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愛犬からの手紙

作者: 村崎羯諦

 拝啓、愛するご主人様


 犬の平八です。突然のお手紙で驚かれたでしょう? 私もまさか犬である私がこうしてご主人様に手紙を書く日が来るだなんて思ってもいませんでした。なんでも、とあるベンチャー企業が開発した犬と人間の言語を変換する最新テクノロジーでこのお手紙が実現しているようです。人間の技術の進歩はすごいですね。


 私がこうしてご主人様にお手紙を出そうと思い立ったのは、ご主人様に日頃の感謝を伝えたかったからです。


 私がご主人様のお家に上がり込んでから来月でもう五年になりますね。子犬のまま捨てられていた私を拾ってくださって、暖かいお家とご飯、そして何より、大きな大きな愛を私にくださいました。


 ご主人様に出会う前の私はこの世の全てを憎み、それと同時にこのまま惨めに死んでしまう運命なんだろうと悟っていました。それでも、ご主人様の胸に抱かれた時、私は生き別れた母親の温もりが蘇り、この世界の優しさと美しさを思い出しました。あのままこの世を恨みながら死んでしまっていれば、きっと私の穢れた魂は浄土へ行くことも叶わず、呪詛を吐く怨霊となってこの世を永遠に彷徨い続けたでしょう。ご主人様は私の命の恩人だけではありません。ご主人様は私の魂の救い手であり、そして私にとっては大袈裟でもなんでもなく神様なのです。


 ああ! これだけご主人様への感謝が溢れていると言うのに、言葉とはなんと不自由なものでしょう! 私のご主人様への想いは海よりも深く山よりも高い。もしそれでこの気持ちを伝えることができるのであれば、地獄の業火にだって喜んで飛び込みましょう!


 私はずっとずっと考えてました。どうしたらご主人様にこの恩を返すことができるのかということを。ただ悲しいかな、私はなんの取り柄もない一匹の犬であり、私にできることは少ない。それでもご主人様に恩を返すことができないままのうのうと生きていくことも私にはできません。


 頭から火が出るんじゃないかと思うほどに頭を捻り、私はたった一つの冴えたやり方を思いつきました。そう、恩を返したいのであれば、私にしてもらったことをそのままお返しすればいいのだと。


 ご主人様は香り催眠というものをご存知でしょうか? その名の通り、特定の香りを相手に嗅がせて催眠状態にし、こちらが思うように行動させる、というものです。そしてここまで読まれた聡いご主人様は、自分が握っているこの手紙からなんだか良い匂いがするなと思っているはずです。


 私はご主人様に、たくさんのことをしてもらいました。ご飯を食べさせてもらっているだけではありません。素敵な首輪をつけてもらい、散歩にも連れて行ってもらい、排泄物の掃除だってしてもらいました。


 だから、今度は私の番です。


 この催眠用の香りはとあるベンチャー企業が作ったものです。この香りを嗅ぐことで、自分が人間ではなく、犬であると思い込むようになるらしいです。本当に人間の技術は凄いですね。


 そろそろ催眠が効いてきているかもしれません。ひょっとしたら四つん這いになってこの手紙を読んでいただいているのかもしれないですね。


 初めは慣れないかもしれませんが、安心してください。私がご主人様を大事に大事にお世話します。素敵な首輪をつけ、散歩にも連れて行き、排泄物だって私が片付けます。


 ご主人様、愛しています。感謝しています。だから、今度は私がご主人様を大事にします。手始めに、私の首につけている首輪を、ご主人様の首にはめますね。ご主人様にはきっとこの首輪が似合うと思います。


 それではまた、ご主人様が犬になられることを心からお待ちしております。


 敬具

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