復活の太陽VSストーカー
希は再び女子トイレに入り透明化を解いて、桜庭と合流してから太陽の後を追う。
希たちがグラウンドへ出ると、決勝の後半戦が始まっていた。コートの中には太陽の姿があり、間に合ったことに安心して胸を撫で下ろした。
前半戦、太陽がいない三組は攻撃を捨て守りに徹していたが、スコアは0対1と点を奪われてしまっている。
「太陽、間に合って良かったね」
「そうですね。焦りました」
「負けたら太陽と遊べなくなっちゃうもんね」
「そう、ですね」
須賀川との賭けは一年生であれば大体誰でも知っている。三組の教室前であれだけ野次馬に囲まれながら挑まれたのだ。負けても有耶無耶にして今まで通り、なんてことは無理だろう。
「大丈夫だよ、希ちゃん。ちなみに、バスケは優勝するしMVPも取るつもりだから、私のことも応援してね」
「も、もちろんです! 応援します!」
パッと顔を上げて両手を胸の前で握りしめる希。桜庭は「かわいー!」と言いながら目の前の天使を抱きしめた。
「じゃあ、男子が勝てるように応援しますか!」
「行きましょう!」
二人は急いで応援席へと向かう。メイド服のミニスカートから伸びる樹氷のように白くて細い足。チャイナ服からから見えるバレー部の肉付きのいい太もも。どちらも人の目を惹きつけて離さない魅力を備えている。他にも数名、顔面偏差値の高いイケイケ女子たちがコスプレをして男子の目を集めている。
ベンチや観戦中の男子たち、おまけに他の学年の男子まで集まり、視線がそこ一点に集中し、それを感じ取った希は恥じらいの表情を浮かべる。
「頑張れ男子!」
「が、がんばれ〜」
「はうっ! 恥じらう姿も美しい──フボァ!?」
試合中にも関わらずよそ見をして、希に釘付けの須賀川の顔面にボールが直撃した。
「よそ見すんな!」
チームメイトから怒号を浴びせられる須賀川はフラフラしながらボールを追いかける。
三組との差は一点。サッカー経験者の須賀川の活躍により四組がリードしているが、コスプレをした希の登場により、明らかに集中を欠いている。
「いけ闘士!」
クラスメイトからのパスを受けた須賀川が一人で三組のゴールへと向かっていく。
須賀川がボールを持つと三組の男子たちは戦術も何もなくお団子になって突撃していく。幸いなことに須賀川は味方を信用しておらずパスを出すことはない。そのおかげもあって、前半は一失点に抑えられている。
さらに、後半からは太陽も加わっているため、三組の戦力は大幅にアップしており、勝負の行方はまだわからない。
「ナルシ!」
ボールを奪った三組は太陽へと繋ぎ、それを保持する太陽は、四組の生徒を抜き去りゴール前で待つ鳴子へとセンタリングを上げる。右サイドからの緩い回転がかかった優しいボール。放課後に何度も練習したパターン。高身長の鳴子がそのボールに合わせてジャンプし、ヘディングで相手ゴールへとボールを叩きつけた。
「ゴール!」
鳴子の鮮やかなシュートにより三組が同点に追いつき応援席が沸いた。その歓声に応えるように、鳴子は人差し指を口に当て天に掲げるというゴールパフォーマンスをしてみせる。
「このまま逆転するぞ!」
鳴子、太陽の活躍に引っ張られるようにして三組は盛り上がるが、須賀川は悔しそうに太陽を睨みつけている。
同点に追いつかれた四組にここで変化が訪れた。
「なっ!?」
先ほどまでは攻撃に重きを置いていた須賀川が、太陽に対してマンツーマンでマークにつき始めた。ターゲットにされた太陽は、先ほどまで運べていたボールをロストするようになってしまう。
「どうしたどうしたぁ!」
サッカー経験者で他の生徒に比べれば抜きん出たスキルを持っている太陽だが、それも小学校の六年間だけのもの。
「俺は中学までの九年間サッカーをしていた。貴様とは年季が違うんだよ!」
足元の技術で勝る須賀川は太陽から奪ったボールを運ぶ。お団子守備も見慣れたのか、大きく蹴り出し広いスペースへ走り込む。
「くっ」
「ゴール!」
太陽含め三組の生徒を易々と抜き去った須賀川が得点を決めた。憎しみを力に変え、さらには勝つために太陽を抑えるという戦略に切り替えた須賀川を、身体能力に任せた雑な守備の三組では止められなくなってしまった。
須賀川を止められる者はおらず、さらに追加点を決められスコアは3対1となる。
「諦めるな!」
このまま四組の優勝になるかと諦めムードが漂うが、鳴子がすぐにリスタートをかける。まだ終わっていない。
「頑張れ男子!」
「「「おおおお!」」」
女子の声援もあり、三組男子たちは奮い立つ。
「鳴子くん〜! 頑張って〜!」
「闘士くーん! かっこいい!」
鳴子と須賀川によるイケメン対決を見に、いつの間にか他学年を含めた女子多数が集まっており、二人に黄色い声援が集まる。
同クラスの女子以外からは見た目通りの評判を得ている須賀川だが、それに応えるはずもなく冷たく無視する。対して王子である鳴子はファンサービスを忘れず、投げキッスで返す。
「死ねぇ! 須賀川!」
「受け取れ俺のデスボール!」
「くたばれスカグァア!」
黄色い声を聞いた四組男子たちは嫉妬に駆られ、須賀川へ乱暴なパスを出す。あまつさえスライディングやタックルを仕掛け殺しにかかる。
「やめろ貴様ら……ぐはっ!?」
チームメイトであるはずの男子からのキラーパスを顔面で受け取った須賀川の鼻から血が垂れ、試合が一時中断する。
「審判! 交代だ!」
鼻を抑える須賀川は命の危険を感じ、ベンチにいるクラスメイトを呼びつけそのままコートを退く。
「晴山。せいぜいあがくんだな」
ティッシュを鼻に詰めながら、須賀川は捨て台詞を吐いてベンチへ引っ込んでいった。残り時間はわずか。二点をひっくり返すのは無理だという判断打ろう。そしてすぐさまカメラを持って応援席の方へと走っていく。
「おい須賀川!」
クラスメイトの制止も聞かず、鼻血はティッシュに任せて走る。
「せっかく試合を抜けられたんだ! 姫の貴重なお姿! 絶対に収めたい!」
「待てやストーカー男!」
「何っ!?」
三組の応援席に近づこうとした須賀川の前に男子数名が立ちはだかった。
「須賀川。俺たちの姫には近づけさせないぞ」
「出たな、姫見守り隊!」
三組の男子と他クラスの男子数名により構成されている希見守り隊は、須賀川を通さないよう取り囲む。不干渉の掟を定め、姫を見守り、姫に近づく害虫を排除するために存在している部隊で、これまでも須賀川を妨害してきた実績を持つ。
「お前には学校からも俺たちからも接近禁止命令が出ているだろ! 大人しく望遠レンズでも使うんだな!」
(撮るのはいいんだ……)
須賀川は見守り隊の防衛を突破できず、歯痒い思いでその場からカメラを構えた。
「おいちょっと待て! あいつはいいのか!?」
カメラのレンズ越しに怪しい人物を発見した須賀川は指を刺して怒鳴る。視線の先には、地面に寝そべりながら高そうな一眼レフカメラを構える変態、もとい江口がいた。ローアングルからコスプレ女子たちを激写しており、桜庭に顔面を踏まれ鼻血を出している。
「あれはいいんだ。ああいう仕事だからな」
「なんでだよ!? 俺と同じ変態だろ!? 姫に近づけちゃいけない存在だろ!」
優遇されすぎている江口に嫉妬が止まらない須賀川は唇を噛み表情を歪める。だが、江口が優遇されるのは仕方のないことなのだ。
男子たちは女子の秘蔵写真が欲しい。だが変態だと蔑まれ嫌われては元も子もない。女子には好かれたいが、そういう物はちゃっかり手にしたいと考えている。その役を一手に担うのが江口である。
情報屋としての腕はさることながら、公衆の面前で堂々とローアングルからの撮影を敢行し、女子から冷たい視線をものともしない。そんな勇者が、男子たちには必要なのだ。
須賀川は他の女子に興味がないため、こいつでは江口の代わりは務まらない。
「くそ……」
乗り越えられない壁を前に須賀川はとうとう近距離での撮影を諦め、望遠で希の姿を連写した。




