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第88話 追憶


「リン、パパとママは一緒にお出かけしてくるから、お利口さんにお留守番しているんだぞ?」

「えーっ! お出かけしちゃうの? リンもいく!」

「ごめんねリン、大切なお仕事なの。大丈夫、終わったらすぐに帰ってくるからね」

「……はーい」

「えらいぞリン。なあに、いつも通りたくさん遊んでいたら、時間が経つのなんてあっという間さ。いい子でお留守番できるね?」

「遊んでたらパパとママ早く帰ってくるの? じゃあ、いっぱい、いーっぱい遊ぶね!」

「いい子ね、リン。愛してるわ」

「僕もだよ」

「えへへー……」


 ――両親との最後の記憶。


 リンは夢の中で、別れ際のやり取りを思い出していた。

 

 ふと、記憶の中の自分と、今の自分とが混ざり合う。その瞬間、リンはどこかへと行ってしまう父と母の背中を追いかける。


「パパ! ママ! 待って、行かないで!」


 けれど、追えども追えどもその背中に追いつくことはなかった。あの時より成長し、歩幅が増した今のリンでさえも、どれだけ速く走ろうとも、その距離が縮まることはなかった。


 むしろ、距離は広がり続けている。これは、変えようのない現実なのだと彼女に突きつけるように。


「いやぁっ……!」


 やがて、リンの両親は闇に飲まれるようにその姿を消した。



「――っ!?」


 リンの意識が覚醒する。夢の中で悲しい記憶を呼び起こされたため、その瞳からは涙が溢れていた。


「こ、ここどこ……? あれはなに……?」


 精神状態が不安定なのに加え、見ず知らずの場所で目が覚めたので、リンはかつてないほどの混乱に陥っていた。

 冷たい床、薄暗い空間。極めつけは辺りに不気味に佇む魔動人形。そのどれもがリンの不安をかきたてる。


「目が覚めたか」


 低く響く声を背後から受け、リンは驚き飛び上がる。

 振り向くと、背後に立つのは自身の倍を優に越える巨軀。そして、まるで塵芥でも見るような冷めた瞳。

 圧倒的な威圧感を放つGODSの社長、ガオウその人だった。

 

「おじさん……だれ?」


 しかし俗世に疎いリンはその顔を知らない。リンにとっては『でかくて怖いおじさん』程度の認識でしかなかった。

 しかしガオウはリンの問いに答えることはなく、その首根っこを掴もうと手を伸ばしてきた。


「っ! やだっ!」


 リンは伸ばされた手を反射的に躱し、ガオウとの距離をとる。捕まるべきではないと、本能的に感じたのだ。


「手間をかけさせるな。意識が回復していないと意味がないようなので待っててやったのだ。おとなしく我輩の思い通りに動け」

「……? やだよ! だっておじさん顔怖いもん!」

「二度も言わせるなよ……? いいからあそこに座るのだ」

「あっ、あれはパパとママの……!?」


 ガオウが指差した方を見ると、そこには見覚えのある機械があった。そこには、かつてリンの両親が手掛けたイマジナリークラフターのプロトタイプが設置されていた。

 

 思いがけないものが目に入り、リンは混乱してしまう。


「なんで? なんでここにあるの……?」

「簡単だ。お前の両親、ニャルディア博士がここに直接持ち込んだのだ」

「――いつ!? パパとママがここに来たの!?」


 危険とわかりつつも、リンはイマジナリークラフターの方に吸い寄せられるように歩き出す。

 長年なんの音沙汰もなかった両親が手掛けたものが、このような場所にあるとは思ってもみなかったのだ。


「教えて欲しいか? ならまずはそこに座るがいい」


 ガオウは両親と直接会ったと言っている。それがいつの話なのかはわからないが、少しでも情報を得たいリンは、言われるがままにイマジナリークラフターと接続された座席に座る。


 すると、座席からリンの両手両足の位置に円環状の拘束具が出現し、体の自由が奪われてしまった。


「えっ!? やぁ……とれないよ……!」

「フハハハハ! 無駄だ、貴様程度の力ではびくともせんわ。さて、仕上げにかかるとしようか」


 ガオウが装置に手を出そうとしたその瞬間、この部屋の唯一の出入り口である扉の奥から、なにかがぶつかるような音と、複数人の喧騒が聞こえてきていた。


「……む? ネズミでも紛れ込んだか。役立たずの衛兵どもめ」


 音は徐々に近付いてきている。だがガオウは焦るわけでもなく、どっしりと待ち構えていた。

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