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神のお告げ。

 須賀川に喧嘩を売られた翌日。希と太陽は今まで以上に視線を気にするようになっていた。


「あいつやばいな」

「今まで気づきませんでしたけど、結構見られてましたね」


 須賀川が帰宅したことを確認し、監視がない状態となった二人は学校の屋上へと身を潜めていた。五月末の直射日光に照らされる屋上は暑く、二人ともブレザーを脱いでシャツの袖を捲っている。


「来ますかね。鳴子君」

「あいつは来るよ。女子からの誘いなら絶対に。なんたって王子だからな」


 現在二人がいる屋上は、校舎裏が見下ろせる位置となっている。本来立ち入り禁止の場所だが、希の前では鍵など無いに等しい。鳴子を呼び出し希の案を実行に移すところだ。

 作戦はいたってシンプル。ラブレターを装った手紙を鳴子の下駄箱に入れ校舎裏へ呼び出す。姿を現したら希のテレパシーで鳴子に仕掛ける。


『あっ! 来ましたよ!』


 砂を踏む足音とともに、王子然とした爽やかさを身に纏った鳴子が悠然と歩いてきた。まるでそこがレッドカーペットかのように自分に酔っている顔だ。これから告白されるかもしれないと、期待を胸に抱いているのだろう。だが今日は告白ではない。神からの啓示を受ける日だ。

 鳴子が足を止め内心でソワソワし出した頃、希は超能力を使った。


『私は今、あなたの脳に直接話しかけています』


 男とも女とも取れない中性的な声。耳ではなく頭に響く謎の声に、鳴子は表情を変え辺りを見回した。当然誰もおらず、


「誰だ?」


 姿の見えない謎の相手に向けて鳴子は声を発する。


『私はどこにもいない。あなたの心にいる者だ』

「やっぱり、声が頭の中に直接響いてる!?」


 鳴子は体験したことのない現象に戸惑い頭を抱える。おかしくなってしまったのかと、脳内の声を追い払うように頭を振っている。


『私は神。あなたの願いを叶えるため、今日ここに呼んだのだ』


 テレパシーのため、希は噛むことなくスラスラと言葉を発することができている。セリフは事前に太陽が用意しプリントアウトしたものを読み上げている。


「神? 姿を見せずしてどう願いを叶えるというのか!」


 鳴子は芝居がかった言い回しと動きで神に問う。


『ならば願いを念じてみよ。私には全てお見通しだ』

「願いを、念じる……」


 疑心暗鬼の鳴子だが口を閉じ目を瞑った。同時に、希は鳴子の念を一方通行で太陽へも聞こえるようにする。


『僕は、世界一のイケメンになりたい!』

『……違う違う! それじゃないやつです!』


 想定外の願いを言われカンペにない流れとなり一瞬戸惑う希だったが、太陽がすぐに修正し喋らせる。


『それじゃないやつ、とは?』


 鳴子は今頭にパッと浮かんだ願い事を言ってみたのだが、神から違うとの指摘を受け頭上にはてなを浮かべる。


『最近、どこかに願いごとをしなかったか?』

『最近……まさか!? 昨日神社でお願いした学年で一番のモテ男になりたいっていう……』

『違います。意外と信心深いんですね』

(どんだけモテたいんだこいつ)


 隣で盗み聞きしている太陽は呆れて笑みを溢す。


『違う……?』


 またもや否定された鳴子は腕を組んで考え込む。熟考しているようで、次の言葉がなかなか出てこない。その様子に希は不安を抱いた。


『鳴子君じゃないってことは……?』

『可能性としてはあるな。まあ、違ったらそん時はそん時だ』


 鳴子が件の志願者でなかった場合、彼は超常的な現象を体験しただけということになる。それはそれでいいかと太陽は開き直っているが、希は超能力を使わされているためもっと慎重になれと太陽を叱責する。


『あ、この前、変なインスタアカウントにDMで願い事をしました』

((!?))


 ようやく聞きたいことを引き出せた二人は目を見開いて見つめ合った。


『その願いを叶えるための助言をやろう』

『助言? 神が叶えてくれるんじゃ?』

『そう。私が叶える。叶えるが、そのためにあなたがすべきことを伝えるのです』


 喜んで調子に乗っているところででボロが出そうになり、希は意識を切り替えて神様モードへと戻る。


『これから起こる出来事、その波に乗りなさい。それがあなたの願いを叶える道に通じています』


 その言葉を最後に希からの通信は切断され、鳴子からの一方通行だけが残された。一連の不可思議な出来事に初めは動揺していた鳴子だったが、神の啓示を聞き終えた今では天を仰ぎ晴れ晴れとした表情を浮かべている。


「世界が、僕を見つける。僕を探し出す。うぉおおおおおっ!」


 決して大声ではないが、鳴子は声を上げながら走ってその場を離れていった。

 異様なテンションの鳴子を、屋上の手すりから上半身だけ乗り出して見送る希は、金髪がなんだか楽しそうに揺れていて静かに微笑んだ。


『じゃあ、ナルシの願いを叶えてやりますか!』

『おー!』


 二人は早速、いつものように太陽の家で作戦会議を開くことにした。学校からは希の瞬間移動タクシーは使わずに徒歩で帰宅する。


 目下の問題は二つ。

 まず、須賀川との体育祭での勝負。こちらは六月二十、二十一日の二日間に行われるため期限は一ヶ月弱。体育祭は走技と球技が二日間行われ、競技は学年ごとのクラス対抗となっている。


「大事なのは組み合わせだな。特に球技に関しては経験者の有無で結果がかなり変わってくる。どの種目を取ってどの種目を捨てるか」

「走技の方も、順番とか大事ですよね」

「そうだな」


 組み合わせも勝負を大きく左右する要因になる。いかにして、相手の情報を奪い相手を出し抜くか。これはそういう戦いだ。

 そして二つ目が、目立ちたいという鳴子の願いを叶えること。こちらは期限がないが「学校のみんなからチヤホヤ」がどういう状態なのか明確でないため、起こすべきアクションに困る。


「俺が勝負の内容を体育祭にした理由は、その二つの問題をまとめて解決できる」

「まさか!? 鳴子君を体育祭で活躍させ目立たせると共にストー、須賀川君に勝つつもりなんですね!?」

「そのとおーりっ!」


 人差し指を立ててドヤ顔を浮かべる太陽に希はヨイショ! と拍手を送る。


「一体いつ?」

「心当たりがナルシだって言っただろ。実は昼休みの時からそうなんじゃないかと思っててさ」

「でも、確かめる前に対決の内容を決めましたよね? もしお願いの人が鳴子君じゃなかったら?」


 時系列を頭の中で辿った希はふと疑問を口にする。


「その時は俺が勝つ。多分、ナルシを活躍させるよりは簡単だと思う」

「すごい自信だ……」


 あっさりと言ってのける太陽を見て希は心強いと感じた。太陽は小学校六年間をサッカー、中学校の三年間でバスケをやっていた。運動神経はいいし、体育祭の規定にある「部に所属している人間はその競技に出られない」という制約にもかからない。それは、他のクラスでも同じで、部活に所属していない経験者がこぞって駆り出されることだろう。


「問題は、鳴子がどれくらい動けるかにかかってるな」

「うーん。走ってる姿を見た感じだと普通そうでしたけどね」

「まあ、大丈夫だべ。なるようになる!」


 楽観的に笑う太陽は「作戦会議終了!」とお開きにして、希を玄関先まで送る。希はいつも通り瞬間移動で家へと帰っていった。


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