第90話 支配者
「さて……茶番が過ぎたか。そろそろ頃合いだろう」
ガオウはイマジナリークラフターの状態を確認するため、リンへと近寄った。
そして、リンが座ったことによりイマジナリークラフターが稼働しているのを確認すると、満足そうな笑みを浮かべて、誰もいない開けた場所へと移動する。
「……さて、諸君らは今ここで新たな神の誕生を目撃するのだ。光栄に思うがいい」
「神……だと?」
ガオウの言葉が何を意味するのか、カティアには皆目見当かつかなかった。
この世界には『神』など実在しない。祈り続けても助けてなどくれなかった神の存在など、カティアはこれっぽっちも信じてはいなかった。
「ガオウ……気でも狂ったのか! この世界に神様なんて都合のいい存在は、いやしねぇんだよ!」
「そう、神はいない……だから我輩自身が神となるのだ。この世を支配する神にな」
ガオウは片手を天へと突き上げる。
その腕には、バングルが装着されていた。
バングルには白銀の装飾が煌めいており、他とは一線を画す存在感を示していた。
ガオウが、GODSが、今の地位を手に入れるに至らしめた、最強クラスの魔動人形。
その名も――――
「人形接続、エクスドミネーター!!」
ガオウが起動術式を唱えると、広い空間に一体の魔動人形が顕現する。
漆黒の装甲、深紅の相貌。余分なものをすべて削ぎ落としたような、無駄のない痩身の体躯。一見すると骸骨のようにも見える。
これが白金等級の魔動人形、ガオウの愛機、エクスドミネーター。その両手には武装の類いは持っておらず、かといって他の部位に装着しているわけでもない。
それ故、脅威は感じないが、どこか独特の雰囲気を持つ機体だった。
「が、ガオウ社長!? こ、こんな場所で魔動人形を起動されるとは、いったいどうされたのですか……!?」
屋内でガオウが魔動人形を起動させたので、同じ部屋にいる衛兵たちは焦っていた。今、この場に誰かが搭乗した魔動人形が存在するのは、生身の自分たちにとっては非常に危険な状況だったからだ。
もともと起動状態の魔動人形を飾っているような部屋なので、強度や広さは問題がないのだが、目の前に魔動人形が立っていることに対しての恐怖心とは関係がない。
魔動人形が一歩踏み出しただけで命を落としかねないのだから、平静でいられないのも致し方ないだろう。
だが、命令を無視してカティアの拘束を解くわけにもいかず、怯えながらもその場に留まっていた。
「――このエクスドミネーターはな、素の状態では魔力要領を除けば金等級にも劣る戦闘力だ。だが、そんなことは気にならないぐらい、特異な能力を持つのだ。それを見せてやろう」
エクスドミネーターはその場に屈み、リンが座るイマジナリークラフターへとゆっくり手を伸ばす。
「――っ! 何をするつもりだっ! やめろ……やめろォォォッ!!」
カティアの叫びも虚しく、エクスドミネーターの掌からは複数のケーブルが触手のようにうねりながら、リンとイマジナリークラフターへ向かって伸びていく。
それは数秒のうちに全てを包み込み、直径三メートル程度の黒い球体を形成し、エクスドミネーターの手中に収まる。
「支配」
ガオウがそう宣言し、球体をエクスドミネーターの腹部へ当てると、まるで溶け合うかのように、球体はずぶずぶと装甲へ埋まっていく。
これこそが、エクスドミネーターの持つ特殊機能『支配』。
触れたものを自身へと取り込み、取り込んだものが持つ能力や機能を行使することが可能となる。欠点としては、この能力の使用には数秒の時間を要するので、戦闘中に使うのが困難であることだ。
しかし、今この場においては邪魔する者はいない。無抵抗な子供一人と、装置一つを取り込むぐらい、他愛がないことだった。
「どれ……試してみるか」
支配を終えたエクスドミネーターは立ち上がり、周囲に配置されていた魔動人形へと歩み寄る。
そのうちの一体の頭部を掴み、先と同じようにケーブルを這わせる。
すると、あろうことか魔動人形がどろどろと溶けだしたのだった。やがて黒い泥のような形状へと変化してしまう。
しかし泥のようでありながら、不思議と崩れ落ちることはなく、人の形を保っており、強烈な違和感を覚える。
だが、次の瞬間に黒い泥はエクスドミネーターの右腕へと収束し、巨大な腕の形をとる。
「フフ――ハハハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞこれは! やはり我輩が睨んだとおりだ、この力は神に匹敵するぞ!」
ガオウはエクスドミネーターの能力とイマジナリークラフターの機能を掛け合わせ、触れた物を支配するだけでなく、自在に変形させ、操る能力を得たのだ。
本来ならば『支配』の能力は、魔動人形一体を丸ごと操れるほどの力はなく、機能や武装の一部を使えるようになる程度の能力だった。
しかしイマジナリークラフターの力で、支配した魔動人形を素材状態へと還元し、操ることが可能になった。
こと対魔動人形においては破格の性能を手に入れたと言っても過言ではない。
魔動人形の優劣が戦いの勝敗を決めるこの世界において、まさに『神』に等しい能力だと言える。
「ハハハハハハッ!! いい、いいぞ! これならばこの世界を我が手にするなど容易いことだ! カンパニーの拡大なぞ、まどろっこしいことをしなくてもな!」
ガオウの高笑いと共に、泥の腕はこの部屋に配置されている魔動人形を次々と飲み込み、その大きさを増していった。
次第に、泥の腕は部屋の中には収まりきらないほど肥大化し、周りにあった柱などを次々と破壊していく。
「ひいっ! へ、部屋が崩れる……! 逃げろ、逃げろぉっ!」
崩壊しつつあるこの空間に恐れをなし、衛兵たちは社長命令よりも自分の命を優先する決断をし、全員がこの場から遁走した。
「おいおい、冗談だろ……」
衛兵が去ったことで自由の身になるカティアだったが、リンを放っておくわけにもいかない。そう思ってエクスドミネーターへ注視していたのだが、眼前で起きている現象に目を丸くする。
数多の魔動人形を取り込み、どんどんと膨れ上がる泥の塊。それは腕の形をとっていたが、やがて蠢きながらエクスドミネーターの全身を包み込み、人の形を成していった。
そうして誕生した黒き泥の巨人は、通常の魔動人形の全長をゆうに超えている。部屋にあった魔動人形をすべて取り込んだ巨人は、天井を易々と突き抜け、その余波で柱や壁を破壊し、建物の崩壊を招く。
あまりにもの圧倒的存在感に、カティアはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




