第3話 紳士無双
「か、可愛い……」
鎖やらの拘束によって、その姿の大半は隠されていたけど、それでもこの女の子がものすごい美少女なのだとわかる。
俺と目が合った彼女は、何かを訴えかけるように老紳士の方へ目配せをする。
その必死な目を見て俺は、はっと息をのむ。そうだ、迷ってる暇はない。すぐに行動しなければ命に関わる。
俺の手には召喚したままだったニッパーが握られていた。こいつならワンチャン鎖を切れるかもしれない。
どうせ逃げたってすぐに捕まるだけだ。一か八かやってみよう。
女の子の無言の訴えを『私より先に彼を助けて』と解釈し、俺は老紳士へと近づく。
「うわ、こんなキツく巻かれてたら身動き取れないよな……」
上半身はほぼ鎖でぐるぐる巻きにされており、両足もかなり厳重に縛られている。
女の子の方に比べて、倍以上は念入りに拘束されていることから、この老紳士が相応に警戒されているのだと窺える。
俺は早速ニッパーを握り鎖を切断しようと試みるが、刃渡りが足りないことに気が付く。この大きさだと鎖を挟み込むことができないのだ。
「っ!? そ、そういえば刃の形状を変化させられるはず。一番大きいのお願いしますっ!」
スキル説明にそんな記述があったのを思い出した俺は、とりあえずできるだけ大きくなるよう願った。
すると音声認識が俺の意図を読み取ったのか、ニッパーが持ち手含め五倍ぐらいの大きさに変化した。
見た目的に、ニッパーと言うよりかは園芸用の枝切りばさみに近い。
「おお……よしっ、これならいける! ぬぐぉぉぉぉーーっ!」
十分な大きさへと変貌を遂げたニッパーを使い、慎重かつ素早く鎖を挟み込み、力の限り持ち手を握る。
下手に固いものを切ろうとすると壊れてしまう危険性があるが、幸いなことに俺のニッパーは普通じゃない。
「インフィニットニッパーだぁぁぁっ!」
パキンッ!
鎖が断ち切れる音がした。どうやら問題なく切断できたみたいだ。
続けてもう一ヶ所切断することで、老紳士を縛っていた鎖はだいぶ緩んできたようだ。
だが次の瞬間、複数人の男が馬車の中へと入ってきた。
「あ? 誰だお前? 何をしてやが――」
一番最初に顔を覗かせたスキンヘッドのいかつい兄ちゃんが、突然黒い影に襲われる。
その勢いは凄まじく、兄ちゃんの後ろにいたっぽい人たちも巻き込んで、漏れなく馬車の外へと放り出された。
「な、なんだ!? あれ、あの老紳士がいない……まさか!?」
俺はなにが起きたのかを確認するため、馬車の外へと身を乗り出す。そこでは、先ほどの老紳士が男数人を相手取って戦闘していた。
そう、黒い影の正体はあの老紳士だった。彼は鎖の僅かな緩みで拘束を解き、素早い動きで対応してみせたのだ。その動きがあまりに速すぎて、影のようにしか見えなかったみたいだ。
そこからは一瞬の出来事だった。老紳士は自身を縛りつけていた鎖を武器として使い、数人の男たちをあっという間に叩き伏せたのだ。
「つよっ!」
これぞ異世界って感じだな。現代日本じゃ絶対にお目にかかれない見事な戦いだった。それこそアニメの一幕みたいな感じ。
人ってあんな吹っ飛ぶもんなんだな……。
事を終えた老紳士は、馬車から顔を覗かせる俺の所へと歩み寄る。
「ご助力感謝致します。あなた様のおかげでお嬢様を拐われずに済みました」
俺の前へ跪き、深く頭を下げる老紳士。その一連の所作は一切の淀みがなく、見た目通りの紳士っぷりであった。
「あ、いえ。成り行きというかなんというか……大したことはしてないんでそんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」
俺の言葉を受けすっと立ち上がった老紳士は、改めて見ると物凄い体つきをしていた。
身長百八十センチは優に超えてるだろう。一見線が細そうに見えるが、一切の無駄なく引き締められた筋肉を持っていることが服の上からでもわかる。
「あの、申し訳ないですがよろしければお嬢様の拘束も解いていただけると助かります。この鎖は特殊な合金製でかなり頑丈でして……」
「あっ、そうですよね。すいません、すぐやります」
そういえば女の子も拘束されているんだった。老紳士の戦いっぷりに見とれてる場合じゃないな。
すぐに俺は女の子を縛っていた鎖を切断して、ようやく一息つくことができたのだった。