第8話 大剣と鉄パイプ
重厚な扉がゆっくりと開く。軋むような音とともに、その先に広がるのは薄暗く広い空間。奥には豪奢な装飾が施された大椅子が鎮座し、その上に、貫禄というより贅肉で膨らんだ男がふんぞり返っていた。
その姿は誰が見ても明らかにわかる──こいつがグラム一家の親分だ。
「ロレイナ、賊どもは片付けたのか?」
低く響く声が空気を震わせる。
「申し訳ありません、ご主人様。彼らはただ、ご主人様と話がしたいと申しておりましたので、私の一存でお通ししました。どうか、お話だけでも聞いていただけませんか?」
「なんだとテメェ! 勝手な真似しやがって! そいつらがウチの若い衆をどれだけ痛めつけたと思ってんだ!」
親分の怒声が部屋を満たす。しかし、その緊張をどこ吹く風とばかりに、ロレイナの背後からヴァロッタがひょいと顔を出した。
「まあまあ親分さん、そんなに怒るなって。話くらい聞いてくれよ」
「なんだテメェは!」
「俺か? 俺は鉄鎖団のヴァロッタ・ボーグって言うんだ。この前、お宅の坊ちゃんとちょっと揉めちまってな。その詫びに来たってワケよ」
その瞬間、親分の顔色が変わった。血走った目が見開かれ、肉厚の拳が肘掛けを叩く。
「テメェか!! ウチのルッカを可愛がってくれたのは!!」
怒号が飛び、隅で縮こまっていた小男──ルッカが震えながら頷いた。
「そ、そうだよ親父……こいつがミーユを誑かしたんだ……」
「おっ、元気そうだな坊ちゃん。あのときは悪かったよ。俺もついカッとなっちまってな。……で、ミーユは元気か?」
「知らないよ。ミーユは逃げちまった。もう街にはいない」
「そっか……そりゃ悪いことしたな」
まるで他人事のようなヴァロッタの態度に、親分の堪忍袋がついに切れる。
「おいロレイナ! 俺に戯言を聞かせるために、こんなチンピラを連れてきたのか!?」
「申し訳ありません、ご主人様。話というのは、別の者のことで……」
ロレイナが言いかけた瞬間──。
「親分さん。話があるのは俺だ」
弾九郎が一歩前に出る。その瞳には一切の迷いがない。
「これ以上は揉めたくない。大人しく聞いてくれ」
「やかましい!! 貴様みたいなガキの戯言なんぞ聞いてられるか! おい、ルッソ!! コイツらをたたき出せ!」
命じる声が響いた直後、背後の扉が勢いよく開いた。
ドン、と床を踏み鳴らす重い音。そこに立っていたのは、二メートルはあろうかという巨躯の男──全身を岩のような筋肉で覆い、巨大な剣を片手に携えている。
「げっ……!? ルッソ・グラムかよ! 帰ってたのか?」
ヴァロッタが苦笑いを浮かべた。
「なんだヴァロッタ、こいつの知り合いか?」
「いや、会ったことはねえが……ルッソ・グラムって言やあ、それなりに名の通った荒くれモンだ。たしか、今はトレフロイグに行ってるって聞いてたんだけどな……」
ルッソはじろりとヴァロッタを睨みつけ、無造作に剣を担ぐと、低く唸るように言った。
「……弟のルッカを痛めつけた馬鹿野郎がいるって聞いてな。ヴァロッタってのはお前か? 落とし前に、今からテメェの首を叩き落としてやる」
刹那、空気が張り詰める。
「いやいや、待て待て! 俺が相手してやってもいいが、その前にこいつを倒してもらおうか!」
ヴァロッタが弾九郎を指さす。
「なんだと!? 先にこのチビの相手をしろって言うのか?」
「おいヴァロッタ、勝手に俺を巻き込むな」
「つれないこと言うなよ相棒~。俺がやってもいいけどよ、たぶんルッソを殺しちまうぜ? ここでグラムの跡取りをブッ殺したら、もう絶対に仲直りなんてできねぇだろ?」
ルッソの顔がますます険しくなる。
「……仕方ない。貸しにしておくぞ」
「へいへい、ありがとよ」
弾九郎は一歩前へ出る。ふっと息を吐き、余裕の笑みを浮かべながら手招きしてみせた。
「ほら、相手してやるから、かかってこい」
「ふざけるなァ!!」
怒号と共に、大剣が振り上げられる。
閃光のような一撃──しかし、弾九郎は半歩横へ流し、剣先が床を抉るのを悠然と眺める。
「チョロチョロ逃げんじゃねえ!」
怒りに任せた連撃。上段、横薙ぎ、逆袈裟、突き──どれもが殺意を帯びた猛攻。しかし、弾九郎はそれらすべてを紙一重で受け流し、最小限の動きでいなしていく。
「ハァ……ハァ……なんだよ……なんで……当たらねぇ……!」
疲労で呼吸を乱すルッソ。その隙を、弾九郎は逃さなかった。
スッ──。
一歩踏み込み、鉄パイプがルッソの拳を撃ち抜く。
「ぐっ……!!」
骨が悲鳴を上げるような鈍い音が響く。痛みに顔を歪め、ルッソの指が反射的に開かれた。次の瞬間、大剣が床に落ち、鈍い音を立てる。
「……終わりだ」
鉄パイプが、ルッソの喉元に静かに突きつけられた。
「剣筋は……まあ悪くない。お前は生まれながらに強者だったんだろう。だが、自分を過信するあまり研鑽を怠ったな。一流の使い手に教えを受けていれば、一角の剣士になれただろうに。だがお前は若い。これからもっと強くなれる。今からでもよき師を探すのだな」
そう言うと弾九郎はルッソの意識を刈り取るように手刀を振るった。
「ロレイラ。ルッソを手当てしてやってくれ。右手の甲骨を砕いた。しばらくは箸も使えんだろうが、半年も養生すれば元に戻る」
「は……はい!」
ロレイラはルッソの元へ駆け寄り、肩を抱えて部屋から連れ出した。
「さて……と、親分さん。これで話を聞いてくれるかな?」
お読みくださり、ありがとうございました。
ヴァロッタは傭兵ではありますが、ちょっと裏社会寄りな男でもあります。
なので、ヤクザの事情にもそこそこ通じています。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。