第98話 死の恐怖
「――――かはっ!」
大きな衝撃が俺を襲い、肺の中の空気が残らず吐き出された。どうやらサイクロプスは背中から墜落したらしい。
いまだ衝撃による影響は収まらず、心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れ、胃がひっくり返りそうな気持ちの悪さを感じる。
ギリギリ意識は保ってはいるものの、ちょっとでも気を抜けば、いつ目を閉じていてもおかしくはなかった。
サイクロプスはというと、ダメージを受けすぎたためか機能を停止しているようだった。表示されていたモニターや計器類が全て消えて、ただ真っ暗な空間にスマホの明かりだけがぼんやりと浮かんでいる。
機能停止したことで限界突破の効果も切れたようで、魔力を絞り尽くされなかったことは不幸中の幸いだ。
「く……うぅ、はやく立ち上がらなきゃ。機能を回復するにはどうしたらいいんだ……?」
――パキッ。
なにかが割れるような乾いた音が、ちょっとした振動といっしょに聞こえた。
すると不思議なことに、光が届かないはずのこの空間に、陽の光が差し込んだ。
「え……?」
パキパキと音を立てて崩れていたのは今俺がいる場所。すなわち魔動人形の魔力核。
「ちょ、待ってくれサイクロプス。俺はまだなにも救えていないんだ。リンも、アークライトにいるはずのみんなも。ゴードンさんたちだってまだ無事かもしれない! まだ終われないんだ! 頼む、まだ終わらないでくれ……!」
俺の懇願もむなしく、眼前の外壁が崩れ大きな破片が落ちた。それは俺の顔をかすめていき、頬に鋭い切り傷を残した。
怪我をしたというのに俺は頬に触れることすらしなかった。なぜならば、突然開けた目の前の光景に圧倒されていたからだ。
大穴が空いた視界の先は真っ青な空。――ではなく、黒で埋め尽くされていた。
重油のような粘っこさでうねうねと波打つその黒は、考えるまでもなく巨人の体の一部だろう。
遠巻きに見るのと、実際に至近距離で見るのとでは、感じる印象はまるで別物だ。
例えるならば、全てを飲み込みそうな真夜中の海が、空からこちらを飲み込もうとにじり寄ってくるかのようだった。
「や……めろ、それ以上俺に近寄るな……! 来ないでくれっ!」
恐怖のあまり両手を伸ばしはね除けようとするも、実際にはまだかなり遠く、俺の手は虚しくも空を切るだけだった。
「――っ!?」
ギョロリ。
機械的なデザインではあるが、大きな瞳が目の前にいきなり現れた。それはただカメラの機能を果たすだけのもので、ガオウは機体の様子を確認するためになんの気もなしに生成したものだろう。
だが俺の恐怖心を煽るには充分すぎた。無機質な視線を向けられ、無意識のうちに細かく身震いをしてしまう。
「ほう、あれだけ攻撃を受けても原型をとどめているとはな。だが核が破損してしまったか……これでは吸収しても意味がないか」
「――ぁ」
「だがその魔動人形の能力は稀有だ。そのまま消すには惜しい。……物は試しだ、頂くとしよう」
まるで独り言のようにガオウは呟いた。俺の存在など目に入っていないかのような口ぶりだ。
俺が誘いを断った時点で既に見切りをつけていたのだろう。一度敵と認識した人間を排除するのに、ガオウという男はいくばくの躊躇もない。
ズズ、と巨人の腕がサイクロプスへと伸びるのが見えた。
今すぐここから逃げ出すべきなのだが、情けないことに足がすくんでしまい、一歩も踏み出すことができない。
「くそっ……俺がもっと冷静に戦えていれば、もっとうまくやれていれば……!」
冷静になって考えれば、限界突破の持続時間が一分程度になってしまったのも、今となっては理解できる。
以前使った時は体感三分程度……なんて曖昧な認識だったけど、結局俺自身の魔力総量は変わってないんだ。要は魔力消費量によって持続時間は変動する。
飛行機能に思ったよりも魔力を持っていかれていたんだろう。しかも熱くなりすぎて、必要もないのに常に全速力でスラスターを噴かしてたせいだ。
もっと慎重になっていれば、試運転の一つでもできていれば、結果は違ったのかもしれない。
……いまさらたらればの話をしたところで結果は覆らないのだけれど。
「ごめんカティア……約束、守れそうにない。シルヴィア、フラム……君たちも守れなかった」
――ああ、ここまでか。
思えばこの世界に来てから今まで、平凡な俺にしては上出来すぎたのだ。なんだかんだで今回もなんとかできる、俺には特別な力がある。……そうやって思い違いをしていた。
結局はただの平凡な人間だったのだ。特別なんかじゃない。
「ごめん、みんな――」
己の無謀さを悔い、ぎゅっと目を閉じる。
やがて視界が、真っ赤に染まる――。




