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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
ヤドックラディ激突編

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第164話 三叉の槍

 濃紺のヤドックラディ本隊が、ラバス平原に現れたと報告を受けた瞬間──マルフレアの胸がかつて無いほど高鳴った。経験したことのない会戦がいよいよ始まる。

 そして敵の動きに呼応するように、ヤマトの陣が動く。


 風を裂く旗の音、甲冑の擦れる金属音、オウガの脚部が大地を抉る震動。それらが混じり合い、戦の胎動が戦場全体を包み込んだ。

 ヤマト軍は鶴翼の陣を保ったまま、まるで巨大な獣が翼を広げるように前進していく。その中央でマルフレアは冷徹な目を光らせた。


 ──アイゼル・パガニンがどう出るか。


 遠くに翻るヤドックラディの旗印を見据えながら、マルフレアはかつての議論を思い出す。

 カーツ・ゴーレイと幾度も戦図を描き、想定を重ねたが、結論は出なかった。アイゼルは果敢に突撃する男でもあり、また冷静に撤退を選べる現実主義者でもある。一筋縄ではいかない老将。

 だからこそ──どちらに転んでも構わぬ策を選んだ。


「前進してくるなら陣形で受ける。退くなら右翼の主力で引きずり出す。それでも逃げるなら──追撃あるのみ」


 マルフレアの瞳に、冷たい光が宿る。彼女の脳裏には、ニスビーへ続く戦場の地形が、まるで盤上の駒のように浮かんでいた。

 追撃戦になれば、長距離行軍の中で敵の損耗は必至。兵数差を削り取ることができれば、勝敗は決まる。


 マルフレアの思考が静かに燃え上がるその瞬間、地平の先で砂塵が舞い上がった。

 ヤマトの先鋒が、敵の前衛とついに視界を交えたのだ。


 風が止み、空がひときわ青くなる。

 誰もが息を詰める中、オウガの巨体がぶつかり合う直前、マルフレアはふと、胸の奥で小さく呟いた。


 ──ここからが、本当の戦い……。


 *


「行くぞ! 全軍、突撃!」

「テメェら、殺るぜ! メシュードラの野郎に負けんじゃねえぞ!」

「私たちも行くぞ、ついてこい!」


 轟音とともに、大地が鳴った。

 メシュードラ、ヴァロッタ、ツェット──ヤマトの鬼神たちが一斉に動く。各々の配下を率い、怒涛のごとく敵陣へと突き進んでいく。その勢いは、まるで天空を貫く三叉の閃光。戦場の空気そのものを切り裂き、ヤドックラディ先鋒に真正面から突き刺さった。


 白磁の巨体、ザンジェラが地を抉り、剣の一突きで敵の盾部隊を粉砕する。錆色のツイハークロフトがその隙を縫って疾走し、槍を縦横に走らせ兵列をなぎ払う。蒼きファルシオンはまるで嵐の中心のように舞い、瞬く間に五機を斬り伏せた。

 砂塵の向こうで光が閃くたび、鉄が裂け、火花が散る。金属と血の匂いが風に混じり、戦場全体が熱を帯びていく。


 ヤドックラディ軍の先鋒を預かるのはアレイスター・アスケリノ。

 二十年以上、アイゼル・パガニンに仕え続けた老練の副官である。元は一兵卒──戦場の泥と血にまみれて地位を築き上げた叩き上げの将。部下たちは皆、彼の背中を見て育った。


「怯むな! 陣形を保て! この程度で崩れるな!」


 アレイスターの声が怒号の中を切り裂くように響いた。

 その冷静な指揮の下、ヤドックラディ軍は暴風のような猛攻を受けながらも、なお連携を保っている。

 巨大な盾を構え、仲間を庇い、押し寄せるオウガたちに食い下がる。

 だが、それも束の間。

 盾が裂け、槍が砕け、兵が吹き飛ぶ。まるで大河に浮かぶ小舟のように、彼らは一撃ごとに押し流されていった。


 白磁のザンジェラが巨腕を振るうたび、空気が唸る。

 錆色のツイハークロフトが旋回するたび、砂塵が渦を巻く。

 そしてファルシオンは──まるで死神の刃。

 その三機が並び立つ光景は、まさに悪夢。誰もが息を呑み、抵抗の声を忘れた。


 背後から突撃するヤマト兵もまた精鋭ぞろいだった。

 クルーデが各地から集めた猛者たち。剣技も胆力も、王国の兵を凌駕している。

 もし、クルーデが軍略に長け、これらの兵を組織的に運用できていたなら──たとえ弾九郎たちとて勝利は怪しかった。


「下がれ! 下がって陣を立て直すんだ!」


 アレイスターが怒鳴る。

 その声に兵たちが反応し、必死に後退を始めた。

 崩壊寸前の陣を辛うじて繋ぎ止めながら、彼は歯を食いしばる。


(あと少しだ……あと少し凌げば……! 後ろのオスカールと合流すれば押し返せる……!)


 そう信じるしかなかった。何百もの死を越えてきた身でも、今日ばかりは恐怖が骨に染みる。だが、それでも崩れぬ──崩れれば、今度こそ全てが終わる。

 確かに敵の猛攻は凄まじい。だが、あれほどの圧力が永遠に続くはずもない。

 どこかで息継ぎをしなければならぬはず──。


 そして、まさにその瞬間だった。


 三叉の槍が、進撃を止めた。


 風が、止む。

 轟音が消え、代わりに戦場に静寂が落ちる。

 アレイスターは息を吐き、冷や汗をぬぐった。


(やはり……止まったか)


 だが、その安堵の裏で、彼の背筋を冷たい予感が這い上がっていた。

 ──嵐の静寂というものは、往々にして次の地獄の始まりである。


 *


 進撃が止まったことで、戦場にわずかな間隙が生まれた。

 爆ぜる金属音が遠のき、焦げた油の匂いの中で、アレイスター・アスケリノは短く息を吸う。


「全軍後退! 陣を立て直すぞ!」


 怒号を上げながら、血と泥に塗れた兵たちに指示を飛ばす。頭上では黒煙が渦を巻き、雲の切れ間から覗く太陽が鈍い光を投げかけていた。


(持ち直せる……まだ終わらせん……)


 そう祈るような念を込めて叫ぶその時、新たな衝撃が戦場の空気を裂いた。


 轟音──。

 視界の向こう、黄金の光が弾ける。

 ライガが操るガオウが、まるで獅子のような咆哮を上げて突進してきた。

 砂塵の中から現れたその巨体は、装甲の隙間から燦然と輝く光を漏らし、猛獣のごとく敵を噛み砕いてゆく。


「征くぞ!! グリシャーロットの武威を示すのだ!」


 そのすぐ後ろからは、長剣を構えた紺碧のベルクォが疾駆した。クラットのオウガである。鋭利な剣閃が閃くたび、空気が震え、鋼の壁が紙のように裂けた。


「あんまり張り切りすぎるなって言ったんだけどなぁ……」


 二機が率いるのは、かつてのグリシャーロット守備隊──副官のティブロンを中心に鍛え上げられた部隊はかつてとは別物の精鋭。

 彼らの戦列は一糸乱れず、先鋒の残兵を押し込みながら、雪崩のように敵陣を削り取っていく。

 その勢いは先ほどの三軍にこそ及ばぬものの、崩壊寸前の敵にとっては深刻な打撃であった。


 そして──。

 漆黒の閃光が、空を切り裂いた。


 ダンクルス。


 雷鳴のような重低音と共に、戦場の中心へと飛び込む。

 大地が震え、瓦礫が宙を舞う。

 その姿は、まるで戦場の理そのものが具現化したかのようだった。

 本来なら総大将が先陣を切るなど、常識では考えられぬ。だが、ヤマトには彼以上の戦力はいない。


「弾九郎様だ!」


 兵たちの喉が歓声を上げる。

 怯え、震えていた兵の目に光が戻る。

 恐怖は薄れ、代わりに血が滾る。

 彼らは知っているのだ。

 ダンクルスが共にある限り、戦場の死神は味方だと。


 弾九郎が率いるのは、寄せ集めの新兵や弱兵。

 だが今や、その誰もが鬼神の如き闘志に燃えていた。

 彼らの動きに迷いはない。

 漆黒の巨影の後を追うように、叫びながら突撃する。

 その様はまるで黒き奔流──戦場の秩序を呑み込む濁流であった。


「ちょっと燥ぎすぎじゃねぇか、弾九郎の奴」


 ヴァロッタが苦笑交じりに吐き捨てる。

 この豪胆な男ですら呆れるほど、弾九郎は激しく、そして楽しげに戦っていた。


「久しぶりの戦場で張り切っておられるのだろう。実に頼もしい」


 メシュードラは、戦場の喧噪の中で静かに微笑んだ。

 その瞳は、まるで憧れの英雄を見つめる少年のように純粋だった。

 再び剣を交える弾九郎の姿──それだけで彼の胸は熱くなる。

 己もまた、その男の背に続きたいと。


「それにしても、ライガとクラットが置いて行かれそうだ」


 ツェットが低く呟く。

 冷静な分析が口を突くが、その裏には驚きも混じっていた。

 ライガは確かに強い。大陸十三剣には届かずとも、一流の武人だ。

 クラットもまた、風を裂くような剣速を誇る新しき十三剣。


 だが──。

 その二人ですら、弾九郎の放つ「戦の気」には追いつけない。

 漆黒の巨影が突き進むたび、戦場の空気そのものが軋みを上げる。

 誰もがその背を追うが、追えば追うほど距離が開いていく。


 まるで弾九郎だけが、別の次元で戦っているかのように。


 *


「オスカール、奴らの横腹を突け!」


 怒号と共に、アイゼル・パガニンは軍旗を振り下ろした。

 その瞬間、ヤドックラディの陣形が地鳴りのように動き出す。

 黒い波のように展開するオウガ部隊の列。その脚が大地を叩くたび、重く湿った土が跳ね上がり、空気を震わせた。


 灰色の雲が垂れ込める空の下、戦場はもはや音と煙の坩堝だった。

 崩れかけた先鋒の報告を受けてなお、アイゼルの表情は鉄の仮面のように冷ややかだ。だが、その胸中には焦りが渦巻いていた。


(ここで引けば、潰走は避けられぬ。だが進めば、傷は深くなる……まずは先鋒だけを潰して、その隙に撤退する)


 決断の刹那、彼は唇を噛んだ。血の味が口の中に広がる。

 ──前へ出るしかない。

 戦場で生き残る者とは、冷静な者ではない。狂気の中で判断を下せる者だ。


「ダーシャに伝えよ! 奴らの左翼と中央を分断し、シュカリラを叩けとな!」


 副官が「はっ!」と応じ、伝令が泥を蹴り上げて駆け出していく。

 その姿を見送りながら、アイゼルはふっと息を吐いた。

 彼の眼には、もはや単なる勝敗だけではない「別の目的」が映っている。


(シュカリラが介入した以上、この戦はただの内乱では終わらん)


 戦いに勝利すればシュカリラを併呑する口実が得られる。


「内乱では腰が重かった貴族どもも、新たな領地を得るとなれば話は別だ」


 そうなれば貴族連合にとっても旨味が大きい。彼らはきっと我欲を満たすため必死に戦うだろう。

 冷酷な光が宿る。

 政治と軍略が一体化する──それがアイゼル・パガニンという男だった。

 ただ戦って勝つのではない。戦場を政治の道具に変える。


「この戦い、シュカリラを飲み込む糸口にしてくれる……」


 呟く声は風にかき消えた。


 その間にも、命令を受けた将たちは動き始めていた。

 次鋒を預かるオスカール・アポナ、そして後衛のヴィタリー・リプセット。

 二人の歴戦の指揮官が、即座に軍を再配置する。

 オウガ部隊の重装列が音を立てて開き、横陣を敷く。


 ヴィタリーの軍が後方を固め、オスカールが先鋒の横へ展開する。

 それはまるで、巨大な顎が敵を噛み砕こうとするかのような動きだった。


「急げ……アレイスターが持たん!」


 オスカールの叫びが戦場に響く。


 煙の向こう、アレイスターの戦列は今にも崩壊寸前。

 だが、そこへ迫る影──オスカールの突撃隊。


 地平線に響く鉄槌のような轟音。

 空気が圧し潰され、兵の心臓が鼓動を忘れる。


 いま、戦いは真に「総力戦」へと変貌した。

 炎と煙の渦の中、誰もが息を呑む。

 この一戦が、ただの戦では終わらぬことを、誰もが肌で感じていた。

お読みくださり、ありがとうございました。


この時点でアイゼルが描いていた戦略は、敵の右翼を壊滅させ、その隙に撤退するというものでした。

そして、貴族連合を戦場に残したまま、正規軍の主力を無事にニスビーへ戻し、ダレウモアの侵攻に備えるつもりだったのです。

その結果、たとえ貴族連合が崩壊したとしても構わないとさえ考えていました。

シュカリラが戦場に現れたことはアイゼルにとって想定外の出来事でしたが、彼はそれを、戦意の低い貴族連合に「戦う理由」を与える好機だと即座に判断したのです。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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