第6話 二人だけの戦譜
遠ざかる足音を聞きながら、ヴァロッタは肩をすくめてつぶやいた。
「……行っちまった」
弾九郎は腕を組み、静かにため息をつく。
「大人しくしていればいいものを……余計な怪我をさせてしまった」
「いやいや、アンタは悪くねえよ。突っかかってきたのはアイツらだ」
ヴァロッタは気楽な口調で言うが、弾九郎の顔つきは重い。彼にはこの後の展開が大体読めている。
「だが、すぐ戻ってくるぞ。今度は腕利きを揃えてな」
弾九郎の言葉に、ヴァロッタは苦笑を浮かべた。
「だろうなぁ……。あの連中はグラム一家。この街を仕切ってるヤクザだ。面子を潰された以上、本気で仕返しに来る」
弾九郎は眉をひそめる。
「で、なんでそんな連中と揉めた?」
「いや~、そこの次男坊の嫁さんに恋愛相談されてさ……ちょっと慰めてやっただけなんだよ」
ヴァロッタは悪びれた様子もなく、ケラケラと笑う。
弾九郎は一瞬、目を閉じ、それから低い声で言った。
「……お前が悪いな。後始末は自分でつけろ。俺は帰る」
出口に向かって歩き出した弾九郎の袖を、ヴァロッタが慌てて引き止めた。
「ちょ、待て待て! もうアンタもこの件に関わっちまってんだ! 知らんぷりはできねぇぜ!」
弾九郎は静かにヴァロッタを見つめる。
「俺は悪くないんじゃないのか? 確かそう聞こえたぞヴァロッタ」
「いやいや、そんな理屈が通じる相手じゃねえんだって! アンタ、グラム一家のルーベの肩を外しちまったろ? 関係ないじゃ済まねえんだよ!」
夜風が吹き抜け、二人の間に静寂が広がった。遠くで犬の鳴き声が響く。
ヴァロッタは苦笑しながら、それでも肩をすくめた。
「……ま、このまま帰ってもいいけどよ、覚悟はしておいた方がいいぜ」
弾九郎は腕を組み、しばし考え込んだ。
「ふーむ……」
さっさと逃げる手もある。だが、それではヴァロッタの言う通り、また別の形で絡まれるかも知れない。ならば、ここで一度に「話をつける」方が手っ取り早い。
やがて顔を上げると、周囲を見回し、雑然と積み上がったゴミ山へと歩み寄る。目を引いたのは、ひときわ長く鈍く光る鉄パイプだった。弾九郎はそれを無造作に引き抜くと、軽く手の中で転がした。
「こいつを借りていいか?」
「えっ、ああ。気に入ったんなら持っていっていいぜ」
「そうか。ではありがたく頂戴しよう」
弾九郎は片手で鉄パイプを持ち上げると、試すようにひゅん、と振るった。一瞬で空気が裂け、耳をつんざく唸りが響く。二度、三度と振るうたび、鉄が風を切る鋭い音が周囲に響き渡った。
「ひっ……!」
見物していた鉄鎖団の面々は、笑いながらも本能的に一歩引いている。鉄パイプが手の中に吸い付くように馴染み、まるで自分の手足のように自在に操る弾九郎の姿に、ヴァロッタは思わず喉を鳴らした。この動きは、ただのケンカ慣れした男のものじゃない。
──来栖弾九郎とは一体何者だ?
ヴァロッタの胸中には、弾九郎への尽きぬ興味と関心が湧き上がっていた。
「そんなもん持ってどうするつもりだ?」
「これからグラム一家と話を付けに行く」
「待てよ! 話を付けに行くって、その棒っきれ持って一人で行く気か?」
弾九郎は鉄パイプを肩に担ぎながら、ちらりとヴァロッタを見やる。
「そうだな……お前も来たいなら俺は構わんぞ」
まるで散歩にでも誘うかのような気軽な口調だった。しかし、その言葉の裏に隠された自信と胆力が、ヴァロッタの背筋をぞくりと震わせる。
(……こいつ、本気でやる気だ)
同時に、言い知れぬ怖さと頼もしさが胸の内に湧き上がる。ヴァロッタはニヤリと笑った。
「もちろん行くぜ! 元々は俺のケンカだからな」
威勢の良い宣言に、鉄鎖団の面々が勢いづく。
「俺たちも行くぜ!」
「そうだ! 腐れヤクザなんぞオウガでぶっ潰してやる!」
「待て待て! 街にオウガを入れるのは御法度だ! 王兵に捕まって大罪人にされるぞ!」
好き勝手なことを言う子分たちの前に、ヴァロッタが立ち塞がった。
「お前ら、勝手なことを言うな! グラムのとこへ行くのは俺と弾九郎の二人だけだ! 余計なマネはすんじゃねえぞ!」
張り詰めた静寂が場を支配する。
大勢を引き連れて殴り込みに行けば、全面戦争になりかねない。だが、少人数で急襲すれば、敵が対応する前に要を潰せる。
しかも、下手に仲間を連れていけば、手打ちにする際の条件が複雑になる。少数で圧倒すれば、相手は潔く引かざるを得ない。
ヴァロッタは、戦う前からすでに戦の形を作っていた。そしてその計算の中には弾九郎の戦力もキッチリ入っている。
やはり一団の長を務めるだけあって、こいつはケンカのやり方を心得ているな。と、弾九郎はヴァロッタを一瞥し、妙に感心した。
「では決まりだなヴァロッタ。グラム一家のアジトはわかるか?」
「もちろんさ。馬を使えばあっという間だ」
すぐに馬が用意された。弾九郎とヴァロッタは鞍にまたがり、一気に駆け出す。
気が付くと、日はとっくに沈んでいた。
今日の昼に目覚めたばかりだというのに、もう二度もケンカをした。そして、これから三度目のケンカに向かう。
つくづく因果な身の上だ──弾九郎は、馬上で苦笑した。
お読みくださり、ありがとうございました。
この世界には近代的な水道こそありませんが、貯水タンクや酒樽などから液体を移送するための鉄パイプは、生活の中にしっかり根付いています。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。