お祭り
夏祭りまでの五日間。太陽は希と連絡が取れなくなってしまい焦っていた。クラスでマジックを披露した日。希は何も言わずに帰ってしまった。ショー自体は失敗せずに終えられていた。人前でやる緊張感もあったが、急に怖気付いたとは思えない。
太陽には希が何を考えているのかわからない。
当然、話をしようとメールや電話をしたり家にも訪ねた。しかし、希からの反応は一切なく時間だけが過ぎていった。
何か嫌なことでもあったんだろうか。それとも、人前で超能力を使うことが怖くなってしまったんだろうか。
太陽がどれだけ一人で考えても答えは分からない。
希の家へ訪ねた後、太陽は近所の公園でベンチに座っていた。滑り台とブランコしかない小さな寂れた公園だ。近所の大きな公園のおかげでここには太陽しかいない。
太陽は一人で悩むのをやめ、携帯を取り出した。かける先は希を一番知る友人。
「闘士」
『なんだ晴山。なんで休みの日にまで貴様の声を聞かなきゃいけないんだ。姫を出せ姫を』
「今は一緒じゃねえよ」
電話に出るなり憎まれ口を叩く須賀川に太陽は普段よりもトーンが落ちた声で応える。
『なんの用だ?』
「お前、希と連絡取れる?」
『ふん、取れたとして、貴様には教えんが』
「じゃあ、何か知ってるか? 最近希と話せてないんだよ」
『知っててもお前には教えん。ばーかばーか。さっさと姫に嫌われてしまえ』
須賀川は言いたいだけ言って一方的に電話を切ってしまった。繋がっただけマシか。と太陽は諦めて天を仰ぐ。
頼みの綱であった須賀川からも何も得られない状態。太陽にはすっかりお手上げ状態だ。
それから桜庭や鳴子、他のクラスメイトにも連絡が取れるか電話をかけて回るが収穫はなし。希は完全に一人で閉じこもってしまった。
一つだけ確かなのは、祭りでのショーは一人で行わなければならない可能性があること。
最悪の事態を想定して、太陽は覚悟を決めた。
七月二十七日、土曜日。夏祭り当日。
地元の大きな公園で行われるこの祭りは、二日間にわたって開催される。二日目の夜には打ち上げ花火もあり、そこそこの人が集まる大きなイベントだ。太陽たちが出るステージ発表にはプロの芸人が呼ばれる年もある。
太陽たちのような一般参加枠はお昼過ぎ頃に時間が当てられているため出番が早い。
「爺ちゃん。ありがと」
「おう。ここに置けばいいのか?」
太陽は学校に置いていたマジック道具の一式を祖父の軽トラに積み込んで運んでもらっていた。ステージ裏には出場者の待機スペースが用意されており、そこに荷物を置いておく。本番はこれらをステージ上に設置してからのスタートだ。
「じゃあ、爺ちゃんは時間になったらまた来るから。何かあれば電話して呼んでくれ」
「ありがと!」
太陽の祖父は首にかけたタオルで顔を拭きながら去っていく。普段ゲートボールを一緒にする友達のところへ行くところだ。
「さて」
太陽はスマホで時間を確認した。出番までは二時間ほどあるが、結局希からの連絡はなく、今日も姿を見せていない。どうするべきか分からない太陽はため息を吐く。
「「太陽!」」
「お前ら……」
ショーのための搬入を終えた太陽の元へ、桜庭と鳴子がやってきた。数日前の連絡で状況をある程度把握している二人は、太陽たちの様子が不安になりやってきた。
「希ちゃんは? まだ来てないの?」
オフショルダーの白いブラウスにデニム素材のショートパンツを履いた桜庭は、麦わら帽子で顔を扇ぎながら言う。
「来てないし、連絡も取れない」
太陽の答えに二人も沈鬱な面持ちを浮かべる。
「私たちに手伝えることがあれば遠慮なく言って。今日は希ちゃんのショーを見に来たんだから!」
「そうだぞ。太陽」
「ああ。助かる」
桜庭と鳴子はそう告げて太陽の元を去る。希へ連絡を試みもしてみるが、やはり反応はなく桜庭は心配そうにため息をついた。
「二人とも連絡が取れてないって……」
今まで、どれだけ嫌だ嫌だと否定されることはあっても、反応がないことなどなかった。希は嫌なことは嫌だとキッパリ言うし、いけそうな時はゴリ押しでなんとかなってきた。それが今では、なんの手がかりもない。希の気持ちを測る材料がない。
(やっぱり俺じゃ、あいつの友達にはなれなかったのかなぁ)
太陽は本気で希と友達になるつもりで、いや、なったつもりでいた。
初めて出会った時、太陽は利害関係の一致ということで希を納得させた。あとは流れで仲良くなれるものだと驕っていた。
(その結果がこれか)
超能力がバレることを恐れた希は、太陽に何を告げることもなくドタキャン。連絡もつかず、きっと明日からは他人として接せられるに違いない。それどころか、挨拶すらまともに返してくれない可能性だってある。
「俺じゃダメかぁ」
太陽はとても悔しがって、その場にしゃがみ込み項垂れる。
「おい晴山」
「…………なんだ。闘士か」
そんな太陽の元に、須賀川が焼き鳥を食べながら現れた。パックの中は既に食べられた後の竹串が数本入っている。
「姫にだけは恥をかかせるなよ」
「……大丈夫だよ。希はきっと来ないから」
「ふっ、とうとう見捨てられたか」
嬉しそうに嫌味たっぷりの笑みを浮かべる須賀川に、太陽は張り合う気も起きず自嘲気味に笑った。
「そうかもな」
「……ちっ」
いじめがいのない拍子抜けした太陽に、須賀川は苛立ちを覚え冷めた目を向ける。
「なぜ姫が来ないか、聞いていないのか?」
「答えてくれないんだよ」
「……貴様は、それでいいのか?」
諦めた様子で目を伏せる太陽に須賀川が問う。いつになく真剣な表情で、そこには太陽を貶めようだとか、嫌味を言ってやろうという気はなく、純粋な疑問だった。
「希がやりたくないならしょうがない。俺たちはそこまで踏み込める関係じゃない」
いつになく弱気な太陽の様子に、須賀川は心配半分驚き半分といった顔を浮かべる。
「らしくないな」
「かもな」
「迎えに行かないのか?」
須賀川の問いに太陽はしばらく無言になる。言葉を探しているのか、答える気がないのか。十数秒ほど経ってから、ようやく口を開く。
「行かないよ」
「……何故だ?」
「あいつがやりたくないなら無理強いしない。それに、今日まで何度も迎えに行ったさ。それでも反応がないっていうことは、そういうことだ。迎えに来て欲しくないってことだろ」
「そうじゃないだろ……」
「そうじゃないかは、希しか分からないだろ」
もう何も分からない太陽には、希の気持ちを察してやることもできず、目の前で希望的なことを言うだけの須賀川に軽く当たる。
「でも、俺はこのショーを成功させる。一人でもな」
「なんでだ」
「あいつが罪悪感を抱かないように」
太陽には希の気持ちなんてこれっぽっちも分かっていない。それでも、慮り最善を尽くすことはできる。
「迎えに行くだけが友情じゃない。信じて待つのも、俺は友情だと思う」
「くさいことを言いやがって」
覚悟を決めた太陽はようやく立ち上がる。須賀川と話したことで状況に気持ちの整理が追いついた。その表情に迷いや焦りはもうない。やると決めたらやりきる男の、決意の顔をしている。
「だから、希のところにはお前が行ってくれ」
「な、なんで俺が」
「おい、ちょっと嬉しそうじゃねえか」
突然太陽に大事な役を任された須賀川は、仇敵からの頼みではあるが頬が緩んでいる。
「お前の邪魔が入らないところで姫と二人きりに……」
「変なことすんなよ。嫌われても知らねえぞ」
須賀川は獲物に狙いを定める猫のように足踏みをし、なんなら足は公園の出口を向いている。
「あいつのことを一番分かっているのはお前だろ? 頼んだぞ」
「別に、貴様のために行くわけじゃない。姫に元気がないと俺も辛いから行くんだ。勘違いするなよ」
「ツンデレか」
太陽に対してツン百パーセントの須賀川は、そう言い残して走り去ろうとする。
「あぁ! ちょっと待て!」
「なんだ!? まだ何かあるのか!」
希の元へ今すぐにでも駆け出したい須賀川は止められたことに苛立ちキレ気味に返す。
「本人からの許可ありで、俺しか持っていない希の写真をやろう」
「何!?」
「体育祭の時に撮った希単体の写真だ。振り向き様の写真。お礼だ」
「貴様も少しは気が利くみたいだな」
太陽は一枚の画像を須賀川に送りつけた。体育祭終わりに不意打ちで撮ったあの時の写真を。白と桃色の髪がふわりと舞い、美しい軌跡を描いた一枚──
「ブレブレじゃねえか! ぶち殺すぞ!」
写真を見た須賀川は、希の顔が全く写っていないことに怒り焼き鳥の空きパックを太陽へ投げつけた。画面には桃色の斜線だけが写っている。
「ははは! 行ってらー」
「くそがぁ!」
須賀川は怒りを露わにドタドタと走っていく。その背中を見送りながら、太陽はちゃんと希が写っている方の写真も送信した。
それからおよそ二時間。須賀川と希がやってくることはなく、太陽たちの出番がやってきた。
祖父と共にステージ上へマジックの道具を運び込む。もちろん、希と使う予定だった設備も全て。もし希が遅れてきても対応できるように。
道具を全て出してしまえば、とうとう出番だ。出なければならない。舞台の袖で太陽の手が震える。武者震いとは違う、緊張の震えだ。ここから先は一人で全てやらなければならない。希のためにも失敗はできない。そのプレッシャーが太陽に重くのしかかる。
それでも、太陽は意を決して足を踏み出した。
「どうもー!」
芸人のように舞台袖からステージの中央へ。観客からの拍手を浴びながら太陽は笑顔を浮かべた。
祭の本番は夜からだが、思った以上に人が集まっている。何人かクラスメイトが応援に来てくれているが、その中に希の姿はない。
(どっかで見てる、なんてことはないか)
淡い期待も虚しく打ち砕かれ、太陽は本当の本当に一人で戦い始めた。




