12 出ちゃった
次の日、レナートは熱い視線を感じていた。
ルクレツィアがこちらを見ている。
しかも情熱的に!
もしかして、気持ちが通じて何かを伝えようとしているのか?
そう思ったが、近寄った時に自分が想像していたものではないと気が付き、挫折した。
どうやら、ルクレツィアはレナートを知ることから始めたようで、一つでも情報を得ようとしていた。
しかし、無関心だったルクレツィアが自分に興味を持っているなんて、僥倖ではないか。ポジティブに考えることにする。
しかも、ルクレツィアの中でレナートは徐々に株を上げていた。
(良く見るとイケメンだな)
+1
(王族だというのに、気さくだ)
+1
(剣の技術もうまい)
+1
良い感じにポイントが増えているぞ。
喜ぶレナートに、下級生の女子が「キャー! レナートさまぁー」と黄色い声援。つい浮かれて手を振ってしまった。いつもはしないのに・・。
(ふんっ! 女好きか!)
-3
「ち違う!!」
「え?どうされたのですか?」
せっかく貯めたポイントが・・。
ルクレツィアに冷めた目で見られても、説明も出来ず泣く泣く諦める。
だがしかし、レナートの知らないところで、真面目で優しいところや、意外と強いなど、確実にルクレツィアはレナートの評価を高めていた。
そんなある日、フィギューレ王国から外交官と留学生がセットでやってくることになった。
これは、先日のアルバート王女の手紙にも書いてあったのだが、国王が自分の妹の嫁ぎ先を、あらゆる角度からしっかりと視察してきてくれという思惑があってのことだ。
なので、外交官は多いが留学生は16歳から17歳の3人だけだった。
レナートも学校で受け入れ態勢や、交流会や警備面等をしっかりと話し合うために遅くまで協議している。
連日の事で再び寝不足のレナートに、ルクレツィアは心の中で小言を言っているが、心の奥底では心配してくれていた。
自分を案じているルクレツィアの心の声が微妙に変化していて、嬉しくてついニヤケテしまいそうになるレナート。
(今日も顔色が悪かった。ゆっくりと寝かせてやりたい・・)
この声だけで3日間は眠れなくても大丈夫だとレナートは思う。
それに、ルクレツィアが恐ろしい早さで生徒会の仕事を終わらせているので、レナートの生徒会の仕事は、目を通せばいいだけになっており、非常に助かっていた。
それに、今更ながらだが、副会長のジョルジュも優秀だった。
しかも、ルクレツィアやその兄の独特な話し方についても一切他言せず、レナートの告白についても聞かなかった事で通すつもりらしい。
本当によく出来た副会長だ。
その告白だが、忙しさついでにルクレツィアから返事を先延ばしされているようでもある。レナートも彼女とゆっくり話す機会がないので、急がず焦らず我慢していた。
そうして、時間が過ぎフィギューレ王国から外交官と3人の留学生がやってきた。
ベルリーブ学校の生徒全員で出迎え、歓迎会を行う予定である。
だが、3人のうち1人が明らかに態度が悪い。しかも、その留学生は何故か木刀を肩に担いで威嚇している。
向こうの学校で成績優秀者を3人選んだと言っていたが、選ばれたくなかったのだろうか?
レナートが留学生の心の中を読む。
(ふんっ! こんな弱っちい奴らの学校に来ている間に、剣術の腕が落ちたらどうしてくれるんだ!!)
やはり、希望しての留学ではなかったようだ。
赤毛の短髪頭は、イライラしながらも全生徒が集まる講堂で、「よろしく」と僅かに頭を傾ける。
次に、レナートが歓迎の握手をしようと手を伸ばした時に、何を考えたのか、赤毛留学生が手に持っていた木刀をレナートに振り下ろした。
すんでのところで躱したレナートに、赤髪男は続けて次の攻撃を繰り出す。
またも、レナートは逃げる。
一緒に来ていた他の留学生も、これには驚き必死でやめるように言うがやめはしない。
「リアム!! やめろ!! 何を考えているんだ? 外国の王子にそんなことをして賠償責任問題だぞ!!」
「は? 殺しはしないぜ。それにこいつ、逃げてばっかで全然弱いじゃないか!!」
ここでついに、レナートの背中で恐ろしい魔王が降臨した。
ゴゴゴゴオーゴゴゴゴゴゴ
ルクレツィアの怒りの波動が最大級に大きくうねっている。
再びリアムと呼ばれた男が振りかぶった時、ちょうどそこにあった掃除用のほうきを持ったルクレツィアが割って入った。
金の髪を靡かせて、剣を構える姿は戦の神のヴァルキリーのように神々しい。
だが、いつもとは違い顔が微笑んではいなかった。
目を見開きはっきりと見据えている。
そして、女神から出た言葉が!!
「はあ? 剣の腕も弱けりゃオツムもよえーえんだな!! うちの王子がてめえに手を出さねえのは、外交問題を大きくしないようにって配慮だ! クズ! そんな事も分かんねえで、木刀振り回して、子供か?」
ああん?と顎を上げて相手を罵倒するルクレツィアに怯むリアム。
リアムよりももっと驚いていたのは、本校の学生達と教授達。
だが、怒るルクレツィアは止まらない。
「おまえみたいに、弱けりゃ、そりゃ不意打ちしか出来ねえよな? 強いってんならかかって来なよ! 受けてやるから」
人差し指をクイクイと動かし、リアムを煽る煽る。
真っ赤な顔のリアムは「女だからって容赦しないぞ!!」とルクレツィアに向かって行く。
が、ルクレツィアの敵ではなかった。
避けながら、リアムの脇腹を木の棒で叩く。
「カハッ・・」と声が出るリアムに、ルクレツィアのもう一打がすぐに打ち込まれる。
痛む脇腹を押さえた手の上から、バシーッと一発。
「ううう」と崩れ落ちるリアムの耳元に、小声で容赦ないルクレツィアの台詞。
「ねえねえ。まだ、全然戦った気がしないんだけど、あんたこれで強いつもりだったの? あんたのせいでフィギューレは弱い国だって思われちゃうよー。ほら、立ちなよ」
戦意喪失の顔は誰がみても分かる。意気がっていた眉は八の字に垂れ、口はわなわなと震え今にも涙がこぼれそうになっている。
しかし、自分が起こした結果だ。このままでは終われないという思いだけで、立ち上がった。
足は遠目でも分かるくらいに、生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えている。
木刀を構える事も出来ず、立ち上がっただけのリアムにルクレツィアの一言。
「詫びな!! うちの王子に無礼な真似をしたことを、詫びるんだよ!!」
ビクッと体を震わせてリアムがよろよろと頭を下げた。
「ごめんなさい・・武芸第一の王国にあって、貴国が弱いと決めつけていた。しかも崇拝する我が王女が、弱い男に嫁がされるなどあってはならないと思っていたのです。しかし、こんなにここの生徒が強かったなんて・・何を言っても申し開きできないことをしてしまった」
「謝ってもごめんでは済まないことだ。帰国するまで謹慎しなさい。それと、うちの王子は私よりも強いわ。もし弱くて貴方の木刀が当たってたら貴方の国は恐ろしい賠償金が発生してたわ。逆に、王子が反撃して留学生を怪我させたとなったら今回の王女とアンサルディ次期領主の結婚は延期または破談になり、王女様が恥をかくところだったのよ。うちの王子が強くて臨機応変で良かったわね」
ここまで言うとリアムは自分のやったことの重大さにやっと気が付いたようだ。だが、若いだけでは済まされない行為だ。
「連れていきなさい」
ルクレツィアが促すと、衛兵がリアムを引きずるように連れていった。
さあて、片付いた!と顔を上げたルクレツィアに、全生徒の視線が刺さった。
(あら、やっばーい・・)
緊迫する講堂の雰囲気に反し、レナートだけは、度々ルクレツィアの口から出た『うちの王子』発言に、何度も胸を射貫かれて喜んでいたのだった。