第84話 暗躍
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ひたすらに長く続く階段。その階段を一足飛びに駆け上がる男が一人。男が息を切らしながら階段を上り終えた先には、重厚感のある大きな扉があった。
「……ガオウ社長、至急報告したいことがございます。お時間いただけますでしょうか?」
男は数秒かけて乱れた呼吸を整えたあと扉をノックし、中に居るであろう人物へと呼び掛けた。
ここはGODS本社の最上階に位置する社長室。火急の用件があり、部下の男が訪ねてきたのであった。
「入れ」
部屋の中から、静かな低音で返答があった。一言のみながら威厳があり、声の主がただ者ではないだろうことが窺える。
それもそのはず、声の主はこのプラセリア共和国を影から支配するカンパニー、GODSの最高権力者であるガオウその人なのだ。
「し、失礼します」
扉がひとりでに開き、部下の男が中に入ると、そこにはだだっ広い空間があった。
社長室にしてはあまりに広大な部屋だ。それもそのはず、部屋の周囲には、起動したままの巨大な魔動人形がいくつも立ち並んでいたのだ。
中央には、そんな異様な雰囲気をものともせずに、ソファーの上でグラスを傾けながら悠々と寛いでいる男が一人。
シワが目立つ顔立ちで、相応の年齢を感じさせるが、身長は二メートルを越え、筋骨隆々。顔の周りは立派なブラウンのたてがみで覆われている獅子の獣人だ。
「ガオウ社長、私のためにお時間をいただき、幸いにございます」
部下の男は慌ててガオウの元へと駆け寄り、跪く。彼もここに入室を許されているので、相応の役職に就いているのだが、幾度訪れようともこの部屋の雰囲気に慣れることはなかった。
ガオウの不興を買えば物理的に首が飛びかねない、それだけの権力を持つ人物を目の前にしているのだから、彼が微かに肩を震わせていたのも仕方がないだろう。
「……よい。用件を申せ」
「はっ、現在行われているコンペティションの第二選考の結果についてなのですが――」
パリンと、ガオウの手に持ったグラスが割れる音が部下の男の話を遮った。
はっとした男がガオウの表情を窺うと、静かな怒りの感情が読み取れた。その事実が、男の顔面を蒼白にさせる。
「コンペティション……? 第二選考ごときで報告することなどあるのか? 貴様の報告に、この我輩の貴重な時間を割くだけの価値はあるんだろうな?」
コンペティションを実施する理由は、他社の優秀な技術者の引き抜きや、技術そのものの買収。
GODSをより強大にするために定期的に行っている、手段の一つに過ぎないのだ。
常であれば選考終了時に報告していたのだが、今回は第二選考時点という中途半端な段階での報告であったため、ガオウは若干の苛立ちを見せていた。
「――っ!? も、もちろんでございますとも!」
鋭い眼光をその身に受けた部下の男の頬に冷や汗が伝う。
彼としてはよかれと思っての行動だったのだが、あまりにもの冷淡な対応に、社長室へ来たのを後悔しはじめた。
しかしこの部屋に入ったからには、もはや退路はなかった。今さら『なにも報告することはありませんでした』なんて言えるわけがないのだ。
男は恐る恐る自身が手に入れた情報を語りはじめる。
「第二選考は各開発部の実戦による実験を兼ねて、多対一での選考を行っていたのですが、つい先程、開発部部長のパヴォローヌが敗北したのです」
「――敗北、だと? 貴様、わざわざそんな醜態を報告するためだけに来たのではなかろうな?」
「い、いえっ! とんでもございません! ……結論から申しますと、最終的に残ったのは一機だけのようですが、その魔動人形は黄金の輝きを放ち、その能力を爆発的に上昇させていたのです。計測によると、瞬間的な出力は金等級をも超える数値を叩き出しました。更には見たこともないような武装も所持しており……」
「――――ほう」
報告を聞いて、ガオウは険しかった表情を一変させた。
一般等級の魔動人形が、瞬間的にとはいえ金等級を超える出力を実現できる技術があるのならば、どんな手段を用いたとしても我が物にしたいと考えたのだ。
そして未知の武装など、興味を引くことばかり。いっそ、この技術を手に入れられれば、コンペティションなど終了させてもいいと、ガオウは思った。
「おい、その参加者の情報をよこせ」
「はっ、ここに」
予め用意しておいた資料をガオウへと手渡す。その資料を無言で眺める様子を見て、部下の男は内心ホッとしていた。
なんなら、有益な情報を提供できたことで昇進もあるのではと、うっすら笑みを浮かべる余裕も出てきたぐらいだ。
「――ん? キャッツシーカー……だと?」
「い、いかがされましたかガオウ社長!?」
何か気になる点があったのか、件の機体が所属するカンパニー名の箇所を凝視するガオウ。
キャッツシーカーなどという無名のカンパニーに何か思うところがあるのだろうかと、部下の男は怪訝に思う。
「……少し気になることがある。密偵を使い、このキャッツシーカーを徹底的に調べあげろ」
「わ、わかりました。では明日にでも手続きを――」
「今すぐにだ愚か者がっ!」
「はっ、はいぃぃぃっ!」
部下の男はガオウの怒号に飛び上がり、慌てて走り去っていく。
「キャッツシーカー……か、思わぬ拾い物ができるかもしれぬな」
一人になった部屋で、ガオウはぼそりと呟いた。
なんらかの確信めいたものを感じていたガオウは、ニヤリとほくそ笑み、近くに置いてあった酒瓶を手に取り、一気に飲み干した。




