尾行失敗!?
それから数日。太陽は希を連れて透明化ストーキングを継続した。浜辺まどかという人間を知るために、学校にいる間も極力、時間が許す限り透明化で浜辺の周りを嗅ぎ回った。
この活動計画を聞いた希は「そこまでする必要あります!?」と驚き、絶対に危害を加えないことを条件に承諾しながらも、付き合わされることに辟易としていた。
だが、学校での透明化は困難を極めた。休み時間ともなれば人の往来もある上に、誰がどんな動きをするか予測不可能。透明化はすり抜けるわけではないため、誰かが二人の足に躓いて何もないところで転んだり、誰もいないところで独りでに机が動いたりと、浜辺の周りで心霊現象が発生するようになった。
『もう、気をつけてください!』
『分かってるよ! お前だって三年生に足引っ掛けてだろ!』
『わざとじゃないんですからっ!』
『俺だってわざとじゃねえよ!』
浜辺へのストーキングも既に三日目。何度となく窮地を演出してきた二人は互いへの不満鬱憤を心の中でぶちまけ合っていた。
現在二人は透明化したまま三年五組の教室に潜んでいる。時間は昼休み。二人の目の前では浜辺が友人たち数名と机を囲み昼食を食べている。
『っていうか、全然新しい情報手に入らないじゃないですか』
『そう慌てるんじゃないよ。こういうのは根気が大事なんだから』
『これじゃあ骨折り損のくたびれ儲けですよ』
付き合わされている希はいい加減飽きてきたようで、つまらなそうな顔をしている。だが、そんな希とは反対に、太陽は真剣な様子で浜辺を観察している。
「一昨日、占いやってみたんだけどさぁ──」
女子の一人が話題を提供すると、浜辺は突然目を輝かせてその話に食いついた。
「どうだった!?」
「恋愛運がいいとかなんとか。今月中に運命的な出会いがあるかもだって」
「そうなんだ。当たったら教えてね!」
「まどか、ほんと占いとか好きだよねぇ」
スマホをポチポチと触りながら話題を振った女子が感心する。
「えー、だって面白いじゃん。最近とかこの人の動画見てるよ」
まどかは言いながらスマホを取り出し女子たちに動画を見せる。映っているのはオカルト系ユーチューバーで、タイトルには「占い師VS霊媒師」と書かれている。
「まどかは彼氏作らないの?」
「うーん、部活もあるし……」
友人からの指摘に浜辺は難色を示す。スタイル抜群で美人な浜辺は引くて数多。彼氏を作ろうと思えばいつでもできるだろう人気を持っている。そんな浜辺は高校に入ってから一度もそういった噂が立ったことがない。友人たちもそれを不思議に思っているようだ。
「まあ、趣味が合う人なら考えてもいいかな」
「オカルトとか心霊好きな男子かぁ」
浜辺の返答に周りの女子たちは頭の中に男子の姿を思い浮かべるが即座に首を振る。
「オカルト好きの男子じゃまどかには釣り合わないよ」
「うん。まどか相手なら高身長のモデルとかじゃないと」
「えー。心霊スポット連れてってくれる人がいいなぁ」
浜辺の理想の男性像を聞いた女子たちは揃って呆れ笑いを漏らした。高身長美少女である浜辺と釣り合うのは誰か! と、イケメン俳優を列挙し出す女子たちを慌てた様子で遮る浜辺。
「それよりさ! 今度の土曜みんなで映画見に行かない?」
浜辺は自分への話を逸らすように話題を変える。
「えー、どうせホラーでしょ?」
「違うよ!」
「じゃああれだ、スクラップ映画」
「スプラッタ映画ね。まあ細切れにされることもあるから、ある意味では間違ってないかも」
友人たちから熱狂的なホラー好きと認定されている浜辺は、見る映画もホラー系と決めつけられてしまう。
「この映画だよ──」
浜辺の思惑通り話を逸らすことに成功し、そのまま映画へと話題が移った。
「結局ホラーかよ!」
浜辺が示した画面に女子たちの注意が向き、盛大にツッコミを入れられる。
「まどかが土曜に休みなんて珍しいし、付き合ってやるかぁ」
一人の女子が賛同すると、なし崩し的に遊ぶ予定へと話が転がっていった。
『ほらな?』
それを聞いていた太陽はドヤ顔を浮かべて希のいる方へと顔を向けた。その顔に無性に腹が立った希は不意をついて鼻を摘んでやる。太陽がなんとか声を出さないように堪えているのをニヤつきながら見つめていると、
『痛いんですけど』
『ふん』
太陽が抗議の目を向けてきたため、不満げに鼻を鳴らしながら解放した。
『石の上にも三年、浜辺の後ろに三日ってな』
『変なことわざ作らないでください』
忍耐の甲斐もあり浜辺の情報を得ることができた二人は、静々と三年生の教室を後にした。
浜辺へのストーキング調査はひとまずの成功と言える成果を納めた。
まず、現在付き合っている人がいない可能性が高いこと。友人にも隠している場合はその限りではないが、浜辺の反応を見るに彼氏はいないと太陽はほぼ確信を抱いた。浜辺の心を読んでの確認は希が拒否したため行えていないが、それでも十分すぎる情報に太陽は満足している。
さらに、次の休みにクラスの友人と映画を見に出かけるという情報。その映画は今話題のホラー作品で、浜辺が心霊系の動画やオカルト、占いなどが大好きだという情報も得られた。坂へのリークなども含めて願いを叶える成功率がぐんと上がったと言って良いだろう。
そして現在、希と太陽は部活帰りの浜辺をまたまた家まで尾行中だ。
『ストーカーはいつまでやるんですか?』
『今日で一旦終わるかな』
毎日ストーキングしていため浜辺宅へ向かう道にも見慣れてしまった二人。慣れ故にか、それとも互いへのフラストレーションが溜まったせいか、いつもよりも二人の警戒が薄れてしまっていた。無造作に歩く二人の前で、浜辺がピタリと足を止めた。
「誰かいますか?」
突如、浜辺が後ろを振り返り言い放った。一車線で歩道のない細い道だが、左右には田園風景が広がり遮るものがなく見晴らしが良い。隠れる場所など辛うじて電柱くらいしかないが、浜辺は見えないはずの二人の気配を感じ取ったようだ。
「最近めっちゃ足音するんだよなぁ。教室でもポルターガイストみたいなこと起こってるし……」
誰もいない道をしばらく観察した浜辺は「気のせいか」と言って再び歩き出した。
今までにない初めての挙動をする浜辺。突然大きな声で話しかけられた二人は、驚いて声を上げそうになったが、なんとか堪えていた。
太陽は浜辺が歩き出すまで息をするのも忘れて動きを止めており、希に至っては石像のように固まり白目を剥いて泡を吹いている。
『おい! 大丈夫か!?』
太陽が心配して希の体を揺すってやると、「はっ!?」と息を吹き返したように目を覚ました。
『心臓が飛び出るかと思いました……』
『俺もだ……』
最初よりも気持ち早歩きになっている浜辺を、足音にも注意しながら尾けていく。家までの尾行で得られる新しい情報が何もないため、このストーキングは今日で最後となった。
浜辺は終始後ろを気にしている様子だったが、暴漢に襲われるようなこともなく無事に帰宅した。
『次の土曜日、九時に駅前集合な』
『休みの日もやるんですか!?』
浜辺の姿が見えなくなるや次の予定を立てるやる気満々の太陽に対して、希はいつ終わるんだ。と頭を抱えた。
『飯奢るから』
『……はい』
太陽からの誘いに、希は少々渋りながらも承諾した。もはや当たり前のように頼まれるため、希も断り方がわからなくなっている。さらに、友達を作って普通の学生生活を送るという目的のため、太陽の協力が必要不可欠。まだ一人では何もできない希は、勝手に義理を感じており協力せざるを得ないと思い込んでいる。
それでもご飯を奢るだけでは足りないほど働かされているが、感覚が麻痺しているのか、希は自身の働きに見合わない対価で協力することに何の疑問も抱かなかった。




