11.少し昔
【――少し未来の英雄だった男の話。
その昔、その男は✗✗を倒し、一躍有名になった。
……いや、“なってしまった”のだ。
その男は、少し先の未来から来たタイムトラベラーだった。
過去を知っている彼にとって、それは造作もないことだった。
だが、彼は怠った。
彼が強くなるために必要だった“過去の伝記”を、作らなかったのだ。
――それが未来から来た自分の首を絞めるとも知らず。】
【――MCO いるはずのない英雄より】
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〈スキル:トラエル〉
頭の中で、もう一度唱える。
対象者は自分。映像で。
ミレイちゃんから[できてますよ!]と連絡が来たので、撮影を開始する。
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「こんにちは」
まだ誰も知らない、自分の初めての動画。
生配信じゃないのは、緊張で噛む未来が容易に想像できたからだ。
あとで編集してもらうつもりだ。
「はじめまして……になるのかな。僕の名前は『コウキ』。
今後とも、以後よろしくお願いします」
一礼してから、すぐ顔を上げる。
「とまぁ、堅苦しい挨拶はナシにして、ゲームしていきましょう!」
──声が、少し明るい。
あまりにも緊張しているせいか、別人格みたいなテンションになっている気がする。
「なんでこんな冴えないやつが配信してんだよって思われるかもしれませんが、
ま、まずは肩慣らしに討伐系クエストから行ってみましょうか!」
言葉では余裕そうだが、心臓はバクバクだ。
元の世界では典型的な“陰キャ”だった僕が、
こうして人前に出るのは――まぁ、奇跡に近い。
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「ん、クエストあった!」
困っていそうなNPCに話しかける。
「おや?旅人さんかい? 実はこの付近にいた獣が凶暴化していてね。
危ないから、こっちには近づかないほうがいいんじゃないかな?」
[クエスト:凶暴化した獣]
[受注場所:最初の村]
[おっちゃんに話しかけると、獣が凶暴化していて困っていたようだ。
狂犬の討伐]
[クエスト報酬:____]
「ん?……あれ? なんでクエスト報酬、見えないんだ?」
バグ、ではなさそう。
むしろ──意図的に隠されている気がする。
「……まぁ、気にすることもないか」
そう呟いて、僕は危ないと止められた区域へと足を踏み入れるのだった。
誤字脱字があったら報告していただけると幸いです。




