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2話 我利 しゃもじを使う

寿篠我利は、草を踏みしめながら歩き続けた。


遠くに見えた村は、想像以上に小さかった。木造の家々が十数軒、家畜を飼う囲いがあり、畑が広がっている。


(……田舎だな)


肩の力を抜きつつ、我利は村の入口で立ち止まった。


(まず、焦るな。現地の人間が信用できるか、確認だ)


自作マニュアルの心得その一、「初対面はまず警戒」を思い出す。


ちょうどそこへ、商人風の男が声をかけてきた。


丸々と太った中年男。赤いベストに金の首飾りをジャラつかせ、にやけた顔で近寄ってくる。


「よう、あんた、旅人だな? いいモンがあるぜ」


男は、ボロ布に包まれた小さな袋を見せる。


「特別にだ、安くしとく。これ、"魔石"ってんだ。旅人なら持っといて損はないぞ」


(……あやしい)


我利は心の中で、即座に赤信号を灯した。


(いや、でも……断ったら怒るタイプかも)


そう思った我利は、ポケットから「騙されないための心得メモ」をそっと取り出し、ページをめくった。


《怪しい商品は、まず中身を確認せよ》


鉄則だ。我利はメモを胸にしまうと、しゃもじを静かに抜いた。


「すみません……それ、ちょっと見てもいいですか?」


できるだけ低姿勢で尋ねる。


男は一瞬いやな顔をしたが、すぐに笑顔を作り直した。


「おう、ほら、遠慮すんな」


差し出された袋に、我利はしゃもじをそっと当てた。


――ふわり。


しゃもじの先から、薄汚れた黒い煙のようなものが吸い上げられる。


(……これは、魔石じゃない!)


直感が告げた。


すくったのは「魔石のフリをしているただの偽物」だった。


我利は目を細め、控えめに言った。


「あの……すみません。これ、多分……ただの炭です」


「な、なにぃ!?」


商人の顔がみるみる真っ赤になった。


「……証拠でもあるのかよ!」


男が怒鳴るが、我利はしゃもじを突きつけた。


「これで、すくったんです」


しゃもじの表面に、黒い煙のようなものがまだ残っている。


我利は続けた。


「魔石なら、もっと光ってるはずです……。この黒いのは、炭とか、汚れた石とか……不純物です」


静かに、理詰めで。


商人は口をパクパクさせたが、周囲の村人たちがざわめき始めた。


「おい……またあの商人、ニセモン売ろうとしてたのか」


「騙されたら、今度こそ追い出そうぜ!」


にわかに広がる村人たちの怒りの声。


商人は舌打ちして、袋を地面に叩きつけ、村の奥へと逃げていった。


「……」


我利はそっとしゃもじを腰に戻した。


何もしていない。ただ、正直に見たままを伝えただけだ。


なのに、気づけば、村の人々が彼に集まってきていた。


「旅人さん、助かったよ!」


「よかったら、うちに泊まっていってくれ!」


お礼にと、村人たちが食料や水を差し出してくれる。


(え、えええ……俺、何もしてないのに……)


戸惑いながらも、我利は深く頭を下げた。


「すみません、私、騙されやすいので……でも、これからよろしくお願いします……」


その言葉に、村人たちは一瞬きょとんとしたあと、温かく笑った。


こうして。


寿篠我利、異世界最初の人脈を得る。


地味に、有能に、着実に。


だが彼自身は、まだ気づいていなかった。


――この地味な一歩が、後に"法治国家の礎"になるとは。


 


静かに、異世界の風が吹き抜けた。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

また是非お越しください。

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