01 女神が降臨?
レナート・スカルバ17歳は、このスカルバ王国の第一王子である。
見た目は完璧。漆黒の髪から覗く灰色の瞳は冷たい感じを与えるが、それも彼の魅力の一つだった。
レナートが歩くと一斉に令嬢がついて回り、長い行列になるのだ。
今日のパーティーでも早速同じことが起きていた。
「ああ、素敵ですわ。レナート様の瞳を見ただけで倒れそう」
(あの王子を自分ものにすれば、この先私の人生ウハウハ生活よね~)
レナートは令嬢の心の声に、頭を押さえそうになる。
だが、行動に移してはいけない。
レナートが人の心を読める事は、誰一人として知らぬ秘密だから……。
あ、唯一知っている人物がいた。
国王だ。
国王もまた同じスキルを持っている。自分自身がそうであったように、息子のスキルが知られれば不幸になることを懸念して、王子に打ち明けられた後も、誰にも言ってはいけないと口止めした。
王子自身も幼い頃はこのスキルのせいで辛い思いをしたが、今では裏の声だと割りきって、スルー出来るようになっている。
だが、あまりにも心の声が大きい者には、自然と構えてしまう。
今、心の声の大きい苦手な女が近付いてきた。
「レナート様、今度我が家にいらしてください! 私がレナート様の為に料理をお作りします!!」
(家にきた時、媚薬たっぷりの料理を食べてもらって、その後は……うふふ! 私を欲望の熱で見る王子の灰色の瞳がー想像しただけで、もうもう♡)
ゾワッと鳥肌が立ったが、笑顔は絶やさないレナート。王子としての動じない行動は、自分でも褒めたい程である。
「料理をか? ほほう……では普段からどんな料理を作っているんだ?」
少し揶揄うつもりで聞いた。
案の定、令嬢は言葉につまりながらも必死で嘘を連ねることになる。
「あの……私は……魚の料理が……得意で……」
(魚なんてヌメヌメとして触ったことなんてないわ)
レナートは呆れ顔を隠して、「魚を捌けるなんて凄いね」とにこやかに令嬢から去っていった。
まあ、レナートも分かっていたが、よくまあ、分かりきった嘘をつくものだと嫌になる。
その時、遠くがざわざわと騒がしくなり、人々の視線が一斉に入り口に集まった。
現れたのは、ルクレツィア・アンサルディ。
侯爵家のご令嬢であるが、なかなか社交界に姿を現さない事で「幻の姫」と呼ばれている。
だが、幻姫と呼ばれるに恥じない身のこなしもさることながら、美しさは一目見た者の心を一瞬で奪う程だ。
透き通る肌は絹のよう。その肌の上を流れるようにさらさらと靡く金髪。形のよい唇は艶やかで深紅の口紅が似合っている。しかし、きつい印象にならないのは爽やかな黄緑の瞳が優しげだからだろう。
デコルテを大きく出したドレスからは彼女の美しい鎖骨と形の良い胸が際立つ。さらに薄青紫のドレスが彼女の持つ清楚という雰囲気にぴったりである。
そう、正にこのパーティーに、女神が降臨したのだ。
会場の視線は全てルクレツィアに注がれた。
しかし、彼女は傲ることなく穏やかな笑みで挨拶をすべく、レナート・スカルバ第一王子の元に向かってくる。
当のレナートも流石に緊張をしていた。
噂で聞いた幻の姫がこちらに笑顔を向けているのだから、仕方ない。
それに、王子という立場があっても気圧される美しさなのだ。
凛とした佇まいで目の前に女神が……。
女神は声さえも、涼やかで美しい声色だった。
「スカルバの太陽にお目にかかれて光栄です。ルクレツィア・アンサルディと申します。どうぞよろしくお願い致します」
だが、王子が惚けていたのはここまでだった。
ルクレツィアの心の声が聞こえたからだ。
(だっるー!! おいおい、人の顔ばっか見てないでさっさと言葉をかけて終わりにしろよ!! こっちは慣れないヒールで疲れてんだよ!!)
一瞬誰の声か分からず、辺りをキョロキョロと見回すレナート。
だが、誰もいない。
(はーやーくーしろっつてんだ。こっちは王子の隣の大臣の鼻毛で爆笑しそうなんだよ。あっ、大臣!その鼻を膨らませるな!! 吹くだろ~)
もう、確定だった。
完璧令嬢の心の声の真っ黒さと口の悪さに動けないでいた。
それに隣の大臣の鼻毛も確かめたくて、挙動不審な動きをしてしまう。
これは、ルクレツィアに早く挨拶をして離れるべきだと思い、一言声をかけて終わらせた。
声は震えていたに違いない。
自分が何と声を掛けたのか覚えてはいなかった。
それほどまでに衝撃体験だったのである。
彼女は優雅に一礼をすると、さっさと王子から離れていき、ここには用はないとばかりに挨拶を終えると会場を後にした。
その一瞬の登場に、人々は色々な想像を膨らませ、その後彼女の噂を流したのだった。
勿論「幻の姫」は実在したと……。