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情報を制するものは、試合を制す。

 志願者が鳴子であることを確認した翌日の五月三十一日。太陽は早速動き出した。

 昨日の時点で、ほぼ全てのクラスがLHRの授業を行い、体育祭実行委員会やらクラスTシャツやらを決めている。当然、各種目の出場者についても決められ提出が行われているはずである。

 三組の出場者については、太陽が提出期限を無理やり引き延ばし一旦保留となっている。


「エロチ。お前の力を貸してくれ」

「例の勝負だな? 全く、お前は俺がいないと何もできないな」


 授業間の短い休憩時間に、太陽は江口のもとへ足を運んだ。浜辺の時と同じように情報提供するよう声をかけると、江口は文句を言いながらも嬉しそうに返した。


「そうなんだよぉ。頼りにしてる」

「またまた、姫との対話時間を所望する」

「はいな!」

「私の意思は無視なんですか!?」


 太陽の話に聞き耳を立てていた希は、またもや自分が対価にされていることに異議を申し立てる。なお、前回の対価は清算済みで、希には友達を増やす機会と称し一対一の場が設けられた。


「じゃ、一組から攻めてくぞ」

「わ、私もついて行きます!」


 太陽の動向が気になる希は一緒に席を立つ。


『何しにいくんですか?』

『他クラスの情報を手に入れる。走順とか出場種目とか』


 一組の教室は横並びで一つ飛ばして隣にある。そこへ向かいながら希は太陽が何をする気なのか聞き出した。


『私何かすることありますか?』

『言ったろ。超能力は使わず正々堂々勝負するって。まあ信じて見てろよ』


 超能力がない自分に用はないとでも言われた気になる希は、ガーンと落ち込むが、超能力もなしに一体どうやって情報を集めるのか気になり二人に続いていく。

 一組の教室へやってきた太陽は入り口から中を一瞥し、相手を威圧しないようにこやかな雰囲気で中にいる男子を呼びつける。


「鈴木君、ちょっといい?」


 何気ない雑談をするために友達を呼びました。という空気を醸し出す太陽に、瓶底眼鏡をかけた気の弱そうな鈴木は、チョウチンアンコウの光に誘き出される魚の如く、捕食者の元へとやってきた。


「どうしたの晴山くん」

「ちょっとな」


 太陽は鈴木の肩に腕を回し男子トイレへと連行する。


(また置いてけぼり……)


 当たり前のように、トイレの前で取り残された希は不満げジト目で太陽を見送った。


「さてさて」

「な、何か用?」


 トイレに入るなり奥の壁まで追い込まれた鈴木は、蛇に睨まれた蛙の如く固まって怯えている。


「ちょっとさ、一組の体育祭の種目分けについて聞きたくて」

「えぇ?」

「誰がどの種目に、どの順番で出るのか。あと、得意分野とか経験者がいたらそれも教えて欲しいんだよねぇ」

「そ、そんなのダメだよ!」


 鈴木はネジの緩んだ眼鏡を押さえながら首を横に振る。そんな当然の反応に、太陽は「そうだよなー」と頷きながら江口に視線を送る。


「鈴木君が今一目惚れして狙っている女の子。高橋さんだっけ? 江口から情報買ったよね?」

「……」

「買ったよね?」


 ニコニコと笑みを浮かべている太陽だが、その裏では肉食動物のように牙を剥いている。鈴木はバツが悪そうに俯きズボンを握りしめている。


「高橋さん、それを知ったらどう思うかなぁ。きっと、ストーカーみたいな男のことなんて……」

「わ、分かった! 言うよ言う! だから、高橋さんにこのことはっ」

「それはよかった! ありがとね! 絶対悪いようにはしないから!」


 白い歯を見せて嬉しそうに笑う太陽は、鈴木から情報を洗いざらい聞き出しスマホにメモを取った。強請られた鈴木は悔しさと怯え半分の表情で太陽を見つめる。


「大丈夫。高橋さんのことは誰にも言わない。約束だ」

「本当に頼むよ! これだけは。クラスを裏切っているんだ。絶対に頼むよ!」


 今にも泣き出しそうなほど必死の形相を浮かべる鈴木の肩をポンポンと叩いてやり、太陽はトイレを後にする。外では希が忠犬のように待ち続けていた。トイレの中にいる間はテレパシーを切っているため、太陽がどのようにして情報を得たのか希は分かっていない。


「ゲットできたんですか?」

「ばっちり!」


 不満ありまくりで拗ねた声で問う希に向け、太陽は親指を突き立て返した。その後ろから疲れ切った鈴木が姿を見せたため、何をしたんだと怪訝な目を太陽に向けた。


(正々堂々とは一体……?)


 鈴木の心を読んで中での様子を把握した希は、以前抱いた感想を撤回することになった。

 その後も同じような手口で他クラスの生徒を連れ出しては脅しをかけて情報を手に入れる太陽。二組の女装趣味がある田中、五組の彼女持ち二股男子の岩倉、六組は担任の笹木は、理科を担当している美人教師と妻帯者であることを隠して不倫している。


「どいつもこいつも、揺さぶられるようなネタありすぎだろ」

「俺にかかればこの程度、造作もない」

「さすがエロシ。お前が味方で良かったよ」

「俺は自分にとって益となることをしているだけ。姫との握手会、頼んだぞ」


 隠れた前髪から興奮しギラついた目を覗かせる江口は「ふへっ」と笑い声を漏らして自席へと帰っていく。それを見送った希は、いつの間にか報酬が握手会となっていることに文句も言えず立ち尽くした。


「早く席戻れよ。授業始まるぞ」

(うぅ……私の扱いが雑だ)


 無慈悲な太陽に追い払われて、希は心の涙を流しながら彼の元を離れた。



 そして昼休み。残すは四組だけ。しかし四組には奴がいる。希のストーカー、須賀川闘士が。


「どうするんだ?」

「スト男を呼び出すなんて、赤子の手を捻るより簡単だよ」


 江口から聞かれた太陽は快活に笑いながらそう言った。そして希の肩に両手を置き真剣な眼差しを向ける。


「お前が頼りだ」

「わ、私ですか?」


『責任重大』と太陽が心の声で言っている。熱い眼差しからいつになく頼られている実感を抱く。超能力を使わなくても頼られることがとても嬉しく感じ、希はかつてないほどのやる気に漲る。


「私は何をすればいいですか!」

「スト男を呼び出して足止めしてくれ。方法は任せる」

「はえ?」


 そう言われた次の瞬間には、四組の入り口に立たされ実行を余儀なくされる。


(もっとこう、なんかこう、ちゃんとした仕事が与えられると思ったのに……)


 頼られ損だ。と嘆く希だったが、それでも与えられた役割はしっかりとまっとうする。須賀川を呼び出し四組の教室から離れてトイレの方へ。話すことなど何もないが、須賀川は太陽の思惑通り鼻を伸ばしながら子鴨のように希の後をついていく。

 希が生んだ隙をつき、太陽は四組の教室へ侵入する。


「太陽、あいつだ」

「よし。しっつれいしまーす」


 手刀を切りながら四組の教室へ入っていく。他クラスの人間は異分子であまり歓迎されている雰囲気ではないが、太陽は気にすることなくズカズカと押し入り男子を一人捕まえてベランダへと連れ出す。


「やあやあ真壁君。四組の情報おせーて?」

「……はあ」


 軽い調子でお願いする太陽に、真壁はため息を一つ吐いて黙ってしまった。


「浜辺まどか写真集十万。江口から買ったんでしょ?」

「やっぱり、か」


 観念したように呟く真壁はガックリと項垂れる。

 浜辺まどか写真集とは、江口が三年の先輩から購入したもので、同学年の生徒たちが撮影した写真を集めてアルバムにしたものだ。そのため、盗撮とは違い生の距離感、カメラ目線などの写真が多数入っている。袋とじには修学旅行の宿での写真も入っているとか!


 一年生の頃から浜辺まどかという人間の高校三年間が収められた貴重な一冊。アルバムにして販売することの許可は取っていないため、グレーな品物であることに変わりはない。仕入れ値はなんと三万円!


「意外と平気そうだね?」

「まあね。君が他クラスの人を脅しているところをトイレで聴いちゃって」

「ありゃ。人払いはしたと思ってたんだけどなー」


 トイレの中で犯行に及んでいた太陽は自身の失敗を反省しつつ追及はやめない。どのみち四組で最後なのだ。


「もしかたら四組は僕かもって思ってた。自分で撒いた種だからね。仕方ないよ」


 真壁は諦めたように笑い、四組の情報を吐き出し始めた。

 しかし、球技のチーム構成など八割ほど情報を聞き出したところで、


「ハレヤマァァァッ!」

「げっ!?」


 観念した真壁から全てを聞き出す途中で、須賀川が教室へと戻ってきた。希の誘惑を振り切り悪鬼の如き顔でベランダへと一直線に向かってくる。


「俺は逃げる!」

「ああ、頑張れよ」


 太陽はスマホを握りしめ前方の扉へ走る。ベランダに続く扉は二枚。後方の扉へ向かっていた須賀川が太陽に合わせて前方の扉へと向きを変えた。その間、情報を持っておらず逃げ回る必要がない江口は呑気に太陽を応援している。


「逃げるな!」

「じゃあな〜」

「くっ……」


 一瞬の隙を突き太陽はベランダを一直線に駆け抜ける。横並びになっている他クラスともベランダは繋がっているため、そこから五組の教室へ飛び込む。


「逃すか!」


 太陽を追ってきた須賀川までもが教室に入ってきて、二人はそこで鬼ごっこを繰り広げる。机や椅子、人といった障害物を使いパルクールのようにして逃げる太陽。あと一歩のところで手が届かず焦れる須賀川。二人に乗り込まれて、てんやわんやで迷惑を被る五組の生徒。須賀川の体が牛乳パックを吹っ飛ばし男子の顔にかかった。


 そして太陽は教室を抜け廊下へと飛び出していく。須賀川もそれに続き、嵐のような二人に荒らされた五組の男子数名が怒り心頭で二人を追いかける。


「なっ!? なんだ貴様ら!?」

「それはこっちのセリフだボケェ!」

「詫びろクソ野郎ども!」


 背後の集団に驚く須賀川へ怒号の罵声が浴びせられる。


「希! 教室入れ!」

「え、えぇ!?」


 太陽の進行方向では、須賀川に逃げられた希がポカンとしていたが、太陽の後ろに続く男共を見て慌てて三組の教室へ逃げ込んだ。太陽は同じところに駆け込み、急いで鍵をかける。


「バカめ!」


 須賀川はそれを見越したように後方の扉へ一直線に駆け抜ける。


「逃げるぞ希!」

「えっ、私まで!?」


 太陽は希の手を引いて再びベランダへと走る。須賀川との距離は十分、逃げ切れる。


「飛ぶぞ!」

「飛ぶ!?」


 太陽はベランダの手すりに足をかけ乗り越える。あたふたとする希はわけが分からないまま断りきれず同じように手すりへ足をかけた。


「ま、待て! 姫を人質に取るなんて卑怯だぞ! それにここは三階だ! も、戻るんだ」

「ふっ、じゃあな!」


 不敵に笑った太陽は一言だけ残して飛び降りた。手を繋いでいる希も一緒に落ちていく。その二人を須賀川と周りの生徒たちは青ざめた表情で眺めることしかできなかった。


 三階から落ちていく二人。ベランダの下には柔らかい土の花壇があるため、太陽は怪我をしない想定で飛び降りているが、希はジェットコースターにでも乗っているかのように絶叫して涙を流している。


 着地と同時に受け身を取ればこの高さでも大丈夫。と太陽は考えていたが、怖がった希が力を使い、落下の衝撃を和らげふわっと着地した。


「おい晴山! 姫は大丈夫か!?」


 腹に食い込むほどの勢いで手すりに身を乗り出した須賀川は下を覗き見る。すると、そこにはピンピンした様子の二人が立っていた。太陽は余裕の煽り顔で、希の方は今にも死んでしまいそうなほど白い顔で目が虚ろになっている。


「じゃあな!」


 太陽は勝利を確信し手を振りながら去っていく。流石の須賀川も三階から飛び降りる勇気はなく諦めて教室へ戻っていった。


『いきなり飛ばないでくださいよ! 超能力があったっていきなりは怖いんですから!』

『すまんすまん』


 生徒用玄関に回ってきた太陽は四組から聞き出した情報をクラウドに保存しながら希へ謝った。

 須賀川が四組へ戻ると、意気投合したのか、江口と真壁がまだお喋りを続けていた。


「最後に、知ってると思うけど浜辺先輩彼氏いるよ」

「えっ!?」

「相手はサッカー部のイケメン坂先輩」

「そ、そんなっ!? 嘘だ!」

「たぶんだけどね」

「うえわあああああああっつ!」


 須賀川が帰ってきたことで話を切り上げる江口は、絶望の谷へと真壁を突き落とす情報を教えてあげた。「俺はなんて優しいんだ」と悦に浸っている江口を見て、須賀川はドン引きして顔を引き攣らせた。

 その数十分後には、太陽と須賀川は職員室へ呼び出され学年主任からの説教を喰らった。


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