姦しい声
太陽が男子を連れてどこかへと消え去った日の放課後。希は教室で手持ち無沙汰にしていた。今日も鳴子との練習があるものと思っていたため、いきなりリスケとなるとやることがなく落ち着かない。そもそも、太陽からは待っていろとも、先に帰っていいとも言われていないため、希はどうするべきかしばらく考え込んでいた。
久しぶりの自由。家に帰っても特にやることがなく、かと言って出かける用事も思いつかない。
「あっ! 伊能さん一人じゃん。珍しいね〜」
「あ、どど、どうも。こんにちは」
自分の席でボーっと時計を眺めていた希の元に、二人の女子がやってきた。同じクラスのパー子とペー実だ。二人は着崩した制服と濃いメイクでギラギラとしている。キラキラとデコった爪が凶器のように光っている。ナチュラル清楚な希とは正反対の人種だ。この二人は桜庭グループに属していないため、あまり希とは接点がない。
「きょどりすぎー。私たちにも普通に接してよ〜」
「あぁ、はい。すみません……」
絶賛人見知り発動中の希は声が普段の三割ほどしか出ておらず、それでもなんとか頑張っている。
「それで、何かご用が……?」
「いやぁ、ね。普段太陽君たちと一緒にいるから話しかけづらくて」
「はぁ……」
恐る恐る問う希に、気の強そうなパー子が答えた。
「希ちゃんにアドバイスというか、女の子同士の話っていうか」
「な、なるほど」
普通の女子として生きる道を模索中の希は、クラスでも中堅の位置にいる二人から手ほどきを受けられるのかと、期待の眼差しを向ける。さらに言えばこれは新しい友達を得るチャンス。太陽に頼ってばかりもいられないと自分を奮い立たせ前のめりになる。
「希ちゃんっていっつも太陽君と一緒じゃん?」
「そそ、そんなこと、な、ないですよ」
「いやいや。本人はそう思ってても周りから見たらそうなのよ」
「そう、なんですね」
「そうそう」
確かに太陽と一緒にいることが多い希だが、そうしたいわけではなく巻き込まれているだけだ。しかし、それを説明するには理由まで言う必要があるため、根拠を伴った否定のしようがなく口を閉ざす。
「最近は王子とも一緒らしいじゃん?」
「そうそう。気をつけた方がいいよ」
パー子の話に同調するようにペー実が頷いて、何やら忠告してくる。
「両手に花っていうか、二人に話しかけられない女子もいるしぃ、敵作っちゃいそうだなーって」
「尻軽って思われちゃうし」
パー子とペー実は同調圧力をかけるように口早に思っていることを吐き出した。それがアドバイスであると謳いながら。
「は、はぁ。なるほどです」
「あ、もちろん私たちは違うけどね」
希を責めるニュアンスの発言をしたパー子たちは、自身は違うと慌てて取り繕う。希も特に疑いも勘繰りもする様子はなく、二人から純粋な忠告として受け取る。
「教えてくれてありがとうございます!」
「どういたしましてぇ〜」
「じゃ、私たちはこれでぇ〜」
律儀に頭を下げる希を見て半笑い浮かべた二人は、そのまま希の席から離れ教室を出ていく。そのまま帰るつもりのパー子たちは、教室から離れたところで声を上げて笑い出した。
「ありがとうございますだって(笑)」
「嫌味だよ、気づけって(笑)」
人目も憚ら下品に笑う二人は、自分たちの真意に気づかない希を笑う。
「だから友達できないんだよ」
「伊能さん察し悪いよねぇ」
「マヂそれなぁ。え、てかさん付けとか必要なくない? キョドみとかで十分っしょ」
「確かに(笑)」
ギャハハと不快な笑い声が階下へと向かう階段に響く。
「おいお前ら」
「「っ!?」」
と、突然背後から声をかけられ二人がびくりと体を跳ねさせた。
「姫の悪口を言うな。ぶち殺すぞ」
「は、はあ? あんた誰? キモ」
「俺は姫の親衛隊隊長。須賀川闘士だ。姫への陰口とは見過ごせない。二度と言うな」
階段の上から二人を見下すように須賀川が仁王立ちしている。凍ってしまいそうなほど冷たい声音に、パー子たちはブルリと体を震わせる。
「いや誰だよ。知らんし。いこ」
二人を威嚇する須賀川にビビったのか、気の強いパー子が捨て台詞を吐いてその場から立ち去る。
「ふん。ブスどもが」
二人の背中を睨みつける須賀川は聞こえるように悪口を言い放った。二人が振り返るが、何も言い返してくることはなく、そそくさと逃げていった。
パー子たちからの忠告を受けた希は、普通の女子について考えていた。
(尻軽。太陽君たちとは友達だけど、他の人からはそう見えないこともあるのか)
側から見れば希が二人を侍らせているようにも映ることに、希は初めて気がついた。それもそのはず、そもそも恋愛感情を持って二人と接していないのだから気づけるはずもない。それに、希程度の人見知りが仲良くできているのだから、嫉妬などせず自分たちも関わればいいのでは? と思い至る希だが、それを伝えるべき相手を知らないし、パー子たちはもういない。
(私がもっと気をつけないと、友達になれる人が減るのは嫌だし。テレパシーなんかなくたって人の心が読めるように。そう! 太陽君みたいなスーパーマンに……はちょっと無理か。でも、普通程度には人の気持ちを考えられる人間になろう!)
決意を新たにした希は、ふんすっ! と鼻息を荒くして拳を握る。
「何してんの?」
『太陽君! 私は新たなステージに上ろうと思います』
と、教室に戻ってきた太陽に声をかけられ、たった今抱いた決意を明かす。
『普通の女子高生になるために、太陽君とはなるべく距離を置こうと思います!』
『なんでだよ!?』
戻ってきたばかりで状況が飲み込めないまま、いきなり距離を置く宣言をされた太陽は仰天している。
幸い、他の男子は戻っておらず教室に残っているのは二人だけのため、テレパシーだけで会話していても何ら問題はない。
『なので、学校にいる間はあまり話しかけないでください!」
『えぇ〜』
残念そうな様子を隠しもしない太陽は不貞腐れながら希の鞄を奪う。
『まあ、今は放課後だからいいよな? 下でナルシが待ってるから行くぞ!』
「あ、ちょっと!」
太陽は希の鞄を持ったまま逃走した。一歩出遅れた希はドタドタと太陽を追いかける。
「廊下は走らない〜」
「す、すいませんー!」
途中、現代文の初老先生とすれ違い希だけが注意され、先を行く太陽の背中を恨むように睨みつけた。因果関係はないが、太陽は解けた靴紐に引っかかり盛大に転んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「おう。大丈夫大丈夫。早く行こうぜ」
「あ、はい」
休み時間に校庭へ向かう小学生のような面持ちで笑う太陽はすぐに立ち上がってまた走り出した。それを見て、少しは大人しくしなさいと希は心の中で思った。