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友達

 太陽に送り出された須賀川は、初めに希の家を訪れた。しかし、


「希ならさっき出かけましたよ?」


 と、希の母に玄関先で告げられた。


「入れ違ったか?」


 と、須賀川は一度公園へと戻るが希の姿はなかった。家でも公園でもないとすればどこに?

 ストーカーの腕の見せ所だ。須賀川は希を一番知る男の矜持にかけて、必ず居場所を突き止めると意気込む。そして、向かったのは学校。


 希を知ってからほんの短い時間だが、きっとここしかないと須賀川は確信していた。希は基本的に家と学校の往復しかしておらず、学校の外で遊ぶ友達と言えば太陽くらいしかいない。その事実に苛立ちながらも、須賀川は走る。三組の教室を目指して。


「姫……」


 須賀川が教室へ行くと、制服姿の希が太陽の席に座ってぼーっと黒板を見つめていた。


「須賀川君」

「こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」


 須賀川は、決して責めていると受け取られないような優しい声音で話しかけた。


「太陽君は私のことをどう思っているんでしょうか?」

「え?」


 須賀川は静かに希のそばまで歩み寄る。すると、希が不意に疑問を口にした。


「大事な友達だと、言っていました」

「……本当に?」


 ゆっくりと希が須賀川の方を振り返る。桃色の綺麗な髪が動きに合わせて柳のように揺れる。前髪に薄く隠された瞳は涙で濡れていた。


「僕は、あなたが悲しむ顔を見たくありません。僕は、あなたに対して嘘をつきません。この身に誓って」


 須賀川は片膝をつき希の手を取る。「変なことはするなよ」という太陽の言葉が脳裏を掠め、なんとか須賀川はそれ以上の行動へは踏みとどまる。


「太陽君が友達だと思ってくれていたとして、それは過去の話ですよね。だって、私は太陽君からの連絡も無視して、大事な約束をドタキャンしたんです」


 教室の時計がもうすぐ十五時を過ぎる。二人の出番は十五時十五分から。今から行ったとして間に合うかどうか。


「もう、太陽君だって私に幻滅して嫌いになってるはずです」

「そんなことありません!」


 ネガティブな思考に陥る希を引っ張り上げようと、須賀川は声を張り上げた。その言葉に嘘はない。太陽のことは嫌いだが、希を傷つけるような嘘を須賀川は言わない。


「なんで、そんなことが分かるんですか!? なんで言い切れるんですか……太陽君の心なんて、知らないくせに」

「それは……」


 希が激しく感情を発露させ須賀川に当たり散らす。今までに見たことのないほど怒っている。そして、怒りの裏側では泣いている。


「僕があいつの友達だからです」


 そんな希を助けるために、須賀川は認めたくない事実を言った。己の口から発してしまえばもう否定はできない。それでも、


「僕はあいつの友でありライバルです。だから言い切ります。あいつはまだ、あなたを待っています」

「そんなの、どうやって信じれば……」

「見て判断してください」


 須賀川は真剣な眼差しで希の瞳を見つめる。あまりに美しい尊顔に見惚れそうになるが、今だけは理性で堪える。希のためにも。希は、あのショーに立ち今日までの後悔を晴らす必要がある。希が笑うには、方法はそれしかない。


「他の誰がなんと言おうと、晴山を見て判断してください」


 須賀川は希がこうなった原因におおよその検討がついている。あの女子たちの会話がもし希の耳に入っていれば、純粋で優しい希が傷つくのも頷ける。だが、あんな品性のかけらもない人間の言葉など気にする必要がないのだ。

 そう心の中で思いながらも、希の耳を汚さないよう綺麗でまっすぐな言葉を選ぶ。


「……わかり、ました」


 須賀川による真摯な姿勢の説得に、希はようやく首を縦に振った。


「行きましょう」


 そうと決まれば善は急げだ。須賀川は希の手を取って走り出す。太陽のショーが始まるまで十五分もない。

 公園付近からは人通りも多くなり思うように前へ進めず、ショーの時間が刻一刻と過ぎていく。だが、須賀川が人の群れを縫って最短最速で通り抜けていき、とうとうステージが見えるところまでやってきた。


「続きましてー……」


 マイクを通していないにも関わらず太陽の声は二人の元まで届いた。

 太陽は希と練習したマジックを一人でこなしている。観客の視線も温かいもので、このまま一人でやりきってしまいそうだ。


(やっぱり、私なんかいなくたって……)

「姫。あいつは今一人で戦っています」

「え……」


 己の無価値さを痛感していた希に、須賀川が静かに語りかける。


「でも、そこに姫の力が加われば百人力です。あいつ一人なら一人力だけですが」


 太陽を下げながら希を褒める須賀川。ここまで希を連れてきただけでも太陽にとっては十分ありがたいことだろうし、少しくらい意地悪を言っても許されるだろう。


「あいつは最後まであなたを待っていました。それだけは伝えておきます」

「……」


 須賀川の言葉を受けながら壇上の太陽を見つめる。心の声は未だ聞こえない。希は、再び心を開くのが怖く感じている。きっと太陽は、内心では怒っている。待っていると言っても、こうして一人でやり切れると分かれば、諦めて希のことなど忘れてしまっている。


 そう決めつけて、太陽の本音を聞くことを恐れている。聞いてしまえば、希の被害妄想が現実になってしまうから。

 太陽のネタがそろそろ終わりを迎える。用意したマジック道具も残りわずか。本来なら希の力を使ったマジックも含めての尺のため、時間をかなり巻くことになる。


「では、次に──っ!」

(っ!?)


 不意に、ステージ上にいる太陽と希の視線がぶつかった。常に観客を見回していた太陽の目に希の姿が映った。


『希!』


 その瞬間、太陽の心の声がダイレクトに希の脳内へと飛び込んできた。

 希の心が無理やりこじ開けられた。希は今、太陽の心を読むつもりなどなかったのに、何故か太陽の声がはっきりと聞こえた。


「──『希! やっと来た! 待ってたぞ! 早く来い!』」

(太陽君の声が……なんで)


 今までにない現象に戸惑う希は、動揺してオロオロと落ち着きがなくなる。太陽の心が筒抜けの状態にある今、本音を聞く前に早く逃げなければと後退さるが、


「──『ずっと、待ってたぞ。希』」


 聞き慣れた太陽の優しい声が希の胸に響く。そこに怒りや呆れ、蔑みなどの感情は一切なく、純粋な心配と慈愛の心が希に触れる。


「──『もうネタが尽きる。早く一緒にやろう! お前がいれば絶対にもっと盛り上がる! あんなに練習したんだ! 二人でやりきろう!』」


 相変わらず、喋りながら別のことを考えるという器用な真似で太陽は希へ話しかけ続けた。


『ドタキャンしたのに……怒ってもいいはずなのに、なんで』

「──『友達だろ! それも秘密を知っている唯一無二の』」

「くふっ……(私はなんてバカな勘違いを)」


 涙脆くなったのか、希の頬を雫が伝う。


「姫、行ってらっしゃい」

「……はい!」


 希の目から不安が消えたのを悟り、須賀川は優しく背中を押して送り出す。全ての憂いがなくなった希は走った。


「えー、ここで皆さんにお知らせがあります!」


 希が舞台袖までやってくると、太陽は今まで以上に元気な声を出した。


「最初に話した相方が今、到着しました!」


 太陽が希の方を手で示したため、舞台へと足を踏み出す。


「お、お、遅れてしゅみませんでしたぁ!」


 希は太陽共々、深々と謝罪した。


「希ちゃん来た! おーい!」


 観客席の中から桜庭が嬉しそうに手を振っている。それに笑顔で応える希に観客(主に男性)が沸き立つ。


「では! 一人ではできなかったマジックをできるようになりましたので早速披露させていただきます!」


 舞台上で希に反省している時間はない。希は早速、二人で練習してきたマジックの準備をする。

 トランプを舞台袖から持ち出し太陽の元へ──


「あっ!」


 途中で躓いてしまいトランプがバラバラに落ちてしまう。


「大丈夫かぁ!?」


 太陽の少しわざとらしすぎる心配の声に、希は「すぐに拾います!」と答えその場で手のひらを上へ向けながら腕を伸ばす。

 すると、超能力で舞い上がったトランプが逆再生のように希の手のひらへと戻っていく。まるでトランプに意思があるかのような光景に歓声が上がる。


『ナイス!』


 練習通りに一つ目のマジックが成功し太陽は心の中で希を褒める。

 続いてジャグリング。希はカラーボールを四つ器用に投げながら舞台を横断する。


「どんどん投げて追加していくので、できたら拍手をお願いします!」


 太陽が観客席へ声を飛ばしながら、既に四つをジャグリングする希へ、ボールを三個、順番に投げて追加する。器用にそのボールを受け取った希は見事に七つのボールを回してみせる。


「拍手ー!」


 太陽の掛け声で歓声と共に拍手が沸き起こった。最前列で見ている小学生が純粋な瞳を輝かせ心の底から感動しているのが見て取れ、太陽の顔が綻ぶ。


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