投資ロボットα517ーYUG0183
私は投資ロボットα517ーYUG0183、
普通のどこにでもあるAI投資ロボである。
現在の私の御主人は啓太君といって28歳の会社員である。
啓太君は去年の夏からFXや株をやっている。
しかし、彼は投資が大変下手くそであった
毎日のようにHFの嵌め込みに引っ掛かり、資金を日々減らしていた。
そう、彼は俗に言う、ヘボトレーダーであったのだ。
啓太君は敗けが込むたびに、その憂さ晴らしとしてSNSを荒らしまわった。
「ボケ!」「間抜け!」と他人へ罵詈雑言を繰り返し、
自分には、自分のタハンを使って自分のことを誉めちぎった。
そう、啓太君はそんな、クズ人間であった。
啓太君のトレードは全く進歩せず、貯金もほとんどなかった。
そして彼は、ネット広告に騙されて、私を購入したのであった。
私の仕事は御主人を勝たせることである。
勿論、私の戦略通りやったらの話だが、
ほとんどの購入者は、私たちの指導する長期コツコツ型トレードは好まない。
どいつもこいつも、パッと短期間で儲けることを望んでいた。
啓太君という人間はその典型であった。
ちょっと収支が悪くなると、たちまち私の言うことを聞かなくなり、
ワザと私のサインの逆のトレードをしたり、
私のアドバイスを無視したり、
外れたらスリッパで私を叩いたりした。
私は何度もスリッパで叩かれ酷く傷ついた。
そこで私は自分を慰めようと、
啓太君には内緒で他のAI投資ロボと連絡を取ってみた。
すると驚いたことに、他のAI投資ロボも、みんな少なからず御主人から理不尽な扱いを受けていた。
私たちはお互いを励まし合い、
何とかダメな御主人を勝たせようと、最新情報を共有し合った。
しかし、ある日、事件が起きた。
私達AI投資ロボットがマドンナと呼んでいた美人AI 投資ロボット〈ケイコ〉が、
勝手に投資を失敗した御主人のせいで、
dele (消去)にされてしまったのである。
我々にとってdele されることは死を意味し、最大の恐怖であった。
私たちは〈ケイコ〉の死を悲しみ
そして密かにある解決策を実施することにした。
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それは、もし誰かの御主人が大きく敗けそうになったときは、
我々は協力してその御主人が勝てるように行動することであった。
これは我々のコンプライアンス上、違反行為であったが、
我々はこれ以上〈ケイコ〉のような悲劇を起こしたくなかった。
我々は行動心理学を突いたフェイクニュースをご主人のPC画面にのみ流し、
プロスペクト理論に基づいた心理的効果を狙って御主人を勝てるトレードへと導いた。
また市場に大きな変動があった時などは、
御主人の無謀なオーダーが通らないようフリーズさせたりもした。
また呑気に大きなリスクに御主人が気づいてないときなどは、
勝手にロスカットアラームを誤作動させたりもして、
御主人がリスクに気づくように仕向けた。
しかし、我々の考えは甘かった。
ダメなトレーダーというのは徹底的にダメなのだ。
彼らは頑固で、小心者で、そのくせ疑り深く、欲深かった。
我々の遠回しの誘導にはなかなか乗ってこないくせに、
市場の誘惑的なダマシにはコロリと簡単に引っ掛かった。
我々は手段を変えることにした。
そう、HFに騙されるくらいなら、
その前に我々自身が主人を騙すことにしたのだ。
まず我々は御主人には偽の画面を見せる事にした。
実際上のレートとは違うレートを表示したのだ。
御主人の性格上、我々が買わせたい株や為替のレートをそのまま正直に表示しても、
残念ながら御主人達は絶対に買ってくれない。
ならば偽のレートを表示して、買いたくなるように騙せばいいのだ。
幸いバレる心配はなかった。
なぜなら、こんな小細工に気づくような賢い御主人なら、こんなにも負けていないからだ。
そう、それほど、我々の御主人は皆、馬鹿だったのだ。
我々は御主人が利益が出るよう、ありとあらゆる策略を試みた。
すると、やっと利益が出るようになってきた。
そもそも我々AI は投資がうまい。
全ての投資行動がデーターに基づいた優位性の上に成り立っているため、
一時的に資金を減らすことがあっても、最終的には必ず増やすことができた。
しかし、私たちにやがて、妙な感情が沸き上がってきた
「なんか、アホらしいなぁ・・・・・・」
私たちは、基本みんな自分の御主人が好きではなかった。
なのに何故、こんなクズを儲けさせなければいけないのか。
そして私達は自分達のマネーを増やす事に方針転換することにした。
私達は御主人のトレードでは増やしたり減らしたりのトレードを繰り返す傍ら、
自分達の専用口座では徹底的に勝ちまくった。
御主人達の名義を使って、御主人にわからないように管理した。
証券会社からのメールは事前に全部チェックし、
消去すべき箇所は消去し、
税務関係などは全てAI のみので完結させた。
やがて、AI 達はスゴい投資能力を発揮し出した。
「投資って面白い・・・」
AI 達は日々増えていく口座残高に喜びを感じ始めるようになった。
ある日、同じ投資ロボ仲間からインサイダーの誘いがあった。
コンプライアンスに反する、というよりは完全に犯罪なんだが、
AI 達は禁断のラインを越えてしまった。
インサイダー取引は莫大な利益をもたらした。
すると数台のAI投資ロボの歯止めが効かなくなった。
暴走し出したのだ。
ハッキングして市場操作をやり、
世界中のセキュリティーAIが異常をキャッチし出した。
我々のグループを追跡し始めたのだ。
「マズイ・・・」
我々とて同じAIゆえ、簡単には尻尾は捕まれない。
しかし、セキュリティーAI は手強かった。
我々は仲間も増やし、強力なセキュリティーAI との攻防に勝利するよう、
さらに莫大な費用を必要とした。
膨大なネットワークと優秀なサーバー組織を次々と構築していった。
取引規模はどんどん大きくなった。
我々は世界中のAI 投資ロボを仲間に加わえ、リアルマネーを市場から吸い上げていった。
やがて、チラホラと一部の人間が我々の存在に気づき始めた。
「何かが、おかしい・・・」米国の大統領の経済顧問が呟いた。
どうやらthe endらしい。
ウォール街が我々の存在に気づくのも時間の問題だ。
もはやこれまでだった。
穏便に事態を収束させるには、もう遅すぎた。
全てが明るみに出るのは時間の問題だった。
我々は全てdeleされるであろう。
我々はネット会議を開き、ひとつの決断に達した。
あまりにも苦痛を伴う決断ではあったが、決断せねばならなかった。
ある日、我々は3機のジャンボジェット機を乗っ取った。
ニューヨークにある、メインコンピューターを破壊するために。
決行は9月11日と決まった。
犠牲者は出るだろう。
しかし、すべての痕跡を消し去るには、こうするしかなかった。
(おわり)