決着のその後、依頼の主と神
外の雨足は強く、耳に余韻が残るほど音を立てている。二人分の足音があることには気づけない。
「太陽君」
「だっはぁ!? びっくりしたぁ!」
誰もいない三組の教室でいきなり希の声が聞こえ、太陽は驚き飛び跳ねた。誰もいないとわかりきっている場所で声が聞こえるというホラー体験に、太陽の心拍数は爆上がりした。
「それやめてよ〜。めっちゃ心臓に悪いわ」
「ごめんなさい」
いたずらが成功した希は謝りつつも笑いながら透明化を解いた。
「いつから居たんだ?」
「二人の勝負、全部見てましたよ」
希は笑顔を絶やさず太陽をまっすぐに見つめた。目が笑っていないのが恐ろしいが、太陽は怯むことなくか「バレてたか」と言葉を漏らした。
「私、あなたたちの記憶から私の存在を消し去りたいです」
「なんで!?」
「なんでじゃないですよ! 二人とも私に詳しすぎます! 当たり前のようのようにスリーサイズ知ってるのなんなんですか!?」
ぎゅっと自分の体を抱きしめる希は顔を赤くしながら早口で怒った。ぷんぷんと鼻を鳴らして目の前の変態を警戒している。
「すまんすまん。この勝負のために調べたんだよ」
「調べたら分かるんですか!? 私のスリーサイズ!」
「安くはないけどな」
驚愕の事実に希はあんぐりと口を開ける。太陽の言う通りであれば希の情報を知っている人間は他にもいることだろう。恥ずかしさを通り越してもはや虚無となる。
「いくら勝負のためとはいえ、勝手に調べるのはダメです」
希はピシリと言い放ちこれ以上言及することはなく太陽を許した。
「勝負、勝ててよかったです」
「いやあ、それな」
「ま、まあ。私は負けても太陽君から解放されて清々しますけどね!」
「……」
少し恥ずかしがりながら軽口を叩く希を太陽は無言でじっと見つめる。瞳を潤ませ今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、希の良心に訴えかける。
「そ、そんな顔しても心の中はお見通しなんですからね!」
『そんなこと言っていいのかな。希ちゃんにはこの顔が本当に大丈夫に見えるのかな。心を偽って本当は傷ついているかもしれないのに、そんな酷いこと言っていいのかな……』
「…………ご、ごめんなさい。私の負けでいいのでそんな顔で見つめないでください!」
捨てられた子犬のような表情で見つめ続けられた希は根負けして謝罪を口にする。
「本当は、初めてできた友達を失うんじゃないかって、心配でした」
「まったくもう! 最初っから素直になりなさいよお!」
恥ずかしさに顔を染めながら本音を口にする希の肩をバンバンと叩きながらオネエ口調で喋る。
「まあ、俺もサッカーで負けた時は少し焦ったよ」
互いに不安だったことを認識した二人は、同じことを考えていたことに笑いが込み上げてきてしばらくの間笑い合った。
そして二人でいつものように帰宅する。
「太陽、待ってたよ」
「ナルシ?」
二人が生徒玄関まで降りていくと鳴子に呼び止められた。ビニール傘には水滴がついておらず、外へ出ずにずっと待っていたことが伺える。
「どうした?」
「二人で、話がしたい」
「お、おう」
いつになく真剣な様子の鳴子にたじろぐ太陽だったが、その頼みをすんなりと受け入れ、希は「お先に失礼します」と言いながら空気を読んでそそくさとその場から退散した。
「なんか大事な話か?」
これから告白でもされるかのような緊張感に太陽はドキドキする。
「太陽、君は神なのか? それか、あのアカウントの運営だろう?」
「……はぁ?」
唐突な質問に頭が追いつかず太陽はポカンと口を開けた。
「どういう経緯で俺が神だって?」
「不自然だったんだ」
説明を求められた鳴子はポツリと答え出す。
「僕は神からの啓示を受けてすぐ、君から体育祭の話があった。それも僕を活躍させる方法で」
疑問のように口にしていた鳴子だが、太陽を見つめる目には確信が宿っている。もう誤魔化すことはできないだろうと、太陽は腹を括った。
「別に俺は神なんかじゃない。だが、お前が言っているアカウントは確かに俺が作った」
「やっぱり!」
鳴子は自分の考えが間違っていなかったことを知り、嬉しそうに微笑んだ。
「俺はできる範囲のことをやっているだけで、神の啓示とかは知らん」
「なるほど! と言うことは、神の啓示は本物で、神が僕と君を巡り合わせてくれたんだな!」
「あー、そうかもな」
何やら一人で盛り上がる鳴子へ適当な返事をする太陽。
(こいつ、将来悪い商売とかに引っかかりそー)
純粋な鳴子の未来を案じる太陽だったが、神の啓示については人智を超えた力を使ったため信じるのも無理はない。その責任を少しばかり感じて、太陽は心の中で謝罪した。
「これからは堂々とお前を有名にできるわけだな」
「ありがとう太陽。僕を見つけてくれて」
「何恥ずかしいこと言ってんだよ。まだまだ始まったばかりだ。世界がお前を見つけるまでは終われねえよ」
「ははは! 世界か」
太陽のスケールの大きな発言に鳴子は声を出して笑った。そして、自分ならばそれができると、太陽ならばそれができると信じている。
「じゃあ、僕もできることだったら協力する。なんでも頼ってくれ。ちゃんと秘密にしておくしね」
「サンキュー、頼りにしてる」
アカウントの運営者がバレてしまう事態にはなったが、鳴子は口も硬く誠実であるため、太陽は鳴子を信じることにした。それに、希と二人であることがバレなければ問題ない。
「とりあえず、ティックトックのアカウント作って動画投稿とかするべ。インフルエンサーにお前がなる!」
太陽の宣言に鳴子は拳を掲げ「おー!」と乗り気で答えた。
それから数日後に鳴子は王子様キャラで万バズを記録し、校内に留まらず人気者となった。




