レッツマジック!
「空を飛んで花火を上から見たい!」
いつもの如く太陽は唐突に自分の欲求を曝け出す。
太陽の家で漫画の続きに手をつけていた希はジト目で彼を見つめる。
「無茶言わないでください」
「来月夏祭りだろ? 希の力でパパッと空を飛んでさ」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
「透明化してもダメか?」
「ダメです!」
甘えた声で手を合わせる太陽を希はキッパリと拒絶した。頑なに否定された太陽は「ちぇー」とふて腐れる。
体育祭が終わり梅雨も明けてすっかり夏へと入った。エアコンの効いた涼しい部屋で、太陽はアカウントのDMをチェックしている。
鳴子の願い以降面白そうなDMは届いておらず無気力な日々が続いている。何か面白いことはないかと考え続けてはいるが、なかなか思いつかない。
「私、夏祭り行ったことないんですよね〜」
「え、まじ?」
「まじです」
漫画を読みながら希がポツリと呟いた。夏祭りというワードから思い出したように何気なく漏らした言葉だったが、それを聞いた太陽はご馳走を見つけた猫のように目を輝かせた。
「中学とかと同じ理由か?」
「はい。極力外出も控えてましたし、人の多いところは避けるようにって」
希の境遇を思い出した太陽は不敵に笑い出した。
自ら話題を提供した希は「失敗した」と頭を抱える。こうなった太陽は大抵碌なことを言わない。また大変で面倒なことをやりたいと言い出すに違いない。希はごくりと喉を鳴らし太陽の動向に目を凝らす。
「夏祭りのステージでショーをやろう!」
デデン! と言いながら太陽は今思いついたことを発表した。
「ステージ……」
それを聞いた希は観衆の前で何かしらを披露する太陽の姿を想像して頬を緩ませた。もちろん自分は観客側で。
「ちょっと、楽しそうですね」
「お? だろだろ!」
想っていた反応と違ったため太陽は目を丸くして少し驚いたが、すぐに嬉しそうに首を縦に振る。太陽の提案に希が好意的な反応を示すのは初めてのことだ。
「それで、何をやるんですか?」
夏祭りのステージで見るものといえば、地元のお年寄りが演歌を歌ったり、軽音楽部が演奏したり、中学生が和太鼓を演奏したりだが。
一体太陽は何をするというのか。全く想像がつかない希へ、太陽は得意げな顔で言い放つ。
「マジックショーです!」
「マジック……」
その一言で太陽が考えていることが概ね理解できた希は渋い顔をする。
「私の超能力でマジックをするつもりですか!?」
「半分正解。ちゃんとタネがあるマジックも用意して俺もやる。合間にお前のド派手マジックを挟む」
「嫌です」
希は険しい表情で太陽の要望を拒否する。先ほどまでの好反応から打って変わった態度に太陽は激しく動揺する。
「えっ!? さっき楽しそうって言ってたじゃん!」
「それは見る側のつもりだったからですよ!」
「見る側なんかつまらないだろ!」
演者側の発言とは思えない言葉に希はドン引きする。
「見る側がつまらないならなんでショーをやるんですか……」
「俺たちのショーは最高に楽しい」
どこからそんな自信が来るのか不思議に思う希だが、太陽の心の中はマジックショーのことでいっぱい。希が超能力で様々なマジックを披露しておりそれはそれはド派手な演出で楽しそうではある。
「タネも仕掛けもない本当のマジックだ。楽しくないわけがないだろ?」
「まあ……」
本物の超能力なのだから凄くないはずがない。その言い分は希にも理解できる。
「それに俺もマジックするんだから、超能力使っても問題ないだろ?」
「そ、そうですかね……」
超能力が目立たないようにショーの内容を考えれば現実的な話ではある。太陽はバレない自信もあるようだ。
「超能力をマジックで片付けてしまおうの回です!」
自信満々の太陽は希の答えなど気にせず、引き続き頭の中でマジックショーの構成を考えている。
「とりあえず見栄えがあって希にできることはなんでもやろう。瞬間移動に念力、あとはテレパシーもか」
「やるのは決定なんですね……」
「マジックができたら友達いっぱいでクラスの人気者になれるぞ」
「友、達……」
言葉を覚えたばかりのエイリアンのような反応を見せる希に、太陽は愉快げな笑みを向ける。
友達は欲しい。されどショーという大多数に見られる環境は恥ずかしい。そんな葛藤が表情に現れる希へ太陽がダメ押しする。
「大勢の人前で何かできるようになれば、普段の会話がスムーズになってより普通の人間になれるぞ。それに、普通の人間はステージ発表くらい余裕でこなす」
「普通の、人間……」
希が目指す普通の生活には、普通のコミュニケーション能力が必要不可欠。現在は太陽のおかげでなんとかなっているが、今のまま野に放たれれば何もできずに死んでしまうだろう。親の庇護を失った生まれたての子鹿に生きる道はない。
「私、頑張ります! 普通の人間になるために!」
太陽の説得に心が傾いた希はやる気に漲り両手を握った。
「じゃあ、まずは希の能力確認からだな」
「実はこんなこともできます」
楽しげに空想、妄想をする太陽に釣られてテンションが上がった希は、太陽に見せていない力を披露する。
「水見式!」
「おぉ!」
ミニテーブルに置いてあるコップ。その横に両手を構えた希が念を送ると、コップ内の水が増え溢れ出した。
「強化系か」
「ここじゃできないですけど、火も出せます」
調子に乗っているのが丸わかりなドヤ顔をする希を見て、太陽は「いける!」と確信した。
「ステージ発表の一番の注目は俺たちが集める!」
希が意外にも乗り気のため、その後の話し合いは大いに盛り上がった。完璧な構成だと二人が満足した頃には二十時近くになっていた。翌日が休みのため、早速買い出しに行こうと約束をし解散となった。
そして土曜日。前回同様、駅に集合した二人。今日はそこに鳴子も加えた三人で買い物をする予定だ。
「悪いな突然」
「任せてくれ。ちょうど僕も夏服を買おうと思っていたところだ」
「鳴子君、ありがとうございます」
太陽に選んでもらったダサくない私服を着てきた希は、丁寧にお辞儀をして礼を言った。なお、本日は前回の二着目に当たる白いショートパンツに黒いキャミソールとメッシュニットを選択した。メッシュ素材が風を通すため涼しげである。
「しっかし、お前らと一緒だと目立つな」
「すまない。僕が王子なばかりに」
無駄にカッコつけて髪をサラサラと靡かせる鳴子の背中を太陽が小突く。
学校一と呼称して差し支えないモテ男とモテ女に挟まれる太陽は、周囲からの視線に耐えかねて少しだけ肩身の狭い思いをする。
「ちょっと失礼」
太陽は逃げるように場所を空け、希を真ん中にして鳴子と並ぶように配置換えを行う。周りから納得したような頷きと視線を感じ、太陽は「解せぬ」と呟いた。
いつまでもしょぼくれているわけにもいかず、太陽は諦めて買い物へと出立する。三人が最初に向かったのは、激安の伝統ドオン! キホーテ。
「マジック道具の小物類と、ガムテとか色々買うぞー」
狭く雑多な店内に足を踏み入れた三人は、一人用の細いエスカレーターで上へと向かう。マジックなどのバラエティ用品は三階にあり、コスプレ衣装も置いてある。
「体育祭の時以来か」
女子に着せる衣装もここで調達しており、希は壁にかかったたくさんのコスチュームを見て赤面した。
「もう二度と着ないです」
「まあまあ、そう言わずに」
機会があれば何度だって頼んでくるつもりの太陽に宥められ、希は「シャー!」と猫のように威嚇する。太陽がペコペコと腰を低くして謝ったため、希は渋々許した。
「君たち、マジックの道具は何を買うんだい?」
マジックをする二人よりも真面目に買い物に付き合っている鳴子は、棚を物色しながら二人へ声をかけた。それにいち早く反応した太陽はスマホのメモを見ながら答えていく。
「トランプ、帽子(マジック用の)、ロープ、花が出るステッキ……あと普通の箱だな」
二人で買い物かごに物を放り込んでいく。
「衣装はいるか?」
「絶対いりません! 着ないですからね!」
「でもどうするんだよ。私服で出るわけにもいかないだろ」
コスプレがちょうど手に届くところにあるため、三人はその場で押し問答する。
「まあ、最悪制服でもいいか」
「そうしましょう! そうしましょう!」
太陽が折れたため、それに乗っかった希は二人の背中を押してコスプレゾーンから急いで退却する。
「早くロープ買って遊びに行きましょ!」
いつ太陽の気が変わるか知れないため、衣装が視界に入らないようエリアを変えた。服や靴のゾーンを通り過ぎ電化製品のエリアに侵入する。
「あれ?」
と、太陽が足を止めて正面に目を凝らした。
「闘士じゃん! ボイスレコーダーなんか見つめて何やってんだ?」
視線の先に友人である須賀川を見つけ嬉しそうに飛び跳ねながら近寄っていく太陽。須賀川はボイスレコーダーを手に持ち、物凄く真剣な顔で吟味していた。太陽が真隣に来るまで気づかなかったようで、突然肩を組まれてことに驚いた。
「なんで貴様がここにいる! どぅおわぁ!? 姫まで!」
「ちょっ、ガガ、学校の外で、その呼び方やめてくだしゃい!」
須賀川が大きな声で反応したことと姫の呼称に周囲の視線が殺到してしまい、希は恥ずかしがって顔を隠した。
「も、申し訳ございません!」
今にも膝を付きそうな勢いで謝る須賀川だったが、希は人差し指を立て「しー!」と叱った。
「で、そのボイスレコーダーどうするんだ? 結構高いやつだし」
値札を見た太陽が問うと須賀川はツンとした態度で答えようとしない。
「まさか、希の盗聴用?」
「えっ!? そんなことしようとしてるんですか!?」
「ちがっ、ハレヤマァ! なんて事言うんだ! 早く撤回しろぉ!」
あらぬ疑いをかけられ希から蔑むような目を向けられた須賀川は太陽の胸ぐらに掴み掛かりながら慌てて否定する。
「ボイスレコーダーは、今後の姫との会話を録音しようと思っただけで、決して盗聴なんかではなくですね」
「ほぼ盗聴じゃねえか」
太陽の首を絞めながらすちゃりと眼鏡の位置を正した須賀川は早口で弁明をするが、太陽にツッコマれる。
「盗聴じゃないわボケぇ。ちゃんと正面からいくつもりだわ!」
「あの、録音はしないで欲しいです」
「はいわかりましたぁ!」
希にキッパリ断られた須賀川はビシリッ! と敬礼をしボイスレコーダーを棚に戻した。そして何事もなかったかのように澄ました顔を浮かべている。
「ん? そういえば姫はなぜここに? それも晴山とハーフ君を連れて……まさかっ、逆ハーレム!?」
「ち、違いますよ!?」
「ならどうして私を誘ってくれないんですか! こう見えてもモテるんですよ!? イケメンって言われてきたんですよ!?」
「だから違います!」
飛躍した考えでそのまま飛んでいってしまいそうな勢いの須賀川に、希は声を押さながらも必死に弁解するが、自分の都合に合わせた思考に囚われた須賀川にはなかなか通じず辟易する。
「俺たち夏祭りでマジックショーやるんだよ」
「マジックショーだぁ?」
須賀川は憎っくき太陽の声にはいち早く反応を示し正気に戻った。そして、鳴子が持っている籠の中身を見て「ほう」とだけ呟く。
それ以外の反応はなく喋る様子もないため、太陽たちは別れを告げて会計へと向かう。そしてそのまま学校へ行き、教室を借りて実際に練習する予定となっているのだが、
「なんで無言でついてくるんだよ!」
「ん? 何かおかしいか?」
須賀川は、まるで最初から自分も買い物に付き合っていたかのような空気で三組の教室までついてきた。太陽に聞かれても頭の上に「?」を浮かべるばかりで、完全にとぼけている。
「マジックを見たいのか? 一緒にやりたいのか? 希を見ていたいのか? どれだ?」
「姫のそばにいたい」
「ああ、そ」
きっと須賀川は棺桶になったとしても希の後をつけていくのだろう。
勇者希はもはや諦めていて何も言わない。それどころか「ストーカーされるよりは、堂々と一緒に来てくれる方が気が楽ですね」と、須賀川の同行を認めてすらいる。
「そしたら、俺のスマホで動画撮ってくれよ。後で見返したいから」
「……いや、俺のスマホで撮ってやろう」
太陽は須賀川をカメラマンとして利用しようとするが、それを拒否した須賀川は自身のスマホを取り出した。
「自分のスマホで撮りたいだけだろ?」
「そうだが何か? どうせ動画を撮って協力するの変わらないだろ?」
隠すつもりが全くない須賀川は太陽の指摘を正直に受け入れた。いっそ清々しい告白に、太陽は文句の一つも思いつかずため息を吐いた。
「売るとか言うなよ?」
「安心しろ。ちゃんと送る」
そう言って須賀川がカメラを構え出した。
『超能力使ったマジックするんですか?』
『いや。一旦普通のマジックを練習しよう。力は二人の時に』
希と太陽は買ってきたマジック道具を取り出し、本番を想定して練習に取り組む。鳴子は二人の前で椅子に座り観客役。その後ろに須賀川が立っている。
「「どうもー」」
「いや芸人か!」
手を叩きながら袖から出てくる二人に、鳴子は思わず立ち上がってツッコミを入れた。
「止めるなよ」
「太陽、マジックの入りはそれでいいのか?」
「え、ダメ?」
指摘を受けた太陽は周りを見る。希はわかっていないように首を傾げ、須賀川は鼻息を荒くさせて話を聞いていない。
「まあ、いいならいいけど」
「じゃあ気を取り直して!」
鳴子は説得を諦め座り直した。
短い時間ではあるが、マジック道具を使いこなした二人はなかなか満足のいく仕上がりのショーを見せた。
「おい晴山。なんで貴様しか喋らない。もっと姫の声を聞かせろ」
一連の流れを通しで記録していた須賀川が文句を言う。それに続けて鳴子も「確かに」と反応を示す。
「こいつが恥ずかしがり屋で、大勢の人前だと喋れないからだ」
「……す、すみません」
太陽の横で萎んだ花のように縮こまる希は小さな声で謝罪した。途端に鳴子と須賀川をとてつもない罪悪感が襲い、
「ごめんごめん! そういうつもりじゃなかったんだ。無理なら仕方ないよ!」
「姫ぇ! お許しくださいぃ! 無理強いするつもりはございません! 姫は姫のやりたいようにやればいいのです!」
二人は慌てて希をフォローする。あたふたとする二人の様子を、太陽はゲラゲラと腹を抱えて笑った。
「とりあえず動画見せてくれよ」
「あ、ああ」
須賀川は希を宥めながら太陽へスマホを手渡した。希が落ち込んでいるせいか、今だけは太陽にも素直で嫌味の一つも出てこない。
「希しか映ってねえじゃねえか!」
「ぐはっ!」
動画を見返した太陽は思い切り須賀川の尻を蹴り飛ばした。画面には希がドアップで表示されており、それ以外は何も映っておらず、肝心のショーが全く撮れていない。
須賀川と鳴子の位置を変え二人は再びマジックを披露する羽目になった。




