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コスプレしてください

 女子の二回戦も危なげな勝利を収め、このままいけば桜庭がMVPも取れそうな様子である。


「希さーん、ちょっとお願いがあるんですけどぉ」

「な、なんですかその粘っこい喋り方……」


 女子の二回戦終わり。太陽は希が一人のタイミングを見計らって声をかけた。


「ちょっとお願いがあるんです!」

「い、嫌です! それは嫌です!」

「まだ何も言ってないんですけど……」

「言わなくても分かります!」


 太陽の心を先読みした希は、お願いを断固として拒否する姿勢を見せる。しかし、それで諦めるほど太陽は素直でないし、既に予算だって集めて購入までしてしまっている。使わないのは勿体無いし、男子たちになんて言われるか分かったものではない。下手をすれば太陽の命が危ない。


 太陽は背中に隠していた衣装(ミニスカメイド服猫耳カチューシャ付き)をドンっ! と自慢するように希へ披露した。


「これを着て、決勝は応援してほしいです」


 太陽が頭を下げる。


「嫌……」

「そこをなんとか」


 太陽がさらに頭を下げ、ほぼ前屈の姿勢になる。


「嫌です」

「そこをなんとか」


 太陽が地面に頭を擦り付けるほど腰を折る。


「そそ、そんなに頭を下げられても嫌なものは嫌なんです! というかむむむ無理ですよ! 私みたいな根暗が、みんなの前でコス、コスプレなんか!」


 頑なに断り続ける希は、自分がその衣装を着ている姿を想像し顔を真っ赤にしながら吐き気を催した。


「強硬手段に出るしかないか」

「強硬手段!?」


 強情で理解を示さない希へ、先ほどまで下手に出ていた太陽は態度を一変させ、借金取りのようなオラついた雰囲気を醸し出し希を睨みつける。


「あれれれぇ? お〜かしぃ〜ぞぉ〜?」


 太陽の背景に、青い背広を着た蝶ネクタイを付けてメガネでめっちゃ光を反射させる少年の絵が浮かんだ希は、苦しそうな表情でその続きを聞く。断じて名探偵はこんな嫌な言い方はしないが。


「クラスの一員として協力してくれるんじゃなかったでしたっけぇ?」

「た、確かに言いましけど……」

『やっぱり、超能力がないとこんなこともできないのかぁ……』

「ぐにぅぅぅぅうっ! わかりました! わかりましたよもう! その安い挑発に乗って上げますよ!」


 ヤケクソになって怒鳴る希は、太陽の手からメイド服をぶん取った。


「これ、私だけで着るんですか?」

「安心しろ。他の女子数名分も確保してある」


 太陽は言いながら他の衣装数点も披露する。


「な、ならまだいいか……」


 希は衣装が思ったよりも際どいことに気づき躊躇するが、一度乗ってしまった手前無理だと言い出しづらく、仕方ないので太陽の提案に乗っかって他の女子を巻き込むことにした。


 希が着るとなれば、桜庭も気を使って一緒にコスプレをしてくれて、それに合わせてノリの良いクラスメイトたちが面白がってコスプレに参加してくれることとなった。


「もう少しで決勝だろうから、着替えて校庭に来てくれ。頼んだぞ!」


 それだけ言い残して太陽は慌てた様子で走り去っていった。体育祭の準備期間中もだが、随分と忙しなく動き続ける太陽を見ていると、余計に疲れる気がする希だった。



 その十数分後、放送委員のアナウンスにより一学年サッカー決勝の開始準備が告げられた。遅れないように三、四組の生徒たちがゾロゾロとコートにやってくるが、その中に太陽の姿はない。


「太陽はどうした?」


 その事態にいち早く気がついた鳴子が声を上げると、男子たちの間に動揺が広がった。ここまで太陽が中心になって三組の士気を盛り上げてきた。サッカーの経験者は他におらず、試合を回せる人間がいないとなると、四組とは勝負にならない。


「レディーたち、誰か探してきてくれないか?」

「私探してくる!」

「わ、私も行ってきます!」


 試合開始まではまだわずかに時間があるため、桜庭と希が率先して名乗りを上げて校舎の中に走って行った。

 二人は体操着からドンキの衣装へ着替えており、短いスカートからスラリと伸びる白い足に男子たちの視線が釘付けになるが、それもすぐに見えなくなってしまい残念そうなため息が一斉に漏れた。


「みんな! 太陽が間に合わなかった場合、別の人で一旦人数を揃えよう。彼が来るまでなんとか持ち堪えるんだ」


 今日まで太陽と共にサッカーに向き合ってきた鳴子が指揮を取り味方を鼓舞する。普段はふざけた調子の王子だが、真面目にになればリーダーシップを発揮する。男子たちは気持ちを切り替え、目の前の試合に臨む。

 そして、太陽の姿がないまま決勝戦が始まってしまった。



 メイド服の希とミニスカチャイナ服の桜庭は、手分けして校内を探すことにした。希はひらひらフワフワとしたスカートが捲れないよう手で押さえるが、あまりにも丈が短いためお尻と太ももの境目が見えそうである。

 恥ずかしがりながらも、テレパシーに集中して太陽の声を探しながら校内を走り回る。


(太陽君……)

(うボォおぉおおおおっ!)

(えっ!? 何!?)


 太陽を最後に目撃した付近にて、突如、希の頭に獣のような雄叫びが響いた。断末魔のようなけたたましい叫びは、体育館から一番近いトイレから聞こえてくる。

 聞き覚えのある心の声に、希は急いでそちらへ足を向けた。テレパシーで聞こえる絶叫はトイレに近づくほどに大きくなり、扉の前まで来るとまるで猛獣がそこにいるかのような錯覚に陥る。


(……)


 男子トイレへ入るのを躊躇う希は一旦女子トイレで透明化し、男子トイレへと足を踏み入れた。


「太陽君、ですよね?」

「希!? なんでここに、え? 男子トイレだよねここ!?」


 いきなり現れた希の声に動揺する太陽。普段の余裕はなく、その声音から焦りや緊張が伺える。


「サッカーの決勝始まっちゃいましたよ! 何してるんですか!?」

「……すまない」


 太陽はとても申し訳なさそうに、悔しそうに謝罪を口にした。


「スト男に、下剤を盛られた。もっと警戒するべきだった」

「下剤!? そんなの卑怯じゃないですか!?」

「いや。相手に下剤を盛ってはいけないというルールはない。それにあいつがやった証拠もない。さすがだぜ」

「バカ真面目ですか!? そんなのルールにするまでもなく誰もやりませんよ!?」


 淡々と状況を説明し、あまつさえ須賀川の作戦を讃え受け入れる姿勢の太陽に、希はキレながらツッコミを入れる。


「俺が下剤入りのドリンクを飲んだって分かった時の顔。すっげえ嬉しそうだったなぁ」

「感心してる場合ですか!」


 希が入ってきた瞬間とは立場が逆転し、太陽は落ち着いた様子で喋っている。反対に希は時間が過ぎていくことに焦りを感じカリカリと怒っている。


「私がそれを直します」

「はっ!?」

「超能力を使っての協力はしないという約束でしたけど、これは話が別です! 下剤を盛る方がズルです!」

「いやいや、下剤は俺でもできることだし、俺もやればよかったなぁって──」

「ダメに決まってるじゃないですか! もう、馬鹿なこと言ってないで、早くドア開けてください!」

「ま、待て待て! 分かったから!」


 今にも蹴破られそうな勢いでノックされたことで、太陽はようやく重い腰を上げて立ち上がり扉を開けた。もちろんお尻を拭いてズボンを上げてから。


「体育祭で力を使うのはこれで最後です。許してください」

「……分かったよ」


 少々不満げな太陽だったが、希の提案を受け入れ身を任せることにした。目の前にいるであろう希へ。


「誰か来ると困るので、失礼します」

「おお?」


 透明人間によって個室の中へグイグイと押し戻される。狭い空間のため、希は太陽の胸に手を当てたままの姿勢で、その密着具合に気づいて動きを止めた。

 太陽の視界では自分自身の一人しかいないが、感触がそこに人がいることを認識する。一人ならば不自由ないスペースだが、二人で入るとなるとかなり狭く、互いの息遣いが聞こえてくる。


「そそそぉそおそそそそそれじゃあっ!」

「落ち着け」


 ものすごく「そ」を連呼しながら裏声になる希の頭に太陽は軽く手刀をぶつけた。


『俺にはお前の姿が見えてないんだから、恥ずかしがらないでやってくれ』

『太陽君……』

『あと、やるなら早くしてくれ。もう次の便がすぐそこまで来てる。まもなくリフトオフする』

『えぇ!? 耐えてください、すぐやりますから!』


 額に汗を浮かながら必死に堪えている太陽を見て、希は慌てて治療を開始する。


『ちょっと失礼します。えい!』


 一言断りを入れた希は、躊躇することなく太陽のシャツを捲り、直にお腹へと手を当てた。焼けていない白い肌に、縦筋の入った綺麗なお腹。思わず撫でたくなる衝動に駆られた希は、頭上から聞こえてくる呻き声で現実へと引き戻された。


 希の手のひらが光を放ち熱を帯びる。そして、その力はへそから太陽の体内へと侵入し、次第に全身を包み込む。


「おお……」


 お腹から痛みが引いていくのを感じ、太陽は驚き感嘆の声を漏らした。


『これどうやって治してるんだ?』

『理屈は分かりません! 治れって念じると治ります!』

『逆に怖えな』


 キッパリと大雑把な回答を寄越す希に、それを聞いて不安になった太陽は体に不調はないかと探ってみるが、驚くほどの快調で午前中の疲労も綺麗さっぱり無くなっている。


「ありがとな」

「い、いえ。私は何も。それに、勝負はここからです。早く行ってください。皆さん待ってますから」

「そうだな。希も早く来て応援してくれよ!」


 下剤の難から解放された太陽の背中を押して送り出す。姿の見えないはずの希を太陽は真っ直ぐ見つめて、感謝を述べ駆け足でグラウンドへと向かっていった。


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