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器用なテレパシー

 太陽と希による利害関係の一致から交友が生まれた後、太陽は平然と教室へ戻っていった。出会ったばかりで太陽のことが信用しきれていない希は、穴が開くほど太陽を見つめるが、


『そんなに見なくても大丈夫だよ』

『監視してもいいって言いましたよね』


 と、希に心が読まれていることを器用に利用して話しかけてくるようになった。超能力についてバレてしまった希も開き直ってテレパシーで応答している。


「『心読むだけだったらこっち見なくても大丈夫だろ』お待たせしました〜、みんなの太陽君が戻ってきたぞ!」

(心の中と口で別のこと喋ってる……!? すごい器用だ)


 自席に戻った太陽は、旧知の仲とでも言うような親密さで級友たちと談笑しながら、意識だけを希の方へ向けている。


『あんまりこっち見てると、お前だけ悪目立ちするぞ』

『くっ、道連れにする気ですか』

『俺は目立っても別に大丈夫。というか目立ちたい。みんなに早いとこ覚えてもらって、まずはこのクラス全員と友達になる!』

(ぐはっ、眩しい……)


 今まで触れたことがない眩しさにまたもやられた希は(これが陽キャか……)と勝手に敗北した気になる。

 だが、太陽の言っていることにやはり嘘はなく。朝からまだ授業を一つしか受けていないのにこれだけアクティブに動いているのだから、言葉にするまでもなく目立ちたがりだということは一目瞭然だ。声もよく通るため、教室内にいると自然に耳を傾けてしまう。


 しかし、太陽の欲求はまだまだ止まることを知らない。

 同日の四時間目。二、三時間目の授業を終え、ロングホームルームの時間。クラスの運営に関する話し合いをする時間で委員会決めが行われる。そこで当然のように、太陽は学級委員長へと立候補した。


「俺がこのクラスの長になりました!」


 普通はあまりやりたがらない役職であるためか、男子の委員長は他に立候補がなくあっさりと決まった。


「女子の委員長、立候補はいますか?」


 担任の呼びかけに反応する女子は一人もおらず沈黙が流れる。断固としてやるものかと、欠片も隙を見せないほどの沈黙。誰もが虚空を見つめ、担任と目が合い白羽の矢が立たないようにしている。


『希、一緒にやろうぜ。楽しい学校生活の思い出作るんだろ?』


 太陽はテレパシーを使いながら、自身と希を交互に指を刺しながら身振り手振りも合わせて話しかける。


『私は普通の学生生活が送りたいんです! あと、勝手に人のテレパシー使うのやめてください!』

『勝手に俺の心を読んでるのはそっちなんだけどね?』


 それに対し同じように身振り手振りで返す希。言葉を交わさずに会話をしている二人は明らか目立っており、そのせいもあって、


「伊能さん? 立候補ですか?」

「ちちち違います! 無理です無理です! 私にはっ!」

「あら、そうですか」


 希は担任から目をつけられ危うく委員長に指名されるところだった。


「決まらなそうなので、一旦別の所から決めていきましょうか」

「それでは、新しい長の俺が! 進行を引き継ぎます!」


 進行を買って出た太陽が教卓の前に立ち、チョークを手にいきいきと喋り出す。


「じゃあ副委員長を決めようと思うんだけど、立候補いる?」


 太陽の呼びかけに反応する者はやはりいない。しかし、小学生の頃から長年委員長を務めてきた太陽は、経験からこうなることがわかっていたようで、次へと進めていく。


「推薦はないー?」


 言いながら希の方へと視線を向ける太陽。今度は手を動かさず目だけで訴える。


『一緒にやる? 副委員長なら──』

「やるわけないじゃないですか! なんですかさっきから!」

「え?」


 突然怒り出した希に、クラスメイトたちがしんと静まり返った。隣の男子はいきなり怒った希にビクゥ! と体を跳ねさせていた。


「あ、いや、これは、その……」


 二秒ほど遅れて状況に気がついた希はあわあわと口をパクパクさせ、顔に汗を浮かべながら弁明しようとしているが、口が回らないのか頭が回らないのか、言葉が出ずに動揺している。


「いやぁ。俺の念が届いちゃったかぁ」


 と、希が目を回しているところに、すかさず太陽が口を挟んだ。


「目だけで会話すんなお前ら!」

「いやぁ、すまんね」


 と、おちゃらける太陽に男子の一人がツッコミを入れると、クラスに笑いが起こった。


「す、すみません……」


 希は耳まで赤くなりながらペコペコと頭を下げ、そのまま恥ずかしさで下を向いてしまった。グラデーションのかかった長い髪に隠れる希へ太陽は呆れ笑いを浮かべる。


『嫌がらせですか!?』

『え、何が!? 今ちゃんとフォローしてあげたじゃん!』

『そもそも太陽君がテレパシーで話しかけてこなければ私が反応することだって!』

『勝手に俺の心を──(以下略)』


 俯きながらも上目遣いで太陽を睨む希。髪の隙間から悪霊のように太陽を恨めしく見つめている。


『あと! 委員長とか目立つ役職を押し付けようとするのもやめてください! 私は目立ちたくないんですぅ!』

『別に悪気があったわけじゃないのに』


 純粋な善意でクラス委員を勧めていた太陽は心の中でしょんぼりと肩を落とす。


(この人、悪意なく人が嫌がることを……確信犯だ! まったくもう、目立ちたくないって言った事忘れてるのかな)


 善良な気持ちで嫌なことを率先して持ってくる太陽に今一度釘を刺さねばと、希は固い決意を胸に抱いた。


「じゃあどんどんいくぞー!」


 その後は太陽の見事な進行により、概ね時間通りに会は終わった。なお、希は清掃委員に落ち着いた。


「昼飯っ昼飯っ!」


 四時間目をやり切った太陽は鞄から揚々とお弁当箱を取り出した。周りには当然のように人が集まり出す。太陽が仲良くなるために、朝からコツコツと声をかけて招集したのだ。

 他のクラスでも男子と女子に分かれてチラホラとグループが形成されているが、まだ初日ということもあり太陽が属する三組ほどの一体感はない。


「いやぁ、初日からこんなに大人数でご飯食べられて嬉しいよ」


 半数以上の男子と数名の女子で机を合わせて昼食を取る。その輪の中心にいるのは太陽だが、人を集めたのは彼だけではない。


「女子集めたのは私だから、感謝してよね」

「よっ! さすが学級委員長!」


 太陽の隣の席である桜庭美央は、流れと太陽の説得に折れて女子の学級委員長となった。

 バレー部員の桜庭は、明るい茶髪をボブより少し短いほどのショートカットにしており、髪の明るさに見合う朗らかな表情を常に浮かべている。少し吊りがちな目を気にして、触角で顔を隠そうとするところがチャームポイントだ。

 そんな桜庭は、太陽から昼食会の誘いを受け女子を数名集めてきた。


「私は女子と仲良くなりたいだけで、男子はついでだから」

「冷たいなぁ。ツンドラかよ」

「それを言うならツンデレだろ。誰が寒地荒原じゃこら」


 多くが高校からの出会いだが、陽気な委員長二人の雰囲気につられて比較的スムーズに周りと打ち解け出している。


「ていうか、なんで伊能さん誘ってないのさ。あの子と仲良くなりたかったんだけど!」

「いや、誘ったよ……」

「まさか断られたの!? 仲良いんじゃないの?」


 遅刻して一緒に教室へ入ってきたことや先ほどのやりとりで、てっきり中学からの仲だと桜庭は勘違いをしていたようで、驚いた様子で太陽を見つめた。


「っていうか付き合ってもいない感じ?」

「うん、別に付き合ってないぞ。今日会ったばっかだし」

「そうなんだ」


 桜庭は意外そうな表情で太陽を眺め、その後ちらりと希の方へ視線を向ける。


「えっ……」


 希は相変わらず、親の仇でも見るかのような眼光で太陽を睨みつけていた。暖簾のような前髪の隙間から目を光らせている。あまりに視線が鋭いため、桜庭は小声で「あんた何したの?」と太陽に耳打ちする。


「なんかあいつ、(ちょ──)」


 超能力と言いかけた太陽の口が、突如見えない力によって強制的に閉じられた。


「何その顔?」

「なんでもない。桜庭が誘ってみたら来るかもよ」


 口がつままれたように閉じて突然変顔をし出した太陽を訝しげな目で見る桜庭。希の秘密を言うわけにはいかないため、解放された太陽は適当に話を逸らして誤魔化す。


『今なんて言うつもりでしたか!?』

『冗談だって! ていうか、ああやって強制的に口封じができるわけか。考えた時点で止められる……っていうか念力も使えるのか! 万能っていうか、なんでもありだな!』


 心臓バクバクで汗を浮かべる希とは対照的に、感心する様子の太陽は平気な風を装いながら弁当に手をつけている。


『でもあれができるなら証拠を残さずに俺のこと消せるよな?』

『人殺しは絶対にしません! たとえ完全犯罪が可能でも。私がそんな人間に見えますか!?』

『いや、超良い人に見える』


 先の流れでしっかりと怒っている希はテレパシーでの会話に夢中で、桜庭が話しかけづらそうな表情を浮かべていることに気づいていない。しかし、彼女はその壁を乗り越え希の目の前へとやってきた。


「ねえ、よかったら伊能さんも一緒にご飯食べない?」

「……えっ!? わたっ、わた私ですか!? いいんですか私なんかが……」


 すっかり太陽に集中していた希は不意を突かれ、挙動不審になってしまう。


「えぇ、なんでそんなに卑屈な感じ? 全然来なよ! むしろ話したいと思ってたし」

「うぅ、嬉しいです!」

「泣くほど!?」


 嬉し涙を袖で拭う希に若干引きつつも、桜庭は希を連れクラスの輪に戻る。場所はなぜか桜庭と太陽の間で、座る直前に希は太陽へガンを飛ばした。


『お前、テレパシーと直接喋るとでキャラ違くない?』

『そりゃテレパシーは考えるだけだから、間違うことはあっても噛むことはほとんどないでし!』

『でして笑笑』

『笑うな!』

「ちょっと、喧嘩しないの二人とも」

「喧嘩はしてない」


 またもや目だけで会話する二人の空気を察した桜庭がツッコンだおかげで、なんとか二人の険悪なムードが収まる。


「伊能さんって前髪で顔隠れちゃってるけど、かなり可愛いよね!」

「えぇ!? そんなそんな……(わた、私が可愛い!? そんなこと、えへへへへ……)」


 流れるように話題を変えた桜庭から褒められた希は、分かりやすく照れて緩んだ顔に手を当て体をくねらせる。そんな希に太陽は暖かい目を向ける。


『褒められ慣れてないのな』

『勝手に人の心読まないでください!』

『顔に出てんだよ! あと勝手に人の心読んでるのはお前の方な!?』


 太陽の心の声は希に対して常時ダダ漏れのため、太陽が抱いた感想に過剰に反応してしまう。


「伊能さん、そっちばっかり気にしないで女子で話そうよ!」

「は、はい!」


 桜庭に呼ばれた希は太陽から目を離し、ようやく穏やかな表情を浮かべた。


「希ちゃんって呼んでもいい?」

「ぜ、ぜひ! なんとでもお呼びください!」

「反応がへりくだりすぎだけど、まあいっか」


 家臣かと見紛うほど低姿勢な希に、桜庭はツッコミを諦めた。そのうち慣れてくれるだろうという希望的観測を込めて。


「せっかく可愛いんだから前髪流しなよ。そだ! 私のヘアピン貸してあげる!」

「えぇ! そんなそんな、恐れ多いです……」

「いいからいいから」


 遠慮する希だが、運動部よろしくコミュ力の高い桜庭に会話の主導権を握られ流される。

 桜庭は自身の鞄から装飾のないシンプルなヘアクリップを一本取り出すと、希と正面から向き合い、彼女の前髪を払って頭の横で留める。


「かっ!? 可愛い……」

「ああ、私の最終防衛ラインが……」


 前髪がなくなり世界の眩しさに目を細める希だったが、そんな表情も可愛さを損なうことなく、至近距離で見つめた桜庭は一瞬で骨抜きにされた。それと同時に、周囲にいた男子たちの視線が希に集まり、一瞬で虜になってしまう。


「目開けてよ」

「ふぐぅ……」


 緊張で頬を染める希は、恐る恐る目を開けた。


(((はうっ!)))


 その瞬間、周囲の生徒たちは一同に胸を打たれた。

 パッチリとした大きな目。瞳は暖かな春を思わせる桜色。目を瞑っていた時にも十分な可愛さを見せていたが、目を開いた途端にその美貌が爆発した。


 肌のきめ細かさやスッと通る鼻筋、柔らかくて思わず触れたくなるような唇。その全てが開眼とともに力を一段階、いや二段階ほど解放したかのように感じる。華奢な体躯が庇護欲をそそり、無意識な上目遣いで桜庭を堕としにかかっている。


(天使だ……)

(女神だ……)

(姫様だ……)


 教室の中心だけが異様な沈黙に包まれ、希の顔が見えていない人と希本人はその理由に気づいていない。これ以降、希は裏で姫と呼ばれるようになるのだが、この時の希は知る由もない。


「希ちゃん。そのヘアピンあげるよ」

「えっ!? 悪いですよ、そんな」

「いや。ヘアピンが喜んでる。このヘアピンは今日この瞬間のために存在していたんだって」


 桜庭の確信を抱いた物言いに周囲も無言で頷いている。


「あ、ありがとうございます」


 希が受け入れてくれたことに桜庭も満足して頷いた。

 あまり人慣れしていない希だったが、その後もコミュ力高め女子の桜庭にリードされ、多少は慣れたようで落ち着いて会話ができるようになった。


「よかったな。俺以外の友達ができて」

「よ、余計なお世話です! ……あ、ありがとうございます」


 太陽に揶揄われた希は、恥ずかしがりながらぷいぷいと怒るが、小さな声でお礼を言った。


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