第42話 限界突破
「ここまでなのか……!」
ガレオニクスが大剣を構え、その刀身が魔力を帯びる。シルバライザーのダガーと同じく、魔力を纏わせることで切断力を高める効果があるのだろう。だが、その刀身はダガーの数倍。魔力消費は膨大だろうが、それに比例して威力はとんでもないだろう。
このまま近付かれれば、動けない魔動人形など一刀のもとに切り伏せられてお終いだ。
悔しさにぎりりと歯を噛み締めるも、動くにはもう少し時間がかかる。打つ手が無くなり、諦めと共に俺は静かに目を閉じた。
「――ケイタさん、まだですっ!」
瞬間、ワルキューレが立ち上がり、ガレオニクスへと突撃する。
そうか、俺より早く魔力が空になったぶん、立ち直りが早かったのか……!
「はああああっ!」
「ふんっ、小賢しいですわよ!」
『おおっと! 一貫の終わりと思われたが、ワルキューレが立ち上がったぞ! そしてガレオニクスへと勇敢に立ち向かっていくぅ!』
無茶だ……万全の状態のときでさえ押されていたのに、今はまだ動けるだけの魔力が回復したばかり。あの時よりも状況が悪すぎる。
俺の懸念どおり、ワルキューレの攻撃は簡単にいなされ、反撃の一閃でワルキューレの持つ盾は両断されてしまう。
ワルキューレはそれでも動きを止めず、割れた盾を投擲武器のように投げつけながら、果敢に攻め続ける。
「あなた、こんな悪あがきをしても意味は無いですわよっ!」
「意味はあります! 彼なら……ケイタさんなら、きっとなんとかしてくれます! 私はそう信じています!」
――っ!?
シルヴィア――俺のことを信じて、自らを盾にして時間稼ぎをしてくれているのか?
そんな……俺なんてただのプラモデルオタクで、引きこもりで、まともなスキルなんか一つもないんだ。期待される要素なんて一つもない。
負けたところで、俺が王都へ行くだけだ。シルヴィアに怖い思いをさせるぐらいなら、いっそ……。
「隙ありですわ!」
「――ああっ!」
「降参しよう」そう思ったその時、それは唐突に訪れた。横一文字に振られた剣はワルキューレを正確に捉え、その胴体を一薙ぎで両断したのだ。
ここはアリーナの結界内なので、魔動人形が破壊されても搭乗者が死ぬことがないのはわかっている。だが、ザコブがそうだったように、死の恐怖を感じないわけじゃない。
自らに迫る剣や、両断されたときの衝撃を無視できるわけではないのだ。
戦いとは縁遠かったシルヴィアに、怖い思いをさせてしまった。心のどこかで「今回も勝てるだろう」だなんて楽観視していた自分が恥ずかしい。
「シルヴィア! ごめん……俺……!」
ワルキューレの上半身がシルバライザーの近くへと転がる。その凄惨たる状態に俺は思わず、届くことのない自分のこの手をワルキューレへと伸ばす。
「――ケイタさん、私……あなたなら勝てるって、信じて……いますから」
シルヴィアがそう言い残すと同時に、ワルキューレは光の粒子となり中空へと霧散した。
『あーっとここでワルキューレが離脱! これで二対一です! サガミ陣営、これは万事休すかぁ!?』
「ああ……」
気がつけば、俺の意思に呼応して、シルバライザーが手を伸ばしていた。鉄の指先を、ワルキューレだった粒子がすり抜けていく。
……いつの間にか、機体を動かせる程度の魔力を回復していたようだ。
「さあ、ケイタ・サガミ! 残るはあなた一人ですわよ! 降参するならば今のうちでしてよ。オーッホッホッホ!」
――降参?
一度は諦めかけたけど、もう吹っ切れた。降参なんてしてやるものか。
俺のことを最後まで信じてくれたシルヴィアの想いに応えたい。そのために、勝敗が決まるその時まで、どんなに泥臭くても、醜くても、最後まで足掻いてやる。
――ピロン。
そう決意した次の瞬間、スマホのから通知音が鳴った。
俺は慌ててスマホを確認する。
「――っ! 新機能か!? リミット……ブレイク? ――なんだか知らないけど、使うしかない、行くぞっ!」
新機能が追加されたみたいだが、説明を読んでいる暇なんてない。俺は迷わずに機能を解放した。
行動可能になったとはいえ、魔力を用いた武装やスラスターは使えないんだ。それじゃあ結果はわかりきってる。
なんでもいい。逆転の一手を俺にくれ!
『ななな、なんでしょうか!? シルバライザーが輝き始めました。わ、我々は何を見ているのでしょうか!?』
F1カーが加速するときのような甲高い音と共に、シルバライザーの全身が黄金の光に包まれる。
同時に、魔力残量が全回復……いや、無限を表す記号が中央に浮かび上がっていた。
「無限!? ――いや、なんでもいい。行くぞ王女様!」
「な、なんですのそれはっ!?」
さすがの王女様も面食らっているようだ。でも俺にもよくわかってないのだ、説明なんてできない。
とりあえずは射撃で牽制しようと、ライフルを構えトリガーを引いたのだが、今までと感覚が違った。
「……ん?」
何故だかトリガーを引いても発射されなかったのだ。おかしいと思い、トリガーから手を離した瞬間、ライフルから魔力弾が放たれた。
「うおおっ、でかっ!?」
弾が出たのはいいのだが、問題はその大きさだ。通常時の数倍は大きい魔力弾が発射され、ガレオニクスへと襲いかかる。
「この威力は――! ちいっ!」
ガレオニクスは咄嗟に魔力弾に向かって剣を振るったが、衝突と同時に爆発が起きた。
「あぐっ! ――くっ、なんという魔力量、わたくしの剣を上回るとは……!」
魔力同士が衝突した場合、大抵の場合は互いに消滅するのだが、片方の魔力量が大きく上回る場合はその限りではない。
この場合、ガレオニクスの剣の出力を、俺のライフルが上回ったのだろう。牽制のつもりだったが、予想外のダメージを与えられたな。理屈はわからんけどなんか凄いのが撃てた。よし、このまま攻めきろう。
「――って、ええっ!?」
続けて射撃しようと試みるが、よく見るとライフルの銃口がひしゃげてしまっていた。
出力の高さに耐えきれなかったのか……?
くそっ、これじゃあもう使えないな……遠距離戦はもう無理か。だが、さっきので破損したのか、ガレオニクスの大剣が纏っていた魔力も消えている。これなら接近戦……いけるか!?
壊れたライフルと、シールドを地面に投げ捨て、腰部にマウントされたダガーを両手に握る。
そして魔力を纏わせると、これまた出力が高すぎたのか、纏った魔力の部分が伸びて、ダガーと言うよりはショートソードと言った方が適切なぐらいの長さまでになった。
「――ははっ、二刀流剣士っぽくていいかもな」
なんとなくわかったぞ、この新機能は武器とかに魔力を限界以上に込めることができて、一時的にものすごい爆発力を生むことができるんだな。
――と、言うことは。
ゴウッ!
今まで感じたことのないレベルのGを一身に受ける。
「ぐぎぎっ……!」
スラスターを全開で噴かすと、予想通りかなりのスピードが出た。予想していなかったら取り乱していたかもしれない。
「なっ! 速い――」
「おおおおっ!」
速度を維持したまま、すれ違いざまに斬撃を放つ。
しかしいくら速いとはいえ、俺の素人丸出しの攻撃では簡単に見切られていたらしい。すこしかすめた程度で、大したダメージは与えられていない。
「まだまだっ!」
ガレオニクスの背面に着地し、即座に反転、再加速して攻撃。それを繰り返す。
「らあっ! はあっ! せいっ!」
『き、驚異的なスピードです。まるで流星のように会場を駆け巡っております! ガレオニクスもなんとか凌いでいるが、時間の問題かぁ!?』
規格外の速度に、盾役もフォローに入れずにいるな。よし、いけるぞ……このまま勝負を決めてやる!
「っし、いまだっ!」
「まだですわ! 受けなさい、フレイムバレット!」
「――!?」
ガレオニクスの前腕部に格納されていた複数の銃口が現れ、シルバライザーを捉える。
――くっ、まだこんな奥の手を隠し持っていたなんて……つくづく抜け目の無い王女様だな!
複数の小型魔力弾が散弾のように放たれ、弾幕が形成される。タイミング的にドンピシャ、加速がついたシルバライザーは急な方向転換ができないし、弾幕を打ち消す手段もない。
「一か八かだ、おおおぉぉぉっ!」
こうなったら賭けるしかない。俺は散弾の防御を無視して、シルバライザーを弾幕へとそのまま突っ込ませた。




