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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
シュカリラ編
130/146

第130話 灰色の忠誠

 密命を胸に受けたメシュードラは、執務室を後にすると、城壁に接した軍庫へと足を運んだ。彼の足取りは重くはなかったが、静かにして確かな決意を感じさせた。

 薄暗い通路を抜け、鋼の扉を開けたその先──そこには、彼の愛機、ザンジェラが佇んでいる。


 巨大な機体が静かに立つその姿は、まるで意志を宿した巨人のようだった。白亜の外装に黄金の縁取り。長年の戦場をともに駆け抜けた機体は、研ぎ澄まされた美しさと、得も言われぬ威圧感を放っていた。


「……少しの間、お別れだな」


 機体の足下にそっと手を添え、囁くように言う。ザンジェラはもちろん返事をするわけではないが、メシュードラには不思議と、その無言の沈黙が答えのように思えた。


「ええっ、コイツの装甲を全部替えるんですかい?」


 突如響いた驚愕の声に振り返ると、軍庫の管理者が目を丸くしていた。

 無理もない。このザンジェラは、ヤマトにおける象徴の一つ。その姿は彼の名とともに知られ、戦場では味方に希望を、敵に恐怖を与える存在だった。


「隠密の任務だ。これがザンジェラだと悟られては意味がない。予備装甲の中に、一式揃うものがあれば用意してもらいたい」


 命令は簡潔に、かつ容赦なく。メシュードラの声には、私情を挟む余地などなかった。


「そういうことなら仕方ねぇですけど……もったいねぇですねぇ。こんなに綺麗なオウガなのに」


 管理者の言葉には、まるで自分の手塩にかけた芸術品を壊されるような寂しさが滲んでいた。

 メシュードラは短く息を吐き、うなずいた。


「任務が終われば元に戻すさ。この姿は、少々知られすぎた」


 オウガ──それは人型の戦闘機械。


 だが素体の状態では、機械とも生物とも見分けがつかぬほど精緻に作られている。筋肉のように伸縮する人工繊維、骨格を模した可動部、足指の関節に至るまで、人の形を忠実に再現していた。

 雄型・雌型の差異はあるが、素体となれば所有者すら識別が難しい。それゆえ、装甲と武装を換装するだけで、まったく別の存在に擬装することが可能となる。


「奥の倉庫に予備装甲は山ほどありますけど……一式となると、地味な奴しか残ってませんぜ」

「それで構わん。目立つのは困る」


 地味であること。無個性であること。それが今回の任務においては最大の利点だった。


「じゃあ、武器は? ザンジェラはロングソードと大盾でしたけど」

「それも替える。長剣なら何でもいい」


 管理者は深いため息をつきながら、重い足取りで倉庫へと向かっていった。

 その背を見送りながら、メシュードラは最後にもう一度、ザンジェラの面を見上げた。


「……すまんな。しばらくの間、名を捨ててくれ」


 その声音には、主と機体の間に築かれた長い年月と信頼が、ひそやかに滲んでいた。


 換装を終えた新生ザンジェラは、もはや誰の目にも「どこにでもあるオウガ」にしか見えなかった。

 光を吸うような濃灰の装甲に、特徴を排した無地の楯。剣は無骨な、どこにでもある一振。

 けれど、その芯には変わらぬ本質が宿っている──戦場に生き、勝利をもぎ取るために鍛えられた、最強の魂が。


 そしてその心臓に宿る男、メシュードラ・レーヴェン。

 彼の使命は、シュカリラ王国を若き姫騎士──シルフィーア・ウォーカーに掌握させること。

 その先にあるのは、ヤドックラディとの戦いにおいて、後詰としてシュカリラから五百機のオウガを借り受ける体制を作ること。


 その数字は、今のヤマト全体の戦力をすら上回っていた。

 だが、彼の心に恐れはなかった。


 マルフレアが描く未来。その狂気とも思える戦略図を、信じることができた。

 いや、信じるしかない。

 己に課された役割は一つ──その未来のため、無名となって敵地に入り、戦場の秤を傾ける。


 青空の下、灰色に染まったオウガの影がひとつ、静かにヤマトの軍庫を後にした。


 *


 建国からわずか数日。

 新国家ヤマトは、誕生の熱に浮かされる間もなく、現実という名の重圧に押し潰されようとしていた。


 行政の骨組みすら定まらぬまま、内外から押し寄せる山積みの課題。土地の再編、税制の制定、都市機能の整備、領民からの請願、統治機構の整備──そのすべてに優先順位をつけねばならず、手綱を握るのは弾九郎とマルフレアの二人に他ならなかった。


 だが、膨大な行政業務の陰で、今まさに国家の命運を左右する最大の急務が進められていた。

 それが「軍制の再建」である。


 前線で戦った者たちの多くは記憶に新しい。

 クルーデとの一戦──それは勝利こそ得たものの、動員された兵力の実態は雑多な寄せ集めに過ぎなかった。


 戦闘終了直後のヤマトの保有戦力は百六十六機。

 その内訳は、実に不安定なものである。

 正規兵はわずか二十八機。

 それ以外は、グリシャーロットから派遣された守備隊が五十二機、魔賤窟より一時的に貸与された応援部隊が二十五機、急場で雇った傭兵が三十六機、そして戦闘員ですら無い、土木用オウガで仕立てた工兵が十八機。

 その姿は、軍隊というより「使える者をかき集めた即席部隊」そのものだった。


 そして現在──。

 傭兵たちは既に契約満了と共に解散し、魔賤窟から借りた助っ人と、グリシャーロット守備隊も遠からずいなくなる。


 結果、ヤマトに残される戦力は四十六機。

 そこに幹部機六体を加えたとしても、たったの五十二機。

 そのうち戦闘任務に就ける機体は、三十四機にすぎない。


 これで国防どころか、他国と戦争をしようなど、狂気の沙汰としか思えない。


 加えて深刻なのは、残存部隊の多くが今は兵として機能していないという点である。

 街の瓦礫を撤去し、道路を敷き直し、城塞の石垣を積み直す──建国後の復興作業に駆り出され、軍事教練を行う余裕など一切なかった。


 募兵活動も始まってはいたが、戦火の匂い濃厚な辺境国家にわざわざ仕官を希望する者はほとんど現れず、兵力の増強は一向に進んでいない。


 兵は足りず、訓練もままならず、時間ばかりが過ぎていく。

 だが、敵は待ってはくれない。

 最大の脅威──ヤドックラディとの戦争は、確実に近づいていた。


 かくしてヤマトは、国家として最も脆弱な時期に、最大の試練を迎えようとしていた。


 だが、そんな脆弱な体制下にあっても──ヤマトには、まだ切り札が残されていた。


 それは、かつて敵として戦場に現れた者たち。

 クルーデの配下として、弾九郎たちに敗れて捕虜となった二百六十名の傭兵である。


 終戦直後、その数は二百四十四機だった。だが凱旋の二日後、ツェットが率いる小隊がクルーデの拠点に電撃的な奇襲を仕掛け、残されていた故障機十六機とその搭乗者たちを拘束。総数は、二百六十機に達した。


 しかし彼らの中には例外もいた。戦闘前に密かにヤマトに通じていた四名は、罪を問われるどころか、内通の功により褒賞と共に自由を得た。

 よって、現在ヤマトが保有する「捕虜」は、二百五十六名。


 この世界において、オウガの搭乗者とは単なる兵士ではない。

 それは国家にとって、貴重な軍事資源であり、同時に取引可能な「技能の塊」でもある。

 たとえ敵であろうと、彼らを無為に処断するのは余程の事情がない限り得策ではない。


 捕虜となった傭兵には、通常二つの道が用意される。

 一つは、金銭による解放。自らの自由を金で買い取り、牢獄を去る道。

 もう一つは、奉仕による解放。次の戦いに無償参加することで奉仕し、捕虜の身分を脱する道だ。


 ヤマトが採ったのは、後者──奉仕による解放であった。


 これにより、二百五十六機の傭兵たちは、次に訪れるであろう戦争──すなわち、ヤドックラディとの全面対決において、否応なくヤマトの兵力として戦場に立つことになる。


 加えて、何より重要なのは、彼らが「単なる数」ではないという点だ。


 この傭兵団は、クルーデによって選び抜かれた精鋭。

 一騎当千の腕利きたちで構成され、その戦闘能力は正規軍をも凌駕する。

 先の戦で、マルフレアはその真価を発揮させぬよう細心の配慮をしたが、もしも彼らが強力な指揮官の下に統制され、組織として動くことがあれば──その破壊力はまさに災厄の如く、敵を薙ぎ払うことになるだろう。


 そして捕虜となった傭兵たちは、例外なく「強さを信奉する者たち」だ。

 勝者の下に付き、強者の元で、己の価値を証明する──それが彼らの生き様であり、哲学である。


 だからこそ、彼らはクルーデに従った。圧倒的な力とカリスマを備えた強者。その名はまさに巨星であり、傭兵たちを惹きつけてやまなかった。


 しかしそのクルーデを、一騎打ちで倒した男がいる。


 来栖弾九郎──剣の一振りで運命を切り裂いたその男の名が、今や彼らの中で新たな信仰の対象となりつつある。


 特にその決闘を目の当たりにした者たちにとって、弾九郎はもはや「元敵将」ではない。

 彼は「力の体現者」であり、「次なる主」たり得る存在だった。


 だからこそ、ヤマト建国が高らかに宣言されたその日──二百五十六名の捕虜のうち、百四十四名が自主的に「仕官」を申し出たのだ。


 打算ではない。迷いもない。

 そこには、確かな確信があった。


 ──この男について行けば、自分の未来が開ける。


 そう信じて疑わなかった。


 現在、彼ら百四十四名の新兵たちはヤマト正規軍に編入され、ツェットとヴァロッタの指揮の下、ラバス南部にて野盗掃討任務に従事している。

 それは血の洗礼であり、忠誠の試金石でもあった。


 新国家ヤマトは、ようやく「軍隊」と呼べる存在を手に入れようとしていた。

 グリシャーロットと魔賤窟から再び兵を呼ぶことができればその数、およそ四百機。そしてラバスを併合し、三百六十機を足せば七百六十機。そこにシュカリラからの援軍五百が加われば──たとえ強大なヤドックラディを相手にしても、十分に対抗しうる戦力となる。


 その未来図を胸に、マルフレアは、膨大な事務と混沌とした政情の渦の中で、一つ一つ、着実に歩を進めていた。

 汗に塗れ、眠る暇もなく、それでも手を止めない。


 ──すべては、来るべき決戦のために。

お読みくださり、ありがとうございました。


グリクトモア正規軍の二十八機は、そのままヤマトの正規兵となりました。

クルーデとの戦いが始まる前、彼らのうち二十機はヤドックラディに徴発され、ラバスに滞在していたため、グリクトモアにはいませんでした。

マルフレアは戦いの前に彼らへ帰還命令を出しましたが、それはすなわちヤドックラディから脱走せよという意味に等しい命令でした。

しかし故郷を守るため、二十名は帰還をためらいませんでした。

そして彼らの真意を理解していたカーツ・ゴーレイは、あえて脱走を黙認し、彼らを自由に行動させたのです。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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