聖女の憂鬱
「こんな生活耐えられないっ!! 聖女だと俺を騙した悪女めっ!!」
あたしに向かって運命の相手だとほざいていた隣国の貴族の子息(勘当され済み)はそんな捨て台詞を吐いて教会を去って行った。
「婚約者がいるのに不貞行為をしようとして、婚約者を貶めようとする方が悪でしょうが。……ブライアン。塩もってきて」
「ここに」
見習い神官のブライアンはすぐに塩の入った壺を取り出してくれるのですぐに塩をまいておく。
自慢じゃないが、あたしは男性陣の庇護欲をそそる清楚系美女らしい。だから、とち狂った男が婚約者を蔑ろにして一方的に構ってくる。
正直迷惑している。
「一狩り行ってくるか。あいつが邪魔して狩りが上手くいかなかったし」
「同行します」
ストレス発散もあるし、あたしの崇めている神々の教えで、食べ物は自分で捕らえ、調理する掟がある。
すべてのものに神は宿り、常に誰かに見られていると思って自分の行動を慎みなさい。
命は戴くもの。恵みを分けてもらっていることを心掛けて感謝をしなさい。
弱いものは助ける。それが巡り巡って自分の困っている時の助けになるのだから。
最初にその教えを伝えた人は、神は800万ほどいると話をして弱いものを助け合うと言うことを皆に示して実践してくれた。
そう、
『一狩り行こうぜ!!』
と多くの獲物を狩り、飢えで苦しんでいる人々に分け与えたのだ。
かの存在は飢えで苦しむ人々を救い、植物を食べる動物が増えてしまったのでそれを狙う肉食動物も増えてと……食物連鎖という言葉を信者に伝えた。
狩り過ぎてもいけない。狩らな過ぎても駄目だとそれの見極め方を覚えるための諸々も伝えてくれた偉大な方だったらしい。
「不勉強にもほどがありますね。テレジアさまを聖女だと崇めて、運命の相手だと口説こうとする者達は」
弓を構えて、イノシシの目をしっかり射貫くブライアンは聖職独特の狩りの言葉で話をしてくる。普通の言葉だと人の気配に気付いて獲物が逃げるからだ。
「何のこと? 後、甘い」
目を失って暴れるイノシシに近付いてあっという間に首に刃物を突き付けて命を奪い、奪った命を無駄にしませんと手を合わせる。
「お見事です」
「目を狙うのは正しいけど、そこから半狂乱で暴れることもあるから次の一手も対策しなさい」
それだから見習の言葉が外れないのだと聖女として教え込む。
「ご指導ありがとうございます。――話を戻しますが、うちの宗教の聖女や聖人は狩りが最も優れている存在に与えられる称号なのにその事実を知らないで見かけだけで近付いて騙されたとか悪女とか言いたいことだけ言って去って行きますから」
「所詮世間知らずのボンボンなのよね」
自分の都合のいいところしか見ない。だから、勘当されたり、借金まみれになって騙されたと助けを求めてくる。
「そんな面倒な輩と縁が切れた家族や婚約者の方が幸せでしょうね」
たまにそんな輩の元関係者から寄付金が大量に送られるから事実だろう。
「こっちとしたらいい金づる扱いだけど、面倒なものを押し付けられてストレスが溜まるからどっこいどっこいなのよね」
聖女という名前だけでそんな輩ホイホイな自分が恨めしい。
「ブライアン」
「はいっ!!」
「さっさと聖人の称号を得てよ」
「努力はしていますが……」
まだ狩りの腕はテレジアに及ばない。他にも多くの神官たちがいるが、彼、彼女らは自分よりも腕が劣っていて、年齢的にも上になることはないだろう。
「聖人か次の聖女が現れるまで結婚出来ないのがきつい」
結婚すればあんな輩をホイホイしないのに。
「申し訳ありません。――必ず、聖人になって見せます」
『聖人になったら結婚してください』
そんな告白をしてきた幼いブライアンの顔がダブって見える。
「本当に早くしてね……」
行き遅れはごめんだわとテレジアは小さく呟くのだった。
この宗教を広めた人は一狩り行こうぜが好きだった転生者。