているが、達成感と爽快感しかなく満足そうに笑みを浮かべた。
撤収を終えると邪魔にならないよう解散する。祖父が先に学校へ向かったため、二人は歩いてそれを追う。
「やったな!」
その道すがら、太陽がとても高いテンションで両手を掲げた。何かを待っているような太陽に、希はおずおずと手を差し出す。直後、パン! と小気味良い音を立てながらハイタッチを交わした。
「太陽君、すみませんでした!」
だが、そのまま「はい、めでたしめでたし」では希の気が収まらない。
希は改めて深く頭を下げ謝罪した。
「私の身勝手で太陽君に迷惑をかけてしまい、すみませんでした。あの、私にできる範囲で償いを……」
「……『さて、どうしてやろうかな〜』」
太陽は何も言わないが、心の声が筒抜けだ。太陽は怒ってもいないし、そもそも許す許さないの思考をしていない。だが、希に非があり希が償いをしたいと頭を下げている。となれば、何をして貰おうかと悪巧みをするのが太陽という男だ。
先ほどまでは聞くのが怖いと思っていた太陽の心も、向こうからこじ開けられてしまいそんな感情はなくなった。
(太陽君の心は安心して聞ける)
自分をここまで想ってくれる人間に希は初めて遭遇した。連絡無視からドタキャンまでかましたというのに、太陽は怒る素振りどころか欠片もそんな様子を見せない。そんな人間を信用できないわけがない。希の心はすっかり解されていた。
「よし決めた! ちゃんと、俺と友達になろう! 利害の一致とかじゃなく」
「……はい!」
太陽の提案に希は元気に頷いた。本当はちゃんと償いたいとは思っているが、それを口にするのは野暮だろう。
「それと! ちゃんと相談すること。辛いことがあったらいつでも言えって言っただろ」
「そうですね」
過去について打ち明けた時のことを思い出し希は反省する。太陽の言う通り、相談して二人で話し合っていれば解決する話だったのだ。
「俺はお前と違って心が読めるわけじゃないから、ちゃんと言葉にしてくれ『テレパシーでもいいけど』」
「かしこまりました!」
太陽の申し出を快く受け入れた希は、安心して胸を撫で下ろす。分かっていたはずの単純なことを忘れていた。それを太陽のおかげで思い出せた。
そして、これからは太陽の友として、もっと彼のために力になろうと心に決める。
「もう一個頼んでもいい?」
「はい! なんでも言ってください!」
やる気に満ち溢れる希は今だけはイエスマンになり、太陽の願いを叶える。
そして夏祭り二日目──。
「イエェェェェイッ!!」
希と太陽は空を飛んでいる。上空四千メートルからのスカイダイビングを楽しんでいた。
時刻は八時。もうそろそろ花火が上がる頃。二人は上空へ移動し、そのまま公園目掛けて落下している。
「すげえ! 俺たち飛んでるぞ!」
「今のところ落ちていってるだけですけどね」
手を繋ぎ下へ下へと物凄い速さで落ちていく。
「希がうっかりしたら俺死ぬな」
パラシュートなんてものは背負っておらず太陽はラフなジャージ姿だ。
「絶対離さないでくださいね」
「お前こそ、離すなよ?」
生殺与奪を希に握られている太陽だが、軽口を叩けるくらいには余裕がある。
(この人に怖いものはないのか……。三階から飛び降りた時も思ったけど)
希は少しだけ呆れていた。まったく、太陽の無鉄砲さはどこから来ているのかと。
「なんであんなに空を飛びたいって言ってたんですか?」
「空を自由に飛びたいな! はい!」
「た、タケコプター……」
愉快げに歌う太陽に合いの手を求められ、咄嗟に返す。
「あ、あれもやっとく? コハク……」
「せんちひじゃないですか! 太陽君、結構漫画とかアニメに影響受けてますよね!」
「まあねー」
地面がどんどん近づいてくるが、太陽はずっと楽しげに笑っている。よっぽど空を飛びたかったのか興奮しっぱなしだ。
「一旦止まりますよ」
「おお!?」
落ち続けて一分ほど。ようやく希は落下を止め空中に止まった。太陽だけはそのまま落ちていき……なんてことはなく、きちんと一緒に浮いている。
「もう少しで花火が上がりますね」
「ああ。楽しみだ」
例年通り、公園の隣にある中学の校庭から花火が打ち上げられる。二人は透明化しているため姿を見られるような心配はない。もう少しだけ高度を下げ花火を待つ。
手持ち無沙汰な時間に、希は何か話さなければとソワソワするが、
「落ち着け。そんなに慌てなくてもちゃんと花火は上がる」
「違いますけど!? 別に花火が待ち遠しかったわけじゃ、」
「まあまあ。恥ずかしがらなくてもいいんだって。俺だって花火楽しみだし」
花火を楽しみにしていて子供っぽくて恥ずかしい。と勘違いされた希は否定するが、太陽はそれを暖かく全てを受け入れる仏のような心で見つめている。
そんな太陽の様子を見て希は声を出して笑った。太陽は何事か分かっていないが釣られて笑う。
変な気遣いなんて必要ないんだ。
そう気づけた希は、今まで太陽の顔色を窺ってきた自分がバカらしく思えた。
「太陽君──私の友達になってくれてありがとうございます」
言いかける希の言葉を遮るように、一発目の花火が上がった。
「なんて?」
「私の友達になってくれてありがとうございます!」
顔のそばへ耳を寄せる太陽に、希は声を大にして伝えた。
「ああ。こちらこそ。ありがとう!」
花火が打ち上げられる。連続で上がってくる花火から少し距離を取って、太陽は手に持ったGoProでテンション高く撮影をしている。
希も初めて友達と見る花火に興奮し、「たまやー!」と思い切り叫んだ。
太陽が撮ったスカイダイビングと花火の映像は、願いが叶うアカウントにて共有され、プチバズを記録した。動画と共にメッセージのスクショを添えたことで、杜都高校ではこのアカウントを知らない者はいなくなりお願いDMが殺到した。しばらくはお願いの精査と、都市伝説程度まで人の興味が無くなるのを待つため動けなくなるだろうと希は考えている。
二人はなんの予定も立てず夏休みをダラダラと過ごす。しかし、太陽の欲望は止まることを知らない。
「希、次の願いが決まったぞ」




