第5話 邂逅
――ガタン、ゴトン。
不定期に揺れる馬車の中、俺はシルヴィアと向かい合うようにして座っていた。
目的地への到着にはかなり時間があるみたいなので、その道中、俺は彼女からいろいろと話を聞いていた。
メチャ強老紳士の名前はクロードさんといって、ヴァイシルト家に仕える執事さんだそうだ。強いだけじゃなくなんでもこなせるようで、今は馬車の御者をしてもらっている。
他にも、この世界の名前はスマホのメッセージにもあったように、アルスガルドという名前らしい。
そして今俺たちがいるのは、アルズガルドにおける三大大国のひとつ、アークライト王国。シルヴィアの家は、この国に属しているみたいだ。
「――と、いうわけです」
「へぇ、そうなんだ。ありがとうシルヴィア。俺何もわからなくてさ、色々教えてくれて助かるよ」
「いえ、私もケイタさんとお話するの楽しいですし、構いませんよ」
こんな感じでしばらく一対一で話し込んでいたおかげで、シルヴィアと話すのもほとんど緊張しなくなってきた。
俺が貴族相手に砕けた口調なのも、『歳も近いし普通に話して構わない』というシルヴィアの提案を素直に受け入れたからだ。お偉いさんとの会話は経験が少ないので、俺的にはこの方が気楽で助かる。
シルヴィアにも俺に対して畏まらなくていいと伝えたのだが、丁寧口調が彼女の素らしい。変わったところは『ケイタ様』から『ケイタさん』へと、呼び方がちょっと柔らかくなったぐらいだ。
……そんなこんなで、シルヴィアにいろいろと聞いていたら、あっという間に時間が過ぎてしまったようだ。クロードさんが、御者台から俺たちへ到着を告げる。体感半日ぐらいの移動を終え、ようやく人が住んでいる地域へと辿り着いたみたいだ。
「おー! ここが街か。大きいなぁ」
馬車は街の入り口の大きな門の前で止まっていた。
街全体が十メートルほどの高い壁に囲われているので、一部の背の高い建物がちらほらと見える程度なので、中の様子は見えない。
外壁は視界の端まで続いていて、この位置からでは切れ目が見えない。そのことから、結構な広さがあるのがわかる。
「ふふっ、これでも王都と比べるとたいしたことはないんですよ?」
「へぇ、そうなんだ。それでも立派に見えるよ」
シルヴィアは謙遜しているけど、この世界の街を見るのは初めてなので、王都とやらとの比較のしようがない。
というか、海外旅行もしたことがない俺にとっては、この中世風の雰囲気を満喫できるなら、大きさなんて関係ないけど。
「そこの馬車、止まれ! 何用であるか!」
ゆっくりと馬車が門に近付くと、門番っぽい人に呼び止められた。そりゃまあ知らん馬車が近付いてきたら止めるわな。奪ってきたやつだし。
「っ、あなたは!? クロード様! と、言うことは……!」
「はい、お嬢様はご無事です。門を開けてもらってよろしいですかな?」
「もちろんです! さすがクロード様。ご無事の帰還、嬉しく思います!」
クロードさんの顔を確認した門番の人が慌てて門を開ける。クロードさんは執事って聞いてたけど、様付けで呼ばれるってことは結構な立場の人なのかな?
そのまま門番の人に見送られながら馬車は門をくぐり、街の中へと進んでいく。すると、俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。
街の特徴なのだろうか、建ち並ぶレンガ造りの建物の屋根は青色で統一されていた。まるで海外旅行でもしてるかのような心情になるが、そんなことはどうでもよくなるものが目に入る。
なにかを建築中なのか、開けた場所に次々と石材が運び込まれていた。人間より大きな石材が積み上げられている様は壮観だ。これだけのことを人間がやるには相当な労力が必要だろう。しかし、それに反して作業はサクサク進んでいるようだ。
それもそうだろう。軽々と石材を運んでいるのは、人間ではない。そこらの家屋を優に越える機械の巨人によって運ばれていたのだ。
「うえっ!? おおおおおっ!?」
思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。
この街はおそらく科学技術は大して発展していない。電気もなければガスもないだろう。だがそれに似つかわしくない、機械の巨人……いや、"ロボット”と言った方が適切だろうか。そんなものが街中で運搬作業をしていたものだから、それはもう腰を抜かすかと思うぐらい、めちゃくちゃに驚いてしまった。
「ケイタさん、そんなに驚かれて、どうかされたんですか?」
そんな俺の様子を心配してか、シルヴィアが俺の近くへと歩み寄る。
「あ、ああああれって……」
「あれとは……ああ、魔動人形のことですか?」
「ま、まぎあどーる……?」
「はい。あれは、おそらくこの街の大工ギルドの所有物でしょう」
シルヴィアの口振りから、あのロボットは別段珍しいものでもないということが伝わってくる。つまり、あんなロボットがそこら辺にいるのが普通ってことだ。
それを理解した瞬間、俺のテンションが爆上がりした。
だってそうだろ。こんなロボットが一般的に普及しているなら、もしかすると、憧れだった巨大ロボのパイロットになれるかもしれないんだ。男の子が一度は夢見るシチュエーションなんだよ。
俺は興奮したままシルヴィアの両肩を掴み、顔を近付けながら言った。
「シ、シルヴィア! その、マギアドール? とやらのこと、詳しく聞かせてくれないか!?」
「えと……は、はい。構いませんが、とりあえず屋敷に帰って落ち着いてからでいいでしょうか? 早くお父様とお母様に無事を知らせたいのです」
俺がやたら興奮してロボットに食いついたせいか、シルヴィアは少々たじろいだ様子だった。
……しまった。多少仲良くなったとはいえ、今日会ったばかりの女の子にこんな勢いよく迫っちゃまずいよな。
俺は自らの行いを反省し、すぐさまシルヴィアから距離をとる。
「ご、ごめん。初めて見たものだからつい興奮しちゃって……」
「い、いえ。少し驚いてしまっただけですので……」
そう言いながら、シルヴィアは俺から顔を背けてしまう。
――や、やってしまった……。
俺の落ち込みをよそに、馬車はかたかたと揺れながら、車輪を回すのであった。