プロローグ
まぶしい光に包まれ、我利はぼんやりと目を開けた。
そこには、白銀の髪と絹のようなドレスをまとった美しい女神が立っていた。
「こんにちは、寿篠我利さん。あなたは選ばれました。異世界で第二の人生を歩んでいただきます」
その声音は甘く、響き渡るようだった。だが――
(……この雰囲気、どこかで……)
脳裏に蘇る、婚活アプリで出会った「やたら笑顔がうさんくさい女性たち」。
かすかな既視感に、我利は全力で社会人経験をフル回転させた。
「すみません。転生に際しては、待遇や条件を明記した契約書をご提示いただけますか」
「えっ?」
女神は一瞬、固まった。明らかに想定外という顔だ。
我利は、なおも丁寧に続ける。
「こちらが受けるメリット、リスク、保障内容、すべて明文化していただかないと……。ほら、こういうの、社会では常識なので」
スーツ姿こそないものの、サラリーマン魂は異世界でも健在だった。
「……う、うん。大丈夫、大丈夫ですよ! あなたにはちゃんとした力も授けますから!」
女神はやや早口になりながら、両手をかざす。
そして、光の粒子が空中に集まり、一つの物体を形作った。
「これがあなたの――神器、《しゃもじ》です!」
我利は、思わずまじまじと見つめた。
――ただのしゃもじだった。
木製で、つややかで、どこにでもある日本のしゃもじ。
「あの……これ、どんな能力が……?」
「すごいですよ! 《しゃもじ》は、**“あらゆるものをすくい取る”**力を持っています! 物質、魔力、感情、運命……すべて!」
女神は胸を張ったが、どうにも説明がふわっとしている。
(……これ、絶対どこかに抜け穴あるやつだ……)
我利は心の中で警戒を強めながら、しゃもじを受け取った。
ひんやりとした感触。
確かに、何か特別な力は感じる。
だが、同時にうっすらと不安も漂った。
「それでは、異世界へ行ってらっしゃいませ! あなたのご武運を!」
女神が微笑み、手を振った。
視界が再び光に包まれ、足元が崩れる。
寿篠我利――彼の地味で壮絶な異世界ライフが、今、始まった。
読んでいただいてありがとうございます。
この次も是非お読みください。