05 劇場はどこ?
クリームパイに心を鷲掴みにされたルクレツィアは、ジョルジュの推薦ということで生徒会の会計になった。
書類が山積みになっていたこともあって、レナートとジョルジュとルクレツィアは毎日放課後、書類整理に追われていた。
なので、レナートは毎日ルクレツィアの毒舌を聞かされる羽目に・・。
今日も通常運転でぶつぶつとルクレツィアから盛大に文句が聞こえてくる。
(は? 園芸部のやろう! 計算間違いのまま提出するなよ! 見直してから出せよ!)
(どこの部がこんなに高いもん買っているんだよ!! 許せん!! いったい何に使って・・。うんうん。この出費は致し方ないですよねー。もっと良いのを買ってもいいくらいよねー)
ルクレツィアがこんなに甘い顔をして出費を許すなんてどこのクラブだ?
気になったレナートがそれとなく、ルクレツィアの後ろに回り込み、ニコニコ顔で見ている用紙を覗き込んだ。
『生き物クラブ』だった。
(ねこしゃんの遊び道具も必要なら、買えばいいのにー)
ルクレツィアが微笑みながらレナートにその用紙を渡し、「はい、これは全てちゃんとした必要経費でしたわ、決済のサインをお願いしますね」
と同時にドスの利いた心の声が聞こえる。
(これにサイン出来ないなんて、いうなよ!! わかってんだろうな? ああ?)
「もちろんサインするよ」
といった感じで毎日を過ごしていた。
ルクレツィアが来てからジョルジュは張り切っているが、レナートはみるみる疲れ果てていた。
この生徒会のメンバーであるジョルジュも、なかなかのイケメンで人気者だ。ルクレツィアは男子生徒だけではなく女子生徒からも人気があるものの、やはりその羨ましすぎる環境に、良く思わない女子生徒も存在していた。
その筆頭がラケーレ・バルビ伯爵令嬢。
ラケーレは前会計役員を意地悪で、辞職に追い込んだ内の一人である。
そして、彼女が辞めた後自分を自薦して何度も生徒会に突撃をしてきた厄介な女子生徒だ。
ラケーレがルクレツィアに何も手出しをしていないのは、ルクレツィアが完璧すぎて手を出せないのだろうとレナートは思っていた。
だが、違う。
実際には何度もラケーレは犯罪すれすれのことをやっていたのだが、ルクレツィアはさらに上を行っていた。
ルクレツィアを呼び出して、他の者に襲わせようとしていたことがあった。
だが、その手紙を見たルクレツィアの反応は「私がそこにわざわざ行くなんてだるいしー」で行くことなく終了。
ラケーレがルクレツィアに大事なペンを壊されたと嘘をついて泣き真似した時は、レナートも一部始終を見ていたが、ルクレツィアの圧勝だった。
まず壊れたペンを持ってレナートが来るのを待っているラケーレ。
教室にレナートや生徒が登校したのを確認してから、ラケーレの演技がスタート。
「くすんくすん・・」
(レナート王子、私を見て。か弱い女子が泣いているわよ!!)
だが、その声が聞こえるレナートは遠巻きにして気がつかないふりをする。
すると誰かが、聞かなくてもいいのに「どうしたの?」と尋ねた。
「あのね・・くすん、昨日ルクレツィア様にペンを貸したの。そしたら今日ペンが折られて机に返されていたの。このペンは入学祝いにお母様から頂いたものだったから悲しくて・・」
ルクレツィアの名前を出したことで、皆が一斉に「本当に?」とラケーレを疑い出した。
彼女はこれも計算のうちだった。
仲間のアニータ・ブレッサン男爵令嬢がここで割って入ってくる。
「私、ルクレツィア様がそのペンを折っているところを見てましたわ」
二人の証言で、一気にラケーレの言葉が真実になった。
だが、レナートだけは彼女たちが嘘をついていることを知っている。
(うへへ。これで幻の姫って呼ばれているあの女もおしまいよ!!)
泣きながらも、平気で嘘をついているのが許せない。
どうしようかと考えていたら、ちょうどそこにルクレツィアがやってきた。
一人の男子生徒がおずおずとルクレツィアに話しかける。
この男子生徒はまだ、美しいルクレツィアのことを信じているようで、今起こっていることは本当なのかとルクレツィアに問い正した。
ラケーレは準備万端で待っている。
(きっとこの女は借りてもいないのだから、『そんなペンは知らない』というだろう。そしたらこっちのものよ。アニータが借りているのも見たと証言するもの。そこで私が泣いたら、ルクレツィアの女神説は崩れる!! さあ、『私は知らないわ』って言いなさい)
ワクワクとルクレツィアの返事を待つラケーレとアニータ。
だが、ここで思いもよらない展開になる。
ルクレツィアが悲しそうな顔で謝ったのだ。
「ごめんなさい。あなたの大切なお母様の入学祝いだったなんて」
この台詞に驚いたのは3人。
仕掛けたラケーレとアニータ。それにこの全容を知っているレナートだ。
(なぜやってもいない事を謝っているのだ? もしかして、ここでは自分の無実をはらす事が出来ないと思い、謝って終わらそうとしているのか? それは悪手だぞ!!)
心配するレナートにとんでもないルクレツィアの心の声が届く。
(ふふふ、くそつまんねー学校生活だったけど、鴨が葱しょって鍋にスープまで作って持ってきたわ・・しかも2羽も!!
さあ、どうやって料理しよう・・やっぱ大好きな劇仕立てがいいかな? じゃあ、開幕!!)
心の声はゾッとするほど冷静だ。
レナートは開幕したルクレツィア劇場を固唾を呑んで見守ることにした。
ルクレツィアが鞄から1本のペンを取り出す。
美しいガラスの作りは見事なものだった。
それを彼女は折った。
そして、悲しげにそれをラケーレに見せる。
「これはお母様の形見の品なの・・。でも、これで償えるなんて思ってはいないわ。でも、これだけは信じて下さい。あなたを悲しませるためにそのペンを折ったのではないの」
「じゃあ、なん」
ラケーレの台詞を最後まで言わせずルクレツィアが話す。
「私はそのペンに呪いがかかっているのを見てしまったの。恐ろしい呪いだったわ。それで怖くなって折ってしまった・・。でもそのままにするつもりはなかったの。今日あなたに事情を話して新しいペンを一緒に買いに行けたらと思っていたわ」
ここで全く関係のない生徒が一言喋った。
「その呪いってラケーレ様にかけられていたのかしら?」
(モブ子、ナイスだ! その台詞。さあ、モブ男も良い台詞を言えよ!!)
モブ子の台詞を受けて、衝撃を受けた顔をするルクレツィア。
両手で口許をおさえ震え、小さな声で「そうなの・・怖かったわ。一体誰が・・」
そしてチロリと傍観していた一人の男子を見ると、モブ男はハッとして台詞を言う。
「もしかして、ラケーレ嬢の一家を呪うために?」
(モブ男、ナイスだ!! じゃあ次はモブ王子だ!! いい台詞を頼んだぜ!!)
その言葉の後にルクレツィアが、怯えた様子で「貴族を呪うなんて、このままではラケーレ様の命が危ないのでは?」とレナートを見遣る。
「・・・」
レナートは自分の番なのに台詞が思い付かない。
(おおい! モブ王子、せっかく台詞のある役をあげたってのに、役に立たねえな! そこは『私が調べてみよう』って言えよ!!)
ああ、そうか!!その台詞を言えばいいのかと、割り当てられた役を全うするレナート。
「貴族を呪う道具とは、危険だな。私が調べてみよう」
自分の台詞がちゃんと言えてほっとするレナート。
しかし、この台詞にラケーレは追い詰められた。
満足げなルクレツィアはさらに追い詰める。
「では、ラケーレ様のお母様がこのペンをどこで買ったのか、調査しなければなりませんね」
「え?」
ここで蒼白になるラケーレ。自分の立場が崖っぷちに立たされていることに漸く気がついた。
勿論このペンは、母が買ったものではなく、屋敷の執事が持っていたのを借りたのだ。
だが気がついたところでもう、どうしようもない。
しかも、アニータが裏切った。
「ラケーレ様のお母様に、どこで買ったのか聞きに行きましょうよ」とラケーレの友人という立場を取りつつも、敵に回るという見事な転身をし、しかしながら見ている観客には友人役にしか見えない絶妙なスタンス。
(いつもラケーレより爵位が下だという理由で、強気に命令されて言うことを聞いていたが、一緒に落ちる筋合いではないわ)
と、アニータはすぐに関係をぶったぎった。
やはり女は怖いなとレナート。
ここまで来るとラケーレは立つことが出来ない。
しかし、友人役を崩さず追い詰めるアニータが「早くしないとあなたの家族にまで被害が及ぶかもしれないのよ」
と促すと、周りの生徒達も「そうよ、早く調べた方がいいわよ」とこちらは本当にラケーレを心配して勧める。
必死でこの茶番を終わらせようと、ラケーレは言ってはならないことを吐いてしまった。
「ああ・・このペンはお母様の入学祝いではなかったわ・・そう、これは執事に借りたペンだったかも・・」
「・・・」
クラスの皆が黙る。
だが、数秒の沈黙の後で、一人が怒りで震えながらラケーレに怒鳴った。
「じゃあ、君は借りたペンなのに母親の入学祝いだと嘘をついてルクレツィア様の母上の形見のペンを壊させたのか?」
」
「あっ・・・・」
自分の発言が大失敗だったと気がついたが、もう取り返しがつかなかった。
レナートは無実のルクレツィアが、断罪されることがなくて良かったとと胸を撫で下ろす。
ルクレツィアもこれで、スッキリしただろうと思っていたが、不服そうな声が聞こえてきた。
(かー! 自分で仕掛けてもう終わりかよ! もっと頑張れよ。こっちはまだ遊び足りないんだよ! つまんねぇな)
レナートは思い出した。
これは、無実の罪をはらすとかではなかったのだ。
そう、ルクレツィアの劇遊びだった。
劇遊びの終わりをしったルクレツィアは、地獄に陥れる一言をラケーレにかける。
「それならば、ラケーレ様のお母様の入学祝いのペンはご無事だったのですね。良かったわ、私のペンの事は気にしないでね。ラケーレ様!」
今日一番の笑みを作ったルクレツィアだった。
――閉幕。