監視、一軍男子。
「セーフ!」
「アウトですよ〜」
太陽は教室へと駆け込み、両手を真っ直ぐに広げて遅刻ではないことをアピールするが、担任の女性教師から無慈悲にも否定された。その後ろでは、希が注目を集めないよう星のように小さくなりながら教室へ忍び込んだ。
「太陽遅いぞ!」
「めっちゃ寝坊した」
太陽は希と離れて自分の席へと向かう。先週末に行われた入学式の日にクラス中の人間と挨拶をしていた太陽は既にクラスの中心人物で、顔見知りの生徒たちに温かく迎え入れられていた。
太陽が目立っているお陰で希は思った以上に見られることはなく、ひっそりと席についた。
体調不良で入学式を欠席した希は、クラスの輪に入りそびれたと少し後悔するが、周りをよく見ればまだまだよそよそしい空気が漂っている。他にも希のような生徒がチラホラと居り、太陽が少しだけ特殊なようだと気づき安堵する。
(ていうか、本当に秘密にしてくれるかな。いや、怖い! ずっと心の声を聞こえるようにしておこう)
人生で一番大き秘密を知られてしまった希は口約束だけで不安が拭い切れるはずもなく、太陽が余計なことを口走らないよう監視する生活が始まる。
どうして入学早々、こんなにも神経をすり減らさなければならないのかと、希は寝坊した自分を恨んだ。寝坊などしなければ瞬間移動を使うこともなかっただろう。今になっては後の祭りだ。
テレパシーで太陽の心を読む希は、太陽の思考を四六時中監視することで、万が一にも彼が超能力に関する発言をしそうになった時には物理的に口を封じるつもりだ。
(あまり心の中を覗くのは好きじゃないけど、仕方ない)
希は覚悟を決めて、穴が開くほど太陽を睨みつける。心を読むのに見つめる必要はないのだが、油断をして聞き逃しては今後の生活に支障が出る。それどころか、まともな生活が送れない可能性だってある。絶対に聞き逃すことはできない。
「おい太陽。あの人がめっちゃお前のこと見てるぞ」
「え?(何やってんだあいつ……)」
目を食いしばっている希の方を太陽が振り返るが、希は構わず睨み続ける。
「お前なんかした?」
「さぁ……」
若干引かれてしまったが、腹を括った希は「今だけだ」と割り切って監視を続ける。
(ていうか、もうあんなに仲が良いなんて羨ましすぎる! 同じ中学とかかな)
明るく自発的で誰にでも受け入れられる太陽の姿を、ほんの少しだけ羨ましいと感じた希は羨望の眼差しで彼を眺める。自分には友達どころか喋る相手すらいないというのに。胸に燻る灰色の思いを吐露する相手もおらず、希はため息を吐いた。
太陽を睨みつけたまま朝のHRを終えると、彼が颯爽と希の元へやってきた。
「ちょっといい?」
「な、なんですか?」
手招きする太陽に連れられて、二人で教室を後にし屋上へ繋がる西側の階段へ向かう。屋上には入れないため、行き止まりへ向かう人間はこの二人の他に人はいない。階段を登り誰もいない踊り場で向かい合うと、太陽は口を開いた。
「なんでさっきあんなに見てたの?」
「え!? バレてた!? いやぁ、なんでですかね〜。はは、なんでだろ〜」
太陽からの問いに焦る希は、逃げるように目を泳がせる。
『俺の心読んでた?』
「っ!?」
太陽の問いに、動揺からそれまで挙動不審だった希はビクンっ! と体を跳ねさせそのまま動きを止めた。
『図星か。わかりやす!』
『すみませんすみません! 本当に秘密にしてくれるか不安だったんです!』
『うおっ!? 頭の中に直接声が!』
観念した希はテレパシーを送り謝罪した。突如頭の中に響く希の声に驚く太陽は、奇妙な体験に瞳を輝かせている。
「まあそれはいいや。でさ、超能力を使った遊びについて考えたんだけどさ」
「……え?」
「超能力を使った遊びについて考えた」
「いや、聞こえなかったわけじゃないです」
生き生きとした顔で二度同じことを言う太陽に、希は呆れながらツッコむ。
「超能力は使わないって言いましたよね?」
「まあ待て。そこはちゃんと考えてある」
「いや待ちません! これは絶対に譲れないので!」
「なんでだよ〜、ちょっとくらいいいだろー」
太陽は「いけず〜、べしべし」と言いながら希の肩をつつく。希はそれを鬱陶しそうに目を細めながら手で払う。
「なんでそこまで超能力にこだわるんですか?」
だる絡みをしてくる太陽に少し苛立ちながら希は問う。
「だって、面白そうじゃん!」
太陽の答えは至ってシンプル。それ以上でもそれ以下でもないと本心から語っている。太陽の心を読んでそれが分かった希は呆れた。
「そんなに面白いモノじゃないですよ」
「それは分からないなぁ。俺超能力者じゃないし。それに、超能力が使えたらって誰だって一度は考えるだろ? その状況が目の前にあるのに何もしないのは逆に失礼だろ」
「なんの逆で、何が失礼なんですか……」
生まれた時から超能力が使える希には理解できない感覚だった。超能力に悩まされたことなどいくつもある。もちろん便利な側面もあるが、太陽はそれしか見えていない。超能力を万能なものだと思い込みすぎている。
「太陽君には申し訳ないですけど、本当にこの力を使わずに生きていくと決めたんです」
「っていうか、なんでそこまで隠すんだ? 絶対人気者になれるのに」
希が頑なに超能力の存在を隠す理由がわからない太陽は平然と聞くが、希は「ありえない!」といった表情で返す。
「悪目立ちしたくないんです! 超能力は怖がられるんですから。大体、心が読まれているかもなんて知ったら気持ち悪いじゃないですか」
「そうかぁ?」
(この人ちょっとおかしいな)
太陽の本心からの言葉に希は引いてしまう。普通なら気持ち悪がるようなものを、太陽は一切気にしていない。それどころか当たり前のように受け入れ、その上で興味を寄せている。希を普通の人と同じように見ている。
「とにかく! 私は超能力がない普通の人になりたいんです! 友達をたくさん作って、普通に学校行事に参加して、ふっつうの学生生活を送りたいんです!」
希は一息で言い切り大きく息を吸った。ふんす! と鼻息を荒くして自分の意思は堅いんだということをアピールする。しかし、希の言い分に納得できない太陽は腕を組んで首を傾げている。
「ふーん、じゃあ朝に瞬間移動したのは?」
「え……いや、それは遅刻しそうだったので」
「矛盾してるなぁ。遅刻しそうな時は超能力使うのか?」
太陽は希の言っていることとやっていることに矛盾が生じている点をネチネチと突っつく。希は「ぐぅ」と言葉に詰まりなんと答えるべきか頭を捻る。
「い、今から頑張るんです! 今日の朝のはイレギュラーってことで、今この瞬間からこの力は使いません!」
「なるほどね」
「分かっていただけましたか?」
『いや全然』
太陽は納得している風の表情で頷いているが、心の中では全く別の反応を示していた。
『あの、納得してないならちゃんと言ってくださいね? 全部聞こえてるので』
『あらま』
ジト目で見つめられた太陽は分かっていたのか、ニヒルな笑みを浮かべている。
『ならやっぱり俺と友達になった方がいい』
『だから、超能力は──』
『今日の朝みたいにうっかり使っちゃうイレギュラーが起こった時に、誤魔化してくれる人間がいた方がいいと思うんだけど?』
太陽は自信満々の表情で提案する。その発言に希は『確かに』と納得してしまう。
(確かにじゃない!)
このままでは説得されかねないと警戒を強める希は、キッと太陽を睨みつける。なぜ睨まれているのか分かっていない太陽はのほほんとした顔で希を見つめている。
『一旦超能力の件は諦める』
『ずっと諦めて欲しいですけどね……』
太陽の追求を逃れた希だったが、言い方にまだまだ未練を感じ取り、据えた目で訝しむように睨めつける。
「分かって欲しいのは、俺はちゃんとお前のことも考えてるし、その上で俺も楽しく遊べたらなーって思ってるわけ」
「なんでそんなに頑張るんですか?」
何がそこまで太陽を突き動かすのか。自分にはないバイタリティを発揮する太陽に希は興味を抱いた。観察対象としても知っておきたい気持ちが強くある。そんな希の問いに太陽は「はて?」と首を傾げる。
「頑張ってるつもりはないけど、強いて言うなら最高に楽しい一生の思い出に残る学校生活が送りたい!」
「最高に楽しい、一生に残る思い出?」
「そう!」
自分とは一生縁の無さそうな言葉に希は戸惑う。希は普通の生活が送れればそれでいいと思っていた。最高に楽しいなんて高望みだと考えもしなかった。それが、目の前の男は平然と言ってみせたのだ。
(ぐっ、眩しぃ!)
キラキラと輝く笑顔で陽の気をまばゆく放つ太陽に思わず目を閉じる。
「楽しい高校生活。そこに超能力があったら超楽しいに決まってるじゃん! 楽しいって分かっててやらないなんて勿体無いだろ」
太陽は純粋に目を輝かせ、明るい未来に期待の眼差しを向けている。だが、それは希の願う未来とは違う道。
「あと、友達いっぱい欲しいって言ってただろ? 俺が手伝ってやるよ。友達いっぱいいるし。目指せ友達百人!」
「ぬぐぅ……」
太陽の教室での人気を目にした希は、魅力的な提案に心が揺らぐ。超能力に色々と悩まされまともな学生生活を送って来なかった希は、ゼロから友達を作る自信がなかった。そんな希の状況を知ってか知らずか、太陽の提案はクリティカルに刺さった。
「それに、俺が口を割らないか監視しておきたいんだろ? なら友達として近くにいた方が良いんじゃないか? 俺は超能力とは関係なしに希と友達になりたいと思ってるし、ウィンウィンだろ?」
「……た、確かに」
超能力をばらされるというリスクを孕んでいる以上は、太陽の言う通り近くにいられる方が安心だ。授業中など物理的に近づけない場合はどうしようもないが、休み時間などはその限りではない。友達でなければ、関わりがないのにいきなり近づいたりもできない。他のクラスメイトに不審がられる結果になってしまう。
つまり、
「分かりました。ぜひ友達でお願いします……」
「おう! よろしく!」
希は納得していないが断れるはずもなく、ただひとまずは超能力について諦めてもらえたことを成果として納得することにする。後々何か言い出した時はその際に押さえつければいいかと無理やり事態を飲み込む。
高校最初の友達がこんな形でできるなんて、と希は心の中で涙を流した。
読んでいただきありがとうございます。