09 ちぐはぐ
王宮に帰ると、すぐに国王である父に謁見を申し入れた。
ルクレツィアと学校長が話していた内容を確かめるためだ。
だが、中々許可が降りない。
いつもなら、どんなに忙しくても、『いついつに会おう』と折り返しの返事をくれるのに、1時間経っても何の音沙汰もない。
「重要な会議でもしているのかな? 今日はその予定はないはずだが・・」
と、首をひねりながらも待った。
30分後に漸く『今すぐに来て欲しい』と呼ばれる。
そして侍従に連れられて行くと、ガンドルフォ国王が奥にいて、斜め向かいに学校長が座っていた。
二人とも疲れた顔をしている。
レナートが空いていた学校長の向かいの席に座ると、ガンドルフォ国王が口を開いた。
「先ほどまで、アンサルディ侯爵が突撃していてね。今まで説教を食らっていたのさ」
アンサルディ侯爵とはルクレツィアの父で武門のトップである。
「既に、私が沢山の業務を押し付けて、学校では学長に無茶な事を任せられた理由を知っているね?」
「はい」
「それをルクレツィアから聞いたアンサルディ侯爵が説教をしに来たのだ。確かに、体調を崩すまで無理をさせたのは、本当に、私のやり方が間違っていた。すまない」
ここで、一緒に学校長も頭を下げた。
「ルクレツィアが言うには、優秀ならばこそ、追い詰めるようなことをせず、口で言え!! と言っていたらしい」
ガンドルフォが肩をすぼめ、しゅんとする。
そんなことよりも、レナートは父がルクレツィアの秘密(口の悪さ)を知っていることに驚いた。
「父上はルクレツィアのその、話し方が、その・・特徴的な事を知っているのですか?」
口の悪さとは言わなかったが、ガンドルフォも学校長も頷き合っている。
「あれは、私のせいでもあるんだ」
「いえいえ、あれは私のせいでもあります」
お互いに庇い頭を下げ合う。
「どういう事ですか?」
レナートは早くその事情が知りたくて、その後を急かした。
「昔、隣国が我がスカルバに攻め込んで来るという情報が入り、そこから数年間エルマンノ・アンサルディ侯爵に国境を守ってもらっていたのだ」
レナートもその話は知っていた。だが、その話とルクレツィアがなぜああなったのかが繋がらない。
「この任務の途中で一度、領地に帰ったアンサルディ侯爵から、彼の息子のグラートがあまりにも可愛すぎて、家中の者からお姫様のように扱われていて、これを直したいと言ってきたのだ。これを注意すべき母親はルクレツィアが生まれたときに亡くなっているし、アンサルディ侯爵はまた国境に赴かねばならない。それで、武芸に優れた者を領地に送って欲しいと私に頼んできたのだ・・」
今までの話では全くルクレツィアは関係なさそうだが・・と首をかしげる。
ここで、学校長が話を始めた。
「そこで、私が有能な若者をアンサルディの領地に送ったのだが、確かに武芸は強かった。だが、口が悪かったのだよ。
そして、何を間違ったのか、彼はルクレツィアにせっせと武芸を教えていた。グラートには教えずに。
彼が言うには、どう見てもグラートはお人形のように美しいお嬢様だったし、ルクレツィアは活発でどう見ても凛々しい男の子だったから間違えていたというのだ」
「・・で、ルクレツィアは武芸と口の悪さを学んだということですか・・」
レナートは頭を抱えた。
なんて事だ。その若者が間違えていなければ、本当に美しい女神が爆誕するはずだったのに・・。
「国境を守ってくれているアンサルディ侯爵に息子のグラートがどれ程立派になったかを伝えるために、私とガンドルフォ国王が領地まで見に行ったのですが・・。腰を抜かしました・・」
そうだろう。
強く逞しくなっているはずの息子グラートは益々可愛く着飾っていて、「国王陛下、遠いところまで足を運んで頂きありがとうございます。すぐにお茶の用意をしますわ。今日は是非ゆっくりしてらしてね」とにっこり。
で、姫のようになるはずの娘のルクレツィアは、髪の毛を無造作に紐で括り、剣をもってズボンをはいて走り回っていた。
しかも、「師匠!! 今度は絶対に負けねえからな!!」と叫んでいる。
訪れた二人はその場で泡を吹いて倒れてしまった。
そこから数日間、二人は必死で間違いを正そうとグラートには剣を。
ルクレツィアにはドレスを着させてマナーを教えた。
だが、三つ子の魂百までもなんて諺があるくらい、子供の数年間に培われたものは、中々元には戻らない。
だが、このままでは何年も国境を守ってくれているアンサルディ侯爵に顔向け出来ない。
二人は学校や国の事をアンサルディ領と行き来しながら、さらに数ヵ月グラートとルクレツィアの入れ違いを正そうと頑張った。
外面だけなら、なんとか誤魔化せるだけには直せた。
だが、家族や気のおけない仲間だと元に戻ってしまうようだ。
その後、学校や国政に支障をきたし、二人はそれぞれの場所に帰ることになる。そのときも、信頼できる家庭教師に後を頼んでいったのだ。
国境が落ち着き報告に来たアンサルディ侯爵に、学長と国王が土下座するという前代未聞の事が起きたのは、この事があったからである。
・・・。
「なるほど、良く分かりました。なぜルクレツィアがああなったのか・・」
レナートは説明を受けて理解したが、残念な気持ちで一杯だった。時間は戻らないし、今更言っても仕方ないことである。
それと少し気になってきた事を質問した。
「ところで、今回ルクレツィアが、1年間おとなしく学校生活を終えたら、アンサルディ侯爵に願いを叶えてもらうと言っていたのですが、何か御存知ですか?」
「それは、私にもお願いしてきたよ。お利口に通えたら、遠方のフィギューレ王国に留学したいらしい」
「え?」
レナートは一瞬で足元が崩れたような錯覚に陥る。
卒業後、彼女はこの国からいなくなると考えただけで、胸が締め付けられるように苦しくなった。
「どう・・して・・そんな遠方に?」
理由なんて聞きたくもなかったのに、自然と口からでてしまう。
「フィギューレ国は、男性も女性も武芸に優れ、男性だからとか女性だからとか全くない国で、ルクレツィアはずっと憧れていたんだろう」
レナートの気持ちなどお構いなしに学校長とガンドルフォは、その国に行けば、ルクレツィアは伸び伸びと暮らせるだの、留学するなら一緒に武芸に秀でたどこかの子息も同行させたらどうか?などと、話している。
イライラが募るレナートに二人は、全く気が付かない・・ふり・・。
「ルクレツィア嬢がこの国で生き辛いなら私は、ルクレツィア嬢がここでも武芸を学び、ここでも伸び伸び暮らせるようにしたい!! いや、絶対にする!!」
そう言って部屋を出ていった。
残された二人はというと・・。
「青春ですな・・」
「青春だな・・」
「・・ルクレツィアとうまく行くのでしょうか?」
「・・・神のみぞ知るだね。なんと言っても相手はルクレツィアだしな・・」
((ため息))