第2話 戦国の王鎧
それは人の形をしている。
だが、人ではない。
見上げるほど背は高く、人のおよそ十倍。
巨躯、鋼鉄、そして終わらぬ命。
剣を振るい、槍を突き、盾を掲げる。
しかし、己が意志はない。
人を取り込み、その者の心を映す鏡となる。
それは、古来より戦場を支配してきた。
鋼鉄の巨人──恐怖と畏敬を込めて、人は王鎧と呼ぶ。
*
辺境の地、アヴ・ドベッグの荒野に対峙する二機のオウガ。
一方は白磁のように美しく黄金で縁取られた鎧を纏い、分厚いロングソードと獅子の紋章をあしらった盾を構える。もう一方は錆色で、無数の棘と鎖の鎧。盾は持たず、身の丈よりも長い槍を構えている。
「念のために確認したいんだが、コイツをぶち殺してもお咎め無しなんだよな?」
錆色のオウガ、ツイハークロフトを駆るヴァロッタ・ボーグの声が荒野に響く。
「構わん! それが出来たら今日から貴様が騎士団長だ!」
対決を観戦する特等席、砦のスピーカーからアヴ・ドベッグの王、グンダ・ガダールの返事が返ってきた。
「傭兵の成り上がりとしちゃ悪くねぇな。──てなわけで死んでもらうぜ!」
ツイハークロフトが弾丸のように疾駆する。槍先が風を裂く──だが、その刹那、白磁の盾が立ちはだかった。対するオウガ、ザンジュラを駆るメシュードラ・レーヴェンの盾が槍を吸い付かせ、一気に跳ね上げる。重心が崩れかけたが、ツイハークロフトは一瞬でナイフを抜き、降りかかってきたロングソードの刃をそらした。
二機のオウガの初撃はそれぞれ失敗に終わった。
「さすが大陸十三剣の一人、光剣のメシュードラの名は伊達じゃないな」
ヴァロッタが感嘆の声を漏らすと、それまで沈黙していたメシュードラが口を開いた。
「よく喋る男だ。戦場では口数の多い者から死んでゆくものだが、今までよく生き延びてきたな」
「それだけ強いってことだろ。それに俺はお喋りが好きでね。テメエの死に様も面白おかしく触れ回ってやるぜ!」
ツイハークロフトが再び突進する。今度は槍を横に構え、ザンジュラを盾ごと薙ぎ払おうと大きく振りかぶった。
しかし──凄まじい衝突音と共に弾き飛ばされたのは盾のみ。
ザンジュラはバランスを崩しながらも即座に跳び上がり、ツイハークロフトを両断しようとロングソードを振り下ろす。だが、その刹那、ツイハークロフトの蹴りが鳩尾に炸裂する。ザンジュラは鋼塊のごとく後方へ飛ばされ、地面に大きな亀裂を刻んだ。
「殺してやる!」
メシュードラが闘争心を剥き出しに吼えた。
「上等だ! かかってきやがれ!」
ヴァロッタは手招きしながら煽る。
だが──砦からグンダ王の言葉が響いた。
「そこまでだ、ヴァロッタ・ボーグ! 貴様の力は十分わかった。メシュードラとそこまで渡り合えたのだ。その力は此度の戦いで発揮するがよい」
王の声に、ヴァロッタは舌打ちしながらも武器を下ろし、メシュードラもゆっくりと膝をついた。
「それで王様! 褒賞は!」
「貴様の望み通り金貨で五千ギラだ。グーハ・リースの首を持ってきたらさらに二千ギラをくれてやる」
「ははっ! ありがたき幸せ! このヴァロッタ・ボーグ率いる鉄鎖団が御味方する限り、ナハーブンは王の領地となるでしょう」
*
世は戦乱の時代。
大小さまざまな勢力が割拠し、覇を競い合う戦国。
ハマル・リス大陸の辺境、アイハルツ地方では、九つの王家が領土を巡って争いを続けていた。
その一角、アヴ・ドベッグ王国の王、グンダ・ガダールは、隣国ナハーブン王国の王、グーハ・リースと不戦の約定を交わしていた。しかし、水源地を巡る争いが勃発し、両国の対立は激化。
調停役を買って出たアイハルツ最古の王国、トレフロイグの王、モツィ・イブスも仲裁に失敗し、もはや戦で決着をつけるほかない状況となった。
戦の噂を聞きつけ、各地から傭兵や浪人たちが両陣営に集まりつつある。
その中でも、ひときわ異彩を放つのが、傭兵団・鉄鎖団。十三機のオウガを擁し、各地の戦場でその名を轟かせてきた。
とりわけ、鉄鎖団の長、ヴァロッタ・ボーグは、大陸西方にその名を知らぬ者がいないほどの猛者。そんな男が今、アヴ・ドベッグ軍に加わったのだ。
さらに、アヴ・ドベッグ騎士団長にして「アイハルツに並ぶ者なし」と謳われるメシュードラ・レーヴェン。最強の両翼を手に入れたグンダ王は、すでに勝利を確信していた。
お読みくださり、ありがとうございました。
「オウガ」は、モビルスーツのような機械兵器というよりも、人が乗る巨大なアンドロイドが鎧で武装しているというイメージです。
重厚な戦国世界と、鋼の巨人たちの激突を、これからも描いていきます。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。