11 告白
生徒会室に息を切らせて入るレナートを、ジョルジュとルクレツィアは、『どうしたの?』と不思議そうに見ている。
レナートは何も言わず、汗を手の甲で拭いルクレツィアに近付いた。
(この暑い中、マラソンか?)
と全く的外れなルクレツィアの心の声を無視して、いきなり本題に入る。
「君がアルバート王子に求婚されていることは知っている。だが、返事をする前に一度でいい、私を男として見てくれないか?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」」
ジョルジュとルクレツィアが同じタイミングで、疑問符を声として捻り出した。
「レナート殿下は・・・」
(どどどどいう事ですか? 殿下は僕の妖精を独り占めする気なんですか? やだやだ、止めてくださいよ!!)
ジョルジュの心の声が煩すぎて、ルクレツィアの声が聞こえない。
「ジョルジュ、静かにしてくれ!!」
「僕はしゃべってませんよ!!」
「あ、そうか・・」
このやり取りの後、ルクレツィアの声が漸く聞こえた。
(こいつも、私の外面に騙されている可哀想な奴か。しかし、バラすと留学出来ねえもんなー)
「君の口の悪さは知っている。表の顔も裏の顔も全て知っている」
「へ? いつ・・」
(私の口の悪いのを知ってるってどうしてだ? いつバレた?)
「君と初めて会ったパーティーから知っているんだ。でも、みんなに言うつもりはない!!・・あ!!」
ここまで言っておいて遅すぎるが、二人はジョルジュに顔を向ける。
「・・・何か分かりませんが、僕は部屋のキャビネットだと思っててください、他言はしませんよ」
流石、優秀な副会長。自分の立場をすぐに理解して貝になる。
この流れでグラートが追い付いた。
「もう!! 王子様ってば・・コホン」
グラートは、自分の喋り方が戻っていると気がつき、すぐに言い方を改めた。
「何を勘違いなさったのか分かりませんが、アルバートは王子ではなく、王女殿下です!!」
「え? 王女? だってその名前男性に付ける名前だし、それに結婚して5人子供が欲しいって・・」
それを聞かされたグラートが、妹のルクレツィアの背中をバンバン叩く。
「嫌だわ、ルクレツィアったら、子供の人数までレナート殿下に話しちゃったの? そうなの、アルバートったら私と結婚して5人も子供を作るつもりなのよ。きゃー!」
両手で顔を覆いながら、恥ずかしげにしながらも、惚気る。
ムッとするルクレツィア。
「私は話してない。きっと兄上が話したんだろう?」
レナートはここでやっと、自分の間違いに気が付き、二人の会話を止めた。
「すまないが、ちょっとだけ私に整理する時間をくれないか?」
頷く二人。
「では、アルバート殿下というのは、男性ではなく女性という事でいいか?」
頷き説明するのはルクレツィア。
「そうだ、フィギューレ前王妃は2度女児を出産してすぐにどちらもお亡くなりなったために、次に生まれたお子さまは女児だったが、男性のお名前をつけられたそうだ。元気に育つように願いを込めてね。それがアルバート王女殿下だ」
「じゃあ、そのアルバート王女が好きになって結婚を申し込んだのは・・」
今度はグラートが嬉しそうに前に出た。
「私です。ずっと前に旅行でフィギューレ王国を訪れた際に、暴漢に襲われている王女殿下を助けたのが交際の始まりかしら。私の話し方と強さのギャップが『萌え』って仰ったのぉ」
そこでグラートは内ポケットから先ほどの手紙を取りだし、ルクレツィアに渡す。
「それでね、アルバート殿下から手紙が届いたんだけど、恥ずかしいし嬉しいから、ルクレツィアと一緒に見てもらおうと思って!!」
「んなもん、誰が読むかぁ!」
ルクレツィアの一言が部屋に響いて、この話は終わりになった。
で、解散した後の事である。
レナートは崩れ落ちていた。
「私の告白は? 返事は?」
生徒会室で一人嘆くレナートだった。
あ、部屋にはもう一人いる。キャビネットと化したジョルジュが生暖かい目で、レナートを見ていた。
◇□ ◇□
せっかくの告白を無視されたと嘆いていたレナートだったが、その全身全霊を込めた告白は、意外にもルクレツィアに少しは届いていた。
自室に戻ったルクレツィアが、鞄をベッドに放り投げると、ソファーにへたり込んだ。
「あら?お嬢様、お疲れのようですね?」
侍女のカーラが、テーブルにお茶を運んでくれるが、起き上がれない。
「今日は、色々と大変なことがあってさ・・レナート殿下に私のことがバレてたみたいなんだ・・。もう留学は無理っぽいか? いや、今日の話はそうじゃなくて・・まさか殿下が・・?あれ? アイツ知ってて今まで黙ってたのか? なんで? だからわたしのことが好・・。いやいや、待ってくれよ。急に言うなよ!!」
カーラはソファーの横でじっとその様子を見ている。
「まあ、お嬢様が変なのは今に始まったことじゃないですけど、今日はいつにも増して変ですね? 絡まっているなら、ゆっくり何があったか順番にお考えになったらいかがですか?」
流石、長年破天荒なルクレツィアに仕えているだけあって、その扱いには慣れていた。
フーッとため息をついたルクレツィアは、落ち着いてゆっくりと一から思いだしながら順を追ってカーラに報告。
全部聞いた侍女兼相談員カーラは、悩むルクレツィアに伝える。
「では、恋愛経験赤子レベルのお嬢様に一つ一つ聞きますね」
神妙に頷くルクレツィア。
「では、お嬢様はレナート殿下が側にいて、嫌だと思ったことはありますか?」
「嫌だと思ったことはないが、全く何も考えていなかったから、それこそ、そこにある花瓶くらいな感覚だったな」
不憫な王子様・・とカーラは涙がでそうになる。
「・・では、次に殿下に告白されて嬉しかったですか? 嫌だったですか?」
「嫌とかじゃなくて、焦ったんだ。私の口の悪さを知っているって言われたからさ。でも、それを知っても好き・・だとか・・本当かな?・・」
おお? カーラはルクレツィアの変化に驚きつつも、急がせない。
こんな恋愛レベル1を急がせてもおおコケするだけだ。
「花瓶程度の関心しかなかったのでしたら、王子を知ることから始めましょう。まずは何事も情報が全てを制する!ですわ」
カーラの言う事はいつも的確で、的を射ていると、元気になるルクレツィア。
「じゃあ、明日から徹底的にマークするわ!!」
「・・ええ。ほどほどに・・」
出来る侍女は主人が少し方向性を間違っても、それ以上は余計な事を言わないのである。