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次なる依頼

 太陽は願いを叶えるアカウントのDMをぼーっと眺めていた。ゲーミングチェアに体重を預け悩んでいるようにため息をついている。


「どうしたんですか?」


 ロフトベッドの下で太陽の漫画を読んでいた希は、その場からパソコンの画面を注視する。


「うーん、あまり良いお願いが届かない」

「そうなんですねー」


 希は心底興味がなさそうに、漫画に目を戻しながら返事をする。

 アカウント公開から一ヶ月以上が経過していた。太陽の目論見通り、アカウントの知名度がある程度広まり、チラホラと願いが届くようになった。しかし、どの願いも似たり寄ったりのつまらないものばかりでマンネリ化していた。


「まともな願いが届かないようなら、俺がやりたいことをやるか!」

「……え?」


 なんの前触れもなくそう宣言する太陽に、希は唖然として開いた口が塞がらないでいる。


「それはこのアカウントの運営をやめるってことですか?」

「いや。まともな願いが届けば動かすよ」


 希は心配になって漫画から手を離し読書スペースから這い出てくる。立ち上がりながら長い髪を耳にかけ、全てを見透かす神秘的に綺麗な瞳で太陽を見つめる。


 楽しいこと好きの太陽が自分で作り上げた楽しいものを、こうも簡単に手放そうとするなんて。挙句自分のやりたいことをやると言い出すなんて。それがどれだけ大変なことか想像した希は顔面蒼白で太陽を止めにかかる。


「アカウントはまだまだこれからですよ! 今手を止めるのは早計だと思います!」

「え、そう?」

「はい! もっとまともな願いが届くように働きかけるべきです! ただ願いが来るのを待っているだけなんて太陽君らしくありません!」


 希は胸の前で拳を握り太陽に詰め寄る。胸ぐらを掴むかの勢いに太陽は身を逸らせてギョッとしている。


「なんか、希が協力的なの、意外だな」


 驚き半分嬉しさ半分といった微笑みを浮かべる太陽に、希は真剣で本気の顔で臨む。

 こうして願いが届かない間の太陽は大人しくしていた。その間は希も超能力を使わされるようなこともなく安全だった。それが、このアカウントと同時並行で太陽の願いも叶えるとなれば、希の超能力を持ってしても、その負担は計り知れない。休みなど当然なく馬車馬の如く働かされるに違いない。現に太陽は、「何しようかなー」と超能力があったらやりたいことリストをパソコンに作成し出している。


「空を飛びたい、宇宙に行きたい、紐なしバンジーかスカイダイビング、打ち上げ花火を横から見る、人類未到の深海調査、未来の地球がどうなっているのか見てみたい、etc……」


 と、太陽のやりたいことリストはどれも大変そうなものばかり。


「た、太陽君! 一旦そのリストの作成はやめて、このアカウントの運営について真面目に話し合いましょう!」


 太陽の興味をこの都市伝説を作るという目標から逸させてはいけない。と強い使命に駆られた希は、太陽の肩を掴み自分の方を向かせる。


「太陽君が作りたかった都市伝説はこんなものじゃないはずです!」

「まあ、確かに」

「それに、投げやりになるのはどうかと思います! 今、願いを叶えてほしいと言っている人やこれから私たちに一縷の希望を託してくれる人に不義理だと思います!」

「お、おお」


 希の熱に当てられた太陽はタジタジで目を丸くする。


「全部の願いを叶えるのは、流石に無理だぞ……」


 太陽は希の体を優しく押し返しながら距離を取る。そしてパソコンの画面に現在届いている願いのDMを表示する。私利私欲に塗れた願いの数々。全てを叶えることなんてできない。それをしてしまったら都市伝説どころか全国区のニュースになってしまうだろう。


「それに最高の思い出を作るんですよね! あの一件だけ叶えて、あとは適当に流しておしまいだなんて、太陽君らしくないです! 太陽君の最高はその程度でいいんですか!?」


 太陽は少し気まずそうに伏目がちに視線を逸らす。希は目をギラギラと光らせ太陽を見つめている。


「途中で適当になるなんて絶対ダメです! 一度やると決めたら止まらないのが太陽君じゃないですか」

「途中?」

「はい、途中です! やっぱり都市伝説と呼ぶにはまだまだ力不足だと思います! もっともっと記憶に残るくらいの偉業じゃないとダメですよ!」

「そ、そうか」


 自然と言葉に熱がこもる希に、太陽は少し気圧されながら椅子を引く。


「……ま、まあ。俺も楽しいと思ってるし、適当に終わらせようとは考えてないよ」

「そうですか! それはよかったです!」

『希ってこんな性格だったか?』


 普段から豹変ぶりに太陽は内心で動揺している。だが、希にとっては多少のキャラブレなど些細な話だった。それに、太陽であればどんな姿を見られたとしても今更気にしない。


「いい願いが届くように工夫して、すっごい都市伝説を残しましょうね!」

「お、おう」


 勢いで押し切られる太陽はたじろぎながらも頷いた。それを確認した希は満足そうに腕を組む。


「まだまだ私たちの戦いはこれからです!」

「何そのセリフ、終わるの?」

「終わりません!」


 太陽の継続宣言にぱあっと花のように笑顔を咲かせた希は「新しいお願いはどんなのが届いているんですか?」と意気揚々と画面を覗き込むが、太陽の言う通り碌なお願いがなく、ゲンナリと肩を落とす。


「ま、気長に待とうぜ」

「そうですね……」

「それに、いい願いが届くような工夫も考えないとな」

「ですね……」


 希としては、このまま願いが届くことなく漫然とアカウントを眺め続ける日々が続けばいいと考えている。だが、アカウント運営の改善は太陽の願いを避けるために希から提案したこと。いきなり手のひらを返してただ待つなんてことはできない。


「き、今日のところは一旦待ちでもいいですか? ちょっと漫画の続きが気になっちゃって……」

「お前……」


 ダメもとで提案する希に、太陽は呆れながらも承諾した。慈悲深い太陽に感謝しながら、希は巣穴に隠れるウサギのようにベッド下の読書スペースへと帰っていく。


 ひとまずは難を逃れられたことを安堵し、希は怠惰に漫画を読み耽った。

 それから数日後。ようやく太陽の心に直撃するお願いが届いた。そして、届いたその日のうちに希は呼び出され、計画を考える手伝いをさせられる。


 もはや自室よりもくつろげる快適な太陽の部屋で、いつもの如く肩を並べて二人でパソコンを覗き込む。


『もっと有名になりたい。学校のみんなからチヤホヤされたい。僕を、見つけてほしい』


 ポエミーなお願いは、ルーズリーフに直筆で書かれたものだった。


「詩的な言い回しの方ですね」

「俺たちがお前を有名にしてみせる」


 やる気に満ちた目をする太陽は、坂の時と同じように相手の情報を聞き出そうとするが、


『君たちが、僕の輝きを理解できる人間なら見つけられるはずさ。答えずとも、ね』

「……」


 と、なんともうざったい返事が送られてきた。希は目を細めて(なんだこいつは)と呆れるが、太陽はケタケタと笑っている。

 もう一度同じ質問をしてみるが、やはり問いへの答えは返ってこず、詩的でお姫様のような文章が返ってきた。


「燃えるな」


 やりがいを見出した太陽は静かに薄笑いを浮かべた。


(太陽君がやる気になる願いが届いてしまった……)


 アカウントの認知度を広めるためにやったことといえば、噂を広める程度。それなのにこんなにも早くまともな願いが届いてしまったことに希は強く後悔した。

 翌日から早速志願者探しが始まった。DMからは核心に迫る情報が得られず、アカウントに投稿もなく素性が全く分からない。唯一得られたのは二人と同じ一年生であるということだけ。


『どうやって見つけるんですか?』

『全く見当がつかない!』


 昼休み。太陽と希はお互い目も合わせず近寄りもせず心の中で密談を交わしながら、教室を出て屋上に繋がるいつもの踊り場へと向かう。教室前の廊下は購買や体育館へ向かう学生で一定の賑わいがあるが、屋上は鍵がかかっており入られないため人が来ず二人の作戦会議定番のスポットとなっている。


 二人は志願者を見つける策を捻り出そうとしているが何も思いつかず苦戦していた。探す範囲は一年生に限定されているが、六クラスもあり二百四十人近くが在籍している。虱潰しに希のテレパシーで確認するのも、二人がアカウントの運営であることは明かせないためできない。何か便利な超能力はないかとノゾエもんに泣きついてみる太陽だったが、そんなものはないと一蹴されてしまった。


「まあ、わかることと言えば目立ちたがり屋ってことだな」

「太陽君じゃないですか」

「いや合ってるけども」


 目立ちたがり屋、と言う点では志願者と共通している太陽だが、わざわざポエミーに依頼してくるようなことはない。

 人の群れが流れていくのに合わせてまったりと歩く二人は、階段を降りていく生徒たちの一団から離れて上へと足を向ける。


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