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放課後特訓。

 その日の放課後。太陽は綿密にチーム構成を考え選手登録を提出した。当日はよほどのことがない限りメンバー変更は叶わない。

 体育祭の対戦組合せが決定すのは、来週の六月三日から行われる定期テストが明けた再来週の月曜日。放課後に体育祭実行委員会が開かれ抽選会が行われる。


 当日は各クラスの学級委員長と体育祭実行委員会が第一理科室へと集められ、太陽は三組の委員長として参加する。

 抽選が終われば体育祭までやることはない。体育祭実行委員がプログラムを作成し先生と協力して当日まで準備を進める。小中の運動会とは違い、行進も応援練習も国旗掲揚も予行練習もないため、その他の生徒は本番を楽しみに待つだけだ。


 しかし、体育祭にガチで臨む太陽はクラスメイトの強化に励む。とりわけその中でも鳴子への指導に注力する。

 鳴子を有名にするという目的のためには、この体育祭で絶対に活躍させる必要がある。MVPを取れればクラスに得点も入って一石二鳥だ。

 男子の出場種目はサッカー。経験者の太陽が指導及び本番でアシストすれば勝機はある。と太陽は考えている。


「ナルシ。俺と須賀川の勝負は知っているな?」


 体育祭まで残り二週間弱。太陽は放課後に鳴子を呼びつけた。


「もちろんだとも」

「俺はお前をMVPにして須賀川に勝つつもりだ」

「ほう」


 部活に所属していない鳴子を連れて、太陽は近所の公園へやってきた。当然のように希も巻き込まれている。


「私いるんですかこれ」

「いるよ! 球出し手伝ってよ!」


 球出しどころか、球技全般をやったことがない希は、果たして自分にその役が務まるのだろうかと不安を抱く。


「体育祭まで時間がない。一点集中でお前を鍛える」

「なんで僕なんだ? 太陽はサッカー経験者だし、自分でMVPを取ってしまう方が楽じゃないか?」


 以前希にも聞かれた疑問に、太陽は「ふっふっふ!」と愉快げに声を出して笑う。


「俺もそう考えたんだけど、ナルシが活躍した方が確実にMVPが取れる」


 太陽は確信を持ってそう断言した。


「その根拠は?」

「ナルシの方が女子にモテる!」

「へ〜、そうなんですか?」


 太陽が根拠とする部分が、この場で唯一分からない希は間抜けな相槌を打って二人に問いかけた。それに対し太陽と鳴子は揃って頷いた。


「鳴子の女子人気はすごいぞ」

「入学して二ヶ月経つけど、ラインとかでならもう十回は告白されてるかな」


 自信満々にナルシストを発揮する鳴子だが、それが事実なのだから仕方がない。ただの見栄っ張りなんかじゃなく、実力を伴ったナルシストなのだ。


「MVPを決めるのは体育祭実行委員会。ナルシの活躍は嫌でも女子の目に止まるからな。よほどのB専とかじゃない限り」


 高身長ハーフイケメンの鳴子。サラサラの金髪は見る者聞く者触る者を魅了する。立てどイケメン座れどイケメン。歩く姿は王子様。とは鳴子本人が言った言葉だ。


「好みの程度はあれど、僕は万人受けする容姿みたいだからね」

「わー、すごいですね」


 女子にモテる。この一点においては太陽よりも自信がある鳴子に、希はまたしても尊敬と畏怖の念を抱いた。自分は持っていない自己肯定感の高さ。見習うべきなのだろうが、どう考えて生きていたらこうなれるのか皆目見当もつかず、ただただ賞賛するほかない。


「そういうわけだから。期待してるぞ。杜都の王子!」

「任せてくれ。当日は白馬の用意も忘れずにな。爺や」

「はい御坊ちゃま。って誰が爺やじゃ」

「何この人たち……」


 突然漫才を始める二人に希は取り残されてしまった。ツッコむべき言葉もタイミングも分からず、オロオロと視線を彷徨わせておくしかできない。


「じゃあ手本見せるから。希、ボール投げてくれ」

「あぁ、はい」


 目的もなく宇宙を見ていた希は突然現実に引き戻された。希が持つと五号球のサッカーボールも大きく見える。

 希は太陽から渡されたボールを大きく振りかぶって……


「下投げ下投げ! ふわっとしたボールでお願いします!」

「あ、あわわあ、すみませんっ!」


 ドッヂボールでもするかのように、至近距離で思い切り太陽にぶつけるつもりだった希は、反射的に謝りながら腰を折っていた。


『俺、恨まれてるのか?』


 普段の太陽に鬱憤が溜まっているのかと本人からも心配されてしまう始末で、希は罪悪感に胸を痛めた。


(違うんです。本当に素が出ちゃっただけなんです……)


 と心の中で唱えるが、明らかにポンコツすぎて呆れられるのが分かったため、太陽には伝えられずその思いは胸の中にそっとしまい込んだ。


 希は失敗を取り返すため気持ちを切り替え、太陽が欲しいところにボールを投げる。今度は集中して心を読んでいるため、以心伝心の配球を行えた。

 太陽は頭に向かって投げられたボールを額で押し返し、キャッチした希がそれを投げる。という動作を繰り返す。


「鳴子に一ヶ月で覚えてもらうのはヘディングだ」

「ヘディング……」

「頭でボールを扱うこと。お前は身長が高いからそれを活かしてセットプレーで点を取る」


 お手本をやってみせた太陽は、鳴子にもやらせるため代わる。希は変わらずボール出し係だ。


「大事なのはボールを見続けること、怖がらずにちゃんと見ろよ。ボールは友達、怖くない!」

「顔面は怖いからね?」

「じゃあちゃんと見ておでこに当てろ」

「……頑張る」


 神の声効果か、鳴子は文句も言わずに太陽に協力してくれている。


「ずっとやっているとバカになりそうだね」

「お前は十分バカだ。安心しろ」

「ひどいっ!」


 額を赤くしながら鳴子は涙を拭う仕草を見せる。しばらくは手から投げられたボールを反復して練習する。体の使い方を覚えてきたら徐々に投げる距離を伸ばしていく。


 それから毎日何度も何度も練習し、狙ったところにボールを送れるようミニコーンも使って練習していく。ボールに慣れてきたら蹴られたボールに挑戦。初めは痛みや勢いに怯える鳴子だったが、当たりどころが分かってくると次第にボールへの恐怖心も無くなっていった。


「顔がいい上に身長も高くて運動神経も良いとか、腹立つな」

「ふふ、嫉妬は醜いぞ。太陽」

「……バカなのが救いだな」

「なっ!? 僕だってちゃんと一般入試から合格してるんだぞ!?」


 先日行われたテストにて、早速赤点を取ってしまった鳴子は、以来バカ呼ばわりされるようになってしまった。


「どうしても英語だけは苦手なんだ」

「ハーフなのにな」

「ハーフなのにだ」

「だ、大丈夫ですよ! まだ最初ですし!」


 ガックリと肩を落として目に見えて落ち込む鳴子を見て、すかさず希がフォローに入った。

 太陽に巻き込まれた者同士、という意味で鳴子に親近感を抱いた希は、少人数という状況もあり、鳴子とはある程度打ち解けて話せるようになっていた。

 基本的に誰にでも優しい太陽だが、冗談まじりに正論で刺されるため、希は毎度反論できずに泣いている。


「たとえバカだとしても、鳴子君は良い人です!」

「うん。ミス伊能。純真な気持ちで傷口に塩を塗らないでくれ……」


 味方かと思われた希からの追撃に、鳴子はゴフっと吐血する。


「とにかく、お前はその頭と顔でMVPを取れ」

「この僕が、君たちを勝利に導いてやろう!」


 ふわりと前髪を掻き上げる仕草で、キラリーンというSEを流しながらキメ顔を披露する鳴子。その顔面目掛けて太陽はボールを投げつけた。


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