第7話 仮面の刃
「これがグラム一家か?」
「そうさ。キルダホじゃ一番デカいヤクザだ。子分だけでも三百はくだらねぇ」
グラム一家の屋敷は、街の中でもひときわ大きく、威圧的な雰囲気を放っていた。周囲にはいかがわしい店が軒を連ね、夜にもかかわらず酔客や遊び人でごった返している。
弾九郎とヴァロッタは、一軒の酒場に馬を預けると、迷いなく屋敷の正面へと歩を進めた。
「なんだテメェらは?」
棘付きの金棒を構えた門番が、鋭い眼光を向ける。
「俺は来栖弾九郎。ルーベの件で話がある。親分に取り次いでもらいたい」
「あ、俺ぁ鉄鎖団のヴァロッタ・ボーグってモンだ。ちょいとお宅の若と仲直りしに来たんだけどよ……」
「鉄鎖団だと! 若をひでぇ目に遭わせたのはテメェか!」
門番が激昂し、金棒を振りかぶる。しかし──。
ヴァロッタは一瞬で背中の得物を抜いた。
刹那、金属が肉を抉る音。門番の鳩尾に突き込まれた鉄棒が、まるで杭のように深くめり込んでいた。男の口から短い息が漏れ、よろめいたところを、さらに横殴りの一撃が襲う。鈍い音とともに門番は吹き飛び、地面に崩れ落ちた。
「殴り込みだ! 殴り込みが来たぞぉ!!」
もう一人の門番が笛を吹き鳴らす。次の瞬間、大扉が勢いよく開かれた。
すでに中には、武器を手にした荒くれ者たちが待ち構えていた。斧や棍棒、刃物を握った男たちが、獣じみた笑みを浮かべて押し寄せる。
「いきなり手を出すとは、お前もずいぶん短気だな」
「アンタがそれ言うか? 先に手を出してきたのは向こうだぜ」
「まあ、それはいいが……どうやら穏便には済まなそうだな」
「最初っから一暴れするつもりだったんだろ? 手間が省けたってもんさ」
二人は息を合わせるように、同時に突進した。
ヴァロッタは背丈よりも長い鉄棒を振り回し、骨が砕ける音とともにヤクザどもを吹き飛ばす。片腕の骨を砕かれた男が悲鳴を上げるも、即座に蹴り倒された。別の男が背後から襲いかかるが、ヴァロッタはそれを察知し、後ろへ鉄棒を振り抜く。鈍い音が響き、頭蓋にめり込んだ鉄の一撃が、男を即座に昏倒させた。
弾九郎は鉄パイプをしならせ、敵の懐へ鋭く踏み込む。振り下ろされた棍棒を紙一重でかわし、返す刹那──相手の膝に強烈な一撃を叩き込んだ。乾いた音とともに関節が逆に折れ、男が呻きながら崩れ落ちる。そこへ容赦なく顎を突き上げる一撃。白目を剥いた男が、力なく地面に沈んだ。斧を振りかぶった敵が突進してくるが、弾九郎は寸前で身を低くし、足元を狙ってパイプを一閃。敵のバランスを崩し、すかさず顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「こいつら、数だけは多いが、大したことねぇな!」
「油断は禁物だ。大口は全員倒してから叩くんだな」
「弾九郎先生は厳しぃねぇ……」
数人のヤクザが一斉に飛びかかる。ヴァロッタは両腕を大きく振りかぶり、旋風のように鉄棒を回転させる。勢いよく振り下ろされた一撃が、二人の肩を砕き、そのまま吹き飛ばした。弾九郎も動きを止めることなく、軽やかに敵を捌きながら、鉄パイプを喉元に叩き込んで沈めていく。
門番の招集で集まった連中は、ほんの数分でほぼ壊滅した。呻き声だけが虚しく響く。
「親分のいる部屋は知っているか?」
「さあな。片っ端から開けてくか?」
ヴァロッタが廊下に一歩踏み出した瞬間。
──空気が凍った。
天井の梁から何者かが音もなく飛び降りる。影は静かに床へ着地し、黒い執事服が夜の闇に溶け込む。
顔を覆う無機質な仮面には、わずかに開いた目の部分だけが覗いていた。
「私はこの家の執事、ロレイナと申します。職務上、ここから先へお通しすることはできません。どうぞお引き取りを」
優しく小鳥がさえずるような声音。それは女性のものだった。
「なんだオマエ。ここは女が出る幕じゃねぇ。怪我したくなかったらスッこんでな」
ヴァロッタは荒々しく威圧し、一歩踏み込む。だが──。
「ヴァロッタ、下がれ!」
弾九郎が鉄パイプを伸ばし、その背中を通る革紐を引っ掛け、一気に引き寄せた。
「わっと! いきなりなんだ弾九郎!」
その瞬間、ロレイナの手が空を切った。笹の葉のように薄いナイフがヴァロッタの首筋を掠める。ナイフの軌跡が霞のように揺らぎ、気づけばヴァロッタの髪が宙を舞っていた。もし弾九郎が引くのが一瞬でも遅れていたら、頸動脈を切り裂かれていただろう。
「おや、気付かれてしまいましたか」
初撃を躱されても、ロレイナは微塵も動揺を見せない。それどころか、静かな瞳の奥には、なおも冷徹な自信が滲んでいた。
「ロレイナと言ったな。貴様が相当な達人だというのはわかった」
弾九郎は鉄パイプを軽く回しながら、一歩踏み出す。ロレイナも即座に体勢を整え、次の攻撃の機を伺う。
「だが、俺達は親分に危害を加えに来たんじゃない。話がしたいだけだ。取り次いで貰えないか?」
「お断りしたら、どうなさいますか?」
「ならば方針転換だ。お前を殺し、親分も殺す。グラム一家は今日で終わりだ。俺にそれができるかどうか、お前ほどの腕なら分かるだろう?」
弾九郎の声音は静かだった。だが、そこには確固たる殺意が含まれている。圧倒的な気迫が廊下を満たし、まるで空気が重くなったかのように感じられた。並の者ならば、この場で膝を折っていただろう。
ロレイナはわずかに沈黙し、やがて小さく息を吐く。
「…………わかりました。どうやら私ではあなたに到底敵いそうもありません」
その言葉は決して諦めではなく、冷静な判断だった。
「先程おっしゃっていたご主人様に危害を加えないというのは、誠でしょうか?」
「ああ。毛ほどの傷も負わさぬし、こいつは若に詫びを入れるだけだ」
「えっ!? そうなの?」
ポカンとするヴァロッタには目もくれず、ロレイナはしばし弾九郎の目を見つめ、そして静かに一礼した。
「承知いたしました。それでは、こちらへどうぞ」
お読みくださり、ありがとうございました。
この王国では、治安を担う公的な機関があまりにも脆弱なため、ヤクザのような民間勢力が、裏社会なりに秩序を維持しています。
必要悪──そんな言葉が、この世界ではまかり通っているのです。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。