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決闘

 須賀川がコート外で騒いでいる間も試合は動き続け、主力を失った四組だが点差を守るため攻撃を捨てドン引き守備に徹した。

 フリーになる機会が多くなった太陽が再び攻撃の起点となり一点を返すが、そこで時間が経過し試合終了。決勝戦は3対2のスコアで三組の敗北となった。


「悪い、みんな。俺の見通しが甘かったな」

「謝るな太陽。君はよくやってくれたよ」


 三位決定戦はコイントスで行われ、三組はなんとか二位となった。しかし結果は変わらない。走技でのポイント差に加え、四組とのスコアはさらに開く。


「落ち込んでいる暇はない。最悪のパターンも想定内だ」


 太陽はパンっ! と気を引き締めるように手を叩いた。


「俺はもう何もできないから、お前たちを頼りにしてる。全部勝ってくれ!」

「任せてくれ!」


 太陽は潔く敗北を受け入れ、その上でクラスメイトに手を合わせた。無茶振りだが、誰もができると信じている。クラスの全員が太陽の頼みを聞き入れる。

 今日まで本気で取り組んできた太陽に感化され、クラスの士気は最高潮に達した。


「ナルシ、行くぞ」

「ああ」


 サッカーの試合が終わり、残りは室内競技のため生徒が体育館に集まり出す。

 太陽は鳴子を連れて体育館内の一角にある体育祭実行委員会本部に向かった。邪魔者の須賀川もいないため今が最大の好機。


「やれ」


 太陽は冷酷な指導者の如く鳴子へ命令を出す。それを受けた鳴子はいつものようにかっっこつけながら本部へと近寄る。


「ごきげんよう、マドモアゼル。僕は一年三組の王子こと、アレクサンドルです。以後よろしく」


 実行委員会の女子が何やら仕事をしているところに声をかけた。机に手を置き、その甘いマスクで女子の顔を見下ろす。


「あの……っ!?」


 体育祭実行委員の女子が鳴子の声に反応した顔を上げかけた瞬間、鳴子は右手で女子の顎を持ち上げた。くいっと持ち上げられたそばかすのついた丸眼鏡の女子は、至近距離で鳴子の顔に見つめられ赤面している。動揺と緊張で三つ編みされた二本のおさげが震えている。


「一年生の総合MVPを僕にくれないかい?」


 耳が蕩ける甘い声で鳴子が囁くと女子は麻薬でも吸ったかのように陶酔するが、自制するように首を振る。


「ふ、不正はダメです!」

「不正じゃないさ。これから僕の活躍を見ていて欲しいんだ。そしたらMVPを僕にしてくれるはず」

「あ、ああ、あの……」


 おさげ女子は最紅潮。鳴子の甘々な誘惑に心が揺らいでいる。


「僕だけを見ててくれるかい?」

「は、はい……」


 瞳を輝かせ蜜の言葉でトドメを刺した鳴子。おさげ女子は目をハートにしてすっかり骨抜きだ。


「恥ずかしげもなくできるのが恐ろしいよ」

「恥ずかしがる必要がないだろ? だって僕は王子なんだから」


 おさげ女子の元から戻ってきた鳴子へ感心しながら声をかけた太陽に、鳴子はさも当然の如く自信満々に答えた。



 男子のサッカー決勝後、体育館では女子バスケの決勝が行われた。対戦カードは同じく三組対四組。こちらは桜庭のおかげで勝利を収め、MVPもおそらく取れるだろうほどの活躍だった。


 そして午後のバレーボールでは、三組が二位、四組が三位と、徐々に差を埋めていく。

 残す最後の種目であるバドミントンでは、鳴子が意外な才能を見せダブルスで優勝を果たした。


「王子たる者、なんでもできなきゃカッコ悪いだろ?」


 と優勝を決めた鳴子は顔を輝かせながら言った。それを見て観客の女子たちからは黄色い声援が上がった。

 全ての競技が終わった時点での点数は、三組:120ポイント、四組:130ポイントとなり、勝敗はMVPの数で決することとなる。

 全ての集計が終わり閉会式。各学年各種目のMVPが発表されていき、名前を呼ばれた生徒が前で表彰を受ける。


・一学年

 サッカー。四組、須賀川闘士

 バスケ。三組、桜庭美央

 バレー。二組、遠藤なつ

 バドミントン。三組、鳴子アレクサンドル

 総合MVP。三組、鳴子アレクサンドル


「「「おっしゃー!」」」


 表彰者名に三組の生徒が湧き上がった。MVPによる点数も加算すると、


「一学年優勝は三組!」

「「「うおー!」」」


 四組に10ポイントの差をつけ三組の逆転勝利となった。


「やりましたね!」

「みんなのおかげだ!」


 飛び跳ねて全身で喜びを表現する希に、太陽は謙虚に返した。対する須賀川は悔しさで表情に影が差していた。


「それじゃあ撮りますよ〜!」


 閉会式も終わり、三組は全員で集合写真を撮った。センターは当然MVPの鳴子だ。担任がシャッターを数度切り、無事体育祭は終わりとなった。


「希」

「なんですか? うわ、ちょ!?」


 教室で帰り支度をする最中、名前を呼ばれた希が振り返るとスマホを構えた太陽がおり、ジャージ姿の希を連写で撮影した。


「いきなり撮らないでください!」

「悪い悪い」


 軽い調子で謝る太陽は画像を一瞥し満足そうに頷いた。


「今日先帰ってて」

「何か用事ですか?」

「ちょっとな」


 体育祭の片付けも済み生徒たちが一斉に帰っていく。外では弱い雨が降り出しており、次第に勢いを増していく。雨がもっと強くなる前に帰宅するため、生徒たちの足が自然と早くなる。

 用事とやらが気になる希だが、素直に聞き入れて一人で帰り支度を済ませた。教室には太陽と希以外は誰もおらず、二人の荷物が残っている。


「それじゃあ、お先に失礼します」


 希は太陽に別れを告げて教室を後にし、勘付かれないよう静かにトイレへ忍び込んで透明人間になった。そして、音を立てないよう体を浮遊させて移動する。太陽は希が教室を出てすぐに理科室へと移動していた。太陽のテレパシーが理科室から聞こえてくる。近くまで行くと、中から須賀川の声も聞こえてきた。


「よう闘士」

「馴れ馴れしく呼ぶな」

「いいだろ? 俺たち友達なんだからさ〜」

「くっ」


 屈辱的な状況に須賀川は顔を歪める。賭けは僅差で太陽の勝ち。これからも太陽は希と変わらず接するし、須賀川は太陽の友達となる。


「お前の敗因はクラスをまとめられなかったこと。うちの女子たちは、昼休みに自主練習してたぞ。コスプレもしてくれたしな」

「くそ、嫌味な奴だ。わざとか?」

「ふふ、もちろん」


 賭けに勝った太陽は満面の笑みで須賀川のことを煽る。友達としてのジョークであったが、須賀川には依然として敵意が残っている。


「しかぁし! この勝負では俺が勝つ!」


 須賀川は中指で眼鏡の位置を正し太陽を指差した。須賀川の不完全燃焼を解消するために用意した、互いのプライドのみをかけた勝負。


「どちらが姫についてより詳しいか。はっきりさせようじゃないか!」

(なんてバカな勝負を)


 体育祭に向けて準備を進める太陽のテレパシーから、この裏の勝負を知っていた希は好奇心が抑えられずこうして盗み見し、おかしな勝負内容に呆れてため息を零す。

 希に関するクイズを交互に出し合い、先に二問答えられなかった方の負けとなる。先行は須賀川からで戦いのゴングが鳴る。


「姫の、スリーサイズはぁっ!?」

「上から、72・57・74!」

「正解だ……」

(なんで当たり前のように人のスリーサイズを知ってるんだ。この人たち)


 希は今にでも二人の頭にゲンコツを落としてやりたい衝動に駆られるが、なんとか堪え拳を握るだけに止める。


「希の靴のサイズは?」

「22.5センチ。舐めてるのか?」


 二人は一問一答の対決を続けていく。


「姫の好きなお菓子は?」「トッポ! 希の家族構成は?」「両親との三人暮らし! 姫の好きな授業は?」「美術! 希が飼っているペットは?」「ペットは飼っていない! 姫のあだ名は?」「姫、もしくは希ちゃんで呼ばれている! 希の一番の友達は?」「桜庭美央! 現在姫見守り隊に所属している人の数は!?」「はっ!? うわあー、わからねえ! 希の体重!」「38、3キロ! 姫の好きな男性のタイプは!?」

「…………ぐぅ、知らねえ!」


 息つく暇もない攻防は、太陽の口が止まったことで勝敗が決した。


「……俺の、勝ちだな」

「ああ、俺の負けだ」


 息を切らす須賀川は、大きく深呼吸をして勝利を宣言した。その表情は嬉しそうであり、どこか虚しさも感じる。


「しっかし、希が好きな男性のタイプなんてよく知ってたな?」

「んぇ!? ま、まあな。俺は姫を愛しているからな!」

「なんだよ。急に慌てて……」


 太陽の問いに動揺する須賀川は顔に汗を浮かべ、明後日の方を向く。まるで何かがバレるのを避けるかのようだ。


「なあなあ。希のタイプ教えてくれよ。正解発表は?」

「……貴様にだけは絶対に教えん!」


 腕を組む須賀川は完全に背を向けて対話を断固拒否する姿勢だ。諦めの悪い太陽は須賀川の背中をつついてちょっかいをかける。


「ええい、触るな!」


 須賀川は太陽の手が届かない位置まで距離を取り、目を細めて睨みつける。


「わかった。もういいよ」

「ふん」


 頑なな須賀川の態度に太陽は諦めて話題を変える。


「この勝負はお前の勝ちだが、今日から俺たち友達なわけだから。よろしくな闘士」


 まだまだ棘のある須賀川に、太陽は手を差し伸べた。友達としての握手を求めて。

 体育祭の賭けには太陽は優しい笑みを浮かべている。その手に向かって須賀川が手を伸ばし、


「ふんべがぁ!」

「えぇ……」


 思い切り打ち払った。戸惑う太陽の声と小気味良い破裂音が教室に響いた。


「ここは握り返すところだろ!」

「お前の手を取るくらいならここで死ぬ! いや、貴様が死ね!」


 須賀川は込み上げてきた悔しさが溢れないよう上を向きながら太陽を罵倒する。仇敵と馴れ合うつもりなどない。とでも言いたげに潤んだ目で太陽を睨みつけている。


「大体、なんでお前は姫の近くに居ていいんだ! 不公平だ! ふざけるな! 死ね! 死んで詫びろ!」

「なんだこいつ!?」


 シンプルな嫉妬の感情をぶつけられた太陽は驚きながらもその表情は笑っている。


「俺は諦めないからな! いつか必ず、お前から姫を取り返してみせる!」

「別に奪ってねえよ!」


 言いたいだけ言い放ち須賀川は逃げるように教室を出て行った。太陽のツッコミは、きっと須賀川には届いていない。これからも須賀川にとって太陽は、クッパのように敵だと思われ続けるだろう。ピーチ姫、もとい希姫を奪った悪役として。


 ポツリと四組の教室に残された太陽は、面白い人間が同学年にいる喜びを噛み締めながら自分のクラスへと戻っていく。


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