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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
ヤドックラディ激突編

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161/180

第161話 机上の戦

 ──ヤドックラディ軍、ニスビーを出陣。


 その報せがラバスに届いたのは、シュカリラ軍を歓声とともに迎えた翌日の夕刻だった。

 城壁を照らす西日は赤銅色を帯び、遠くの山々を焦がすように沈んでいく。風が旗を鳴らし、見張りの兵の外套をはためかせた。

 いよいよである──。

 誰もが心のどこかでそう呟いた。

 敵は大軍ゆえ速度は遅いが、三日後にはラバス城の視界に現れるだろう。

 兵たちは武器を磨き、オウガの汚れを落とし、最後の調整に追われていた。

 その眼差しには緊張と高揚がないまぜになり、ひとりひとりの呼吸さえ熱を帯びている。

 戦の足音が、確かに近づいていた。


 ──ヤマト陣営の総戦力は、以下の通りである。


 ヤマト軍

 弾九郎隊 ──────── 八十三機

 メシュードラ隊 ────── 八十機

 ヴァロッタ隊 ─────── 八十機

 ツェット隊 ──────── 八十機

 ライガ隊 ───────── 八十機

 ラバス親衛隊 ─────── 三十機

 タレス隊 ──────── 百二十機

 ウランフ隊 ──────── 九十機

 カーツ隊 ──────── 百二十機


 小計 ──────── 七百五十五機


 シュカリラ軍

 ピルム隊 ──────── 百六十機

 タレラ隊 ──────── 百六十機

 アウルバリ隊 ─────── 二百機

 シルフィーア隊 ────── 二百機


 小計 ───────── 七百二十機


 合計 ────── 一千四百七十五機


 対するヤドックラディ陣営は二千三百四十機。

 その差、八百六十五機。

 だが、ラバスの堅牢な防壁と、地の利、そして何よりも──ヤドックラディがまだ知らぬシュカリラの参戦。

 それが、すべてを覆す。

 この優位を保ったまま開戦できれば、数の不利など恐れるに足らない。


 *


 夜。ラバス城の奥、作戦会議室。

 分厚い扉を閉ざした室内には、灯火の炎が静かに揺れ、十四の影が卓上の地図を囲んでいた。


 奥の席に来栖弾九郎。

 右手にはメシュードラ・レーヴェン、ヴァロッタ・ボーグ、ツェット・リーン、ライガ・ライコネン、クラット・ランティス。

 左手にはカーツ・ゴーレイ、タレス・バーネット、ウランフ・モリス、ラグナ・リンデル。

 その対面にはシルフィーア・ウォーカー。

 左右にピルム・ガイラー、タレラ・ヘンゼル、アウルバリ・ベルン。

 中央に立つのは、軍師マルフレア・フォーセイン。


 誰も言葉を発さない。

 炎が紙の地図に揺らめきを落とし、沈黙の中で衣擦れの音すら響く。

 マルフレアは細い指先で地図をなぞり、ある一点に止めた。

 視線が集まる。

 息を詰めるような静寂の中、彼女はゆっくりと顔を上げた。


 そして、口を開く。


 その一言が放たれた瞬間、部屋の空気が一変した。

 一同は言葉を失い、驚きの声を上げた。


「野外決戦──!?」


 息を呑む音があちこちで重なった。

 作戦室の空気が一瞬で凍りつく。

 机の上に広げられた地図を見つめる十三の視線が、まるで刃のようにマルフレアへと集中する。


 弾九郎だけは腕を組んだまま、ゆっくりと頷いていた。

 どうやら事前に知っていたのは彼ひとり。だが他の面々の顔には、驚愕と戸惑いがはっきりと浮かんでいる。

 戦力差は依然として大きく、常道なら籠城一択──誰もがそう考えていた。

 それを捨てて野に出るというのだ。戦の定石から見れば、狂気の沙汰に等しい。


「今回の戦いでは、このラバス平原にて敵を撃破し──その勢いのままニスビーを陥れます」


 マルフレアの声は落ち着き払っていた。

 淡々と、しかし一言ごとに重みを持たせるように、静かに告げる。

 その静けさが、むしろ全員の胸をざわめかせる。


「軍師殿、それが出来れば理想でしょう。しかし……」


 カーツ・ゴーレイが口を開いた。

 理知的な声が、張り詰めた空気をわずかに揺らす。

 彼の眼差しは地図を貫き、その背後にある現実を見据えている。


「ヤドックラディ軍を少々、低く見積もりすぎではありませんか? シュカリラの援軍が加わったとはいえ、我々が数的不利であることに変わりはない。城の利を捨てて野外に出るなど──あまりにも冒険が過ぎます」


 その言葉に、他の将たちも頷いた。

 重々しい同意の音が、鎧の鳴るように響く。

 マルフレアはそれを受けても表情を変えず、ただ静かに地図の上へ視線を落とした。


「ヤドックラディで主攻に回るのは正規軍。貴族連合軍は後詰めになります」


 淡々と告げるその声に、カーツの眉がわずかに動いた。

 彼もまた、理屈の上では理解している。

 この戦いにおいて、新領土の獲得が望めぬ以上、貴族たちが積極的に戦う動機は乏しい。

 それゆえ、主力を正規軍に置くという読みは、理に適っている。


「つまり、我々がまず倒すべきは正規軍。そのために──この陣形を敷きます」


 マルフレアは地図上に手を伸ばし、小さな駒を並べはじめた。

 木の駒が地図を擦る音が、やけに大きく響く。

 彼女はラバス平原に弧を描くように駒を配置していく。


 右端にメシュードラ、ツェット、ヴァロッタ、ライガ。

 その背後に弾九郎本陣。

 中央にタレス、ラグナ、ウランフ。

 最後尾をカーツが押さえ、左端にピルム、タレラ、アウルバリ。

 そして後方に、シルフィーアの旗印。


 机の上に広がった陣形は、翼を広げた鳥のようだった。

 ──鶴翼の陣。

 敵を中央に引き込み、両翼から包み込む。

 完璧な布陣。だが、それは敵が「動いてくれれば」の話である。


「さて──」


 マルフレアは顔を上げ、ゆっくりとカーツを見やる。

 その瞳は静かで、まるで深い湖の底のようだった。


「カーツ将軍は敵将、アイゼル・パガニン将軍をよくご存じですよね。この状況で、将軍はどう兵を動かすとお考えですか?」


 問われたカーツは、目を細めて息を吐いた。

 かつて仕えた上官の名を聞いたとき、胸の奥に小さな痛みが走る。

 アイゼル・パガニン──長年、共に戦場に立ち、数多の戦術を学んだ男。

 その用兵の癖も、判断の傾向も、誰より理解している。


 カーツはゆっくりと目を閉じた。

 脳裏に、冷徹な戦の天才──かつての上官の姿が浮かぶ。

 鋭い声、沈着な判断、わずかな揺らぎも許さぬあの眼光。

 あの男ならどう出るか。

 鶴翼を見て、どう動くか。


 会議室に静寂が戻る。

 誰も息をしない。

 ただ、壁の燭火が小さく弾ける音だけが、思考の渦の中で脈を打っていた。


「鶴翼陣の弱点は中央突破。真ん中が破られると陣形そのものが機能しなくなります。ただし、突破した先はラバス城。となれば、突破に成功したとしても、背後から逆撃をくらい、包囲される可能性が高まります。なので……」


 カーツ・ゴーレイは地図上の駒を軽く叩きながら言った。

 その声音は落ち着いていたが、まるで実際に戦場を歩いているかのような臨場感があった。彼の脳裏ではすでに、砂塵舞うラバス平原に無数の兵が展開している。


 その様子を見ていたマルフレアは静かに頷いた。

 机上であっても、今ここに立つのはふたりの用兵家。

 会議室に漂う空気は、もはや戦場そのものだった。


「やはり、大軍に戦術無しといいます。陣形を固めつつ、着実に我が軍の右翼から削って行くかと……そして貴族連合が左翼と中央に睨みを利かせ、我々に包囲の隙を与えないのでは?」


 低く響く声。

 その瞬間、重苦しい空気の中にざわめきが走った。

 誰もが納得し、同時に不安を覚える。──それほどまでに理にかなった策。


「そうですか。ではカーツ将軍、地図の前においでください。簡単な机上戦をしてみましょう」


 挑戦的な微笑を浮かべ、マルフレアが促す。

 カーツはわずかに眉を上げながら立ち上がり、地図の前へ進み出た。

 駒を整然と並べ替え、ヤドックラディ正規軍を三角形に展開させる。


 ──魚鱗の陣。


 その構成は美しく、強固だった。前進力と防御力を兼ね備え、連携も取りやすい。アイゼルの得意とする布陣だ。

お読みくださり、ありがとうございました。


カーツら軍首脳部に伝えられていた作戦は、ラバス軍を中核としシュカリラの援軍を加えたオウガ五百機で城を守り、弾九郎とシルフィーアの軍が野戦軍としてあらゆる方角から敵の戦力を削る、というものでした。

この方法であれば敵は攻城に専念できず、常に二正面あるいは三正面に戦力を分散させることとなり、数的優位を失わせられます。

合理的で確実性の高い戦法ではありますが、敵が攻城を中止して野戦軍の撃破に集中した場合、籠城軍もやむを得ず出陣せざるを得ません。

野外に引きずり出されれば数的劣勢を覆せなくなるリスクも抱えている、という点には注意が必要です。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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