第86話 消えた笑顔
準備は万全だし、今さら焦っても仕方がないと判断した俺は、結局いつも通りに過ごすことを決めた。
そんななか、カティアの提案で、俺たち三人は景気付けのために少々豪華な外食をすることにした。
どうも高級店の類いはすべて地上にあるらしく、そのため、俺たちは今、地上に出て青空の下を歩いている。
最近はこうやって日中出かけることも増えたので、変装にも慣れたものた。
(慣れ……か。思ったより長く滞在してるし、さすがに心配かけすぎちゃってるよな)
目的地へ向かう道中、ふと二人の嫁の顔が頭に浮かんだ。
最初は、新しい国や新しい魔動人形に出会えるなんてラッキー、なんて思っていたけど、もう十日近く滞在してしまっている。
せめてシルヴィアとフラムの二人に一報でもできれば違ったのだろうが、GODSの規制によって手紙は送ることができない。こうなったら無茶を承知でカティアに頼んで、手紙の一通でも届けてもらおうか。
などと考えカティアの方を見ると、彼女は辺りを警戒するように見回していた。
「カティア……? どうかしたのか?」
「ん……いや、なーんか誰かに見られているような気がすんだよな。ま、オレの勘違いかもしれないし、ケイタは気にすんなよ」
「そうか? ならいいんだけど」
勘違いかもしれないと言いつつも、カティアは常に神経を張り巡らせて、周囲を警戒している様子だった。
「ねえねえ、ついたよー!」
などとやり取りをしている間に目的地へと到着したようだ。そこは大衆向けの食堂などとは違い、立派な店構えで、いかにも高級そうなところだった。
「すっご……。カティア、いいのか? かなり高そうだけど」
「まぁ、たまにはな。ケイタもリンも、好きなだけ食っていいぞ」
「わーい!」
そういうことであればお言葉に甘えよう。俺は腹一杯に美味いものを詰め込んでやろうと、店の扉を開けた。
◇
「ふぃー、食った食った……」
食事を終え、料理をこれでもかと平らげた俺は、膨れた腹をさすりながら小休止していた。
この店はバイキング形式になっていて、俺なんかは好きなものを好きなだけ食べていたのですぐ満腹になってしまったが、リンやカティアはちびちびと様々な料理を楽しんでいた。
「ケーくんごちそうさま? じゃあリンちょっといってくるね!」
リンが席を立って、すたこらと店内へと消えていった、また別の料理を取りにでも行ったのだろう。
「ったく、アホみたいに食ったな……食べ放題だからいいけどよ」
「いやあ美味かったもんで、ついな。シルヴィアの料理といい勝負してるぞ」
「――――わりぃな、急に連れ出すようなことしちまってよ。アークライトで快適な生活を送っていただろうによ。嫁とも引き離しちまったしな」
さっき考えていたこともあり、ついポロっとシルヴィアの名前を出してしまった。俺の言葉が嫌味だと捉えられてしまったのか、カティアが神妙な面持ちで謝罪の言葉を述べた。
「――あっ、いや今のは決して嫌味だとか、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」
「……ああ、ケイタがわざとらしくそんなことを言うヤツじゃないってのはわかってる。でもな、オレの独りよがりでケイタをこの国へ連れてきたこと、今となっては後悔してるんだ。自分の目的のために他人の人生を狂わせるだなんて、GODSの連中とやってることは同じじゃないか……ってさ」
「カティア……でも俺は――」
「言わなくてもいい。アンタがとんでもないお人好しだってのは、十分わかってるよ。オレの責任じゃないって言いたいのかもしれねぇが、ケジメはつけないといけねぇ」
カティアがここまで責任を感じていたなんて知らなかった。気にするなと言いたいところだけど、この感じだと逆効果なのかもしれない。
「……コンペティションが終わったら、俺が命を賭けてもアークライト王国へ送り届けてやる。もちろんケイタ負けたとしても文句をつけるつもりはねぇ。結果がどうあれそこは約束する。オマエだって家が恋しいだろ?」
「そう……だな。ここでの生活も悪くないけど、俺の帰りを待ってる人がいるから、ずっとここにいるわけにはいかないよ」
パリーン!
そう俺が言い終えると、背後で皿が割れる音がした。
「――リン?」
振り返ると、そこにはリンが呆然と立ち尽くしていた。その足下には二枚の割れた皿と、そこに乗っていたであろう料理が散乱していた。
「リン、大丈夫か? 怪我は――」
俺は慌ててリンへと駆け寄り、安否を確認する。
「…………ちゃうの?」
「え?」
リンは力なく俯いたままボソッと呟いたので、ほとんど聞き取れなかった。あまり彼女らしくないそのふるまいに心配になり、席から立ち上がった。
「ケーくんも、いなくなっちゃうの……?」
リンは顔を上げてそう言った。今度ははっきりと聞こえたのだが、言葉の意味を理解する前に、彼女の表情に驚き、呆然としてしまう。
その瞳からは涙が溢れていた。大粒の涙が頬を伝い、ポタポタと顎先からこぼれ落ちている。どうして泣いているのか、それがわからないまま、リンへと伸ばしかけた手が中空で静止してしまっていた。
「リン……聞いてたのか? ――あっ、おい!」
カティアが声をかけるが、リンは涙を拭いながら店の外へと走り去ってしまう。消え行くその後ろ姿を見て、俺はようやく我に返った。
「カティア! リンを追いかけないと……!」
「……いや、いい。他に行く当てもないだろうし、多分キャッツシーカーに帰ったんだろう。落ち着いた頃に戻れば大丈夫さ」
「でも、どうして急にあんな……」
直前まではあんなにニコニコとしていたのに、急に号泣するだなんて普通じゃない。俺とカティアの会話を聞いていたようだったけど、何か引っ掛かる部分があったのだろうか。
「リンは別れに敏感なんだ。ケイタが国へ帰ると聞いて、突然いなくなった両親と重ねちまったんだと思う。……ケイタは一時的にプラセリアにいるだけだって、リンにはっきりと言わなかったオレの説明不足が原因だ。あんなに懐いてる姿を見てると、なかなか言い出せなくてよ……すまねぇ」
「そんな……カティアのせいじゃないさ。俺からも言うべきだった」
「ありがとな、そう言ってくれると少しは気が楽になるぜ。さ……店の迷惑にならねぇようにとりあえず汚れた床を片付けないとな」
この後俺とカティアで協力して、汚れた床を掃除した。店の人に任せればよかったかもしれないけど、全面的にこちらが悪いので、そこはきちっと自分たちで処理をする。
そして、掃除を終えると、俺たちはすぐに店を出た。二人とも、なにかを食べるような気分じゃなかったのだ。
少し気まずい雰囲気で、お互いに言葉を発することのないまま歩き続けていた。
「……ケイタ、すまねぇ。先に帰るぜ」
平気なふりをしていたけれど、やはりリンのことがずっと気になっていたのだろう。カティアはそう言うと、俺の返事を待たずに走り出した。
「――俺も、あとでリンに謝らなくちゃな」
ふと空を見上げると、快晴だった空に暗雲が漂い始めていた。




